表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/97

第1話 出会い(5)

 しばらくして、コウは一般開放エリア(PA)に戻ってきた。

 外からユキナの姿を確認しゴクリと唾を飲み込み……


「あえいうえおあお……よ、よし。大丈夫。さりげなく、さりげなく……」


 そう呟くと一般開放エリア(PA)の中へ入り、ユキナに近づいていった。


「ユ、ユキナさん、警備室の方に連絡をしておいたから、電車が来るまでここにいて大丈夫だよ。僕は立会作業に入っちゃうから、もう戻って来られないと思うけど……さっきの件、こっちから、夜にでも連絡しても大丈夫かな?」


 一瞬声が裏返ってしまったが、コウは精一杯の勇気を持って、このセリフを一気に言ってのけた。これは、コウが自分のデスクに戻り、短時間で必死に考え抜いた、「さりげないお誘いのセリフ」だ。


 まずは、今日の夜につなげ、メッセージのやり取りを繰り返すことで親しくなり、一度、ここの案内をした後に、デートに持っていく!


 ついさっき、強引に叩き起こした先輩とのやり取りを思い出す。

 

『せ、先輩! すごい可愛い子と知り合いになっちゃいました!』

『は? 何時だよ今……早えーよ。お前、今日仕事は? 立会だろ?』

『その、出勤途中で知り合っちゃったんです! アドレスもゲットしました! これって誘っちゃっても平気ですよね? ね?』

『落ち着け! 焦るな! 状況はわからんが、ここは少し時間をかけるつもりで、ゆっくり行け! がっつくな! 相手は社会人か?』

『学生です!』

『よし、それなら大人な態度を維持しろ。年上だが、根がガキだとは思われるなよ』

『は、はい』

『まずは、チャットでゆっくりとやりとりした後に、デートだ! とりあえず焦るな!』

『焦りません』

『焦らずに、出来るだけさり気なくだぞ』

『はい!』

『よし、行け! あと、点検作業が終わったら、ちゃんと連絡しろ!』

『はい!』


 座席に戻った後、これだけのやりとりを、先輩社員としていた。ちなみに、この先輩も彼女が出来た経験もなく、コウと同じ状況にある。その証拠に、何ら具体的なアドバイスは出来ていない。焦るな、さりげなく……女性を誘う態度として、この程度の情報は、恋愛のハウツー物に、いくらでも転がっているのだが……


「は、はい。夜ですね。大丈夫です」


 ユキナはユキナで、セキュリティカードを取りに来たのかと焦ったため、何も考えずに返事をしていた。コウの精一杯のさりげなさにも当然、気がついていない。


「ほ、本当? やった……やったー!」


 コウの余裕な態度はあっという間に崩れたが、その喜んでいる姿に、やっぱりセキュリティカードを『落としましたよ』、そう言って返そうと思っていたユキナは、言葉を挟むことが出来ないまま、


「今日の夜、連絡するね。仕事に戻らないといけないから、それじゃ!」


 そう言いながら小走りで一般開放エリア(PA)から出ていくコウの背中を見送ってしまった。


***


 立会作業が終わった後、そのまま通常の業務に入ってしまったコウが、ようやくユキナの様子を見に一般開放エリア(PA)へ顔を出す事が出来たのは昼過ぎだった。とっくに地下鉄は動いている時間であり、当然ユキナの姿はそこにはなかった。


 そして――

 ユキナの代わりに、コウを待っていたのは、コメカミに少しだけ青筋を浮かべ仁王立ちしている、白髪の男性だった。


「先ほどの女性なら、とっくにお帰りになりましたよ」

「で、ですよね。あっ、何か言ってませんでした?」

「特に言伝(ことづて)はありません。それと!」

「は、はい!」


 大きな声を出されたので、コウは思わず気を付けの姿勢を取る。


 オペレーターの間では、元軍人上がりだという噂が耐えない白髪の警備員である。やはりその噂は事実なのだろうと思わせるような、威圧感をコウは感じていた。


「今回だけにしてくださいよ。時間前に一般の人を入れたなんてバレたら、怒られるのはこっちなんですから。事故でもあったら、どうするんですか!」

「す、すみません。でも……お客さん、誰も来ないですよね?」

「まぁ、確かにそうですけどね……ここ最近だと、月に一人か二人……って、そういう問題ではありません! セキュリティという観点からの話をしているんです!」

「は、はい! 勿論! わかってます、すみませんでした! すみませんでしたぁ!」


 コウは思いっきり頭を下げた。


***


「あれ? カードが無い……」


 昼食を済ませ自分の席に戻った後、準備をしたまま渡しそびれていたゲスト用(・・・・)のセキュリティカードがジャケットの内ポケットに入っていない事に気がついた。場合によっては、ユキナに職員用の休憩スペースに入ってもらおうかとも考え、ゲスト用の入館証を準備していたのだったが、


「あれ、ここに入れたつもりだったけど? どっかで落としたかな……やばい、紛失か? あちゃぁ、これ届けを出さないといけないんだよなぁ……まぁ、休憩スペースしか入れないし、少し探してみて、なかったら報告って事で。みつからなかったら、始末書ものだな、これは……」


 怒られたばかりだし、ここでもう一度、あの人(元軍人)を怒らせるのは避けたい所だ。特に自分の精神衛生的に。うん、報告は別の日にしておこう……これは、メンタルヘルスケアとして重要な判断だ――


 コウは、そう結論付けた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
面白いと思っていただけたら、ブックマークをしていただいたり、最新話の☆☆☆☆☆をクリックしていただけると、著者のやる気につながります。感想とかあると小躍りします
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ