第2話 動き出す(1)
午後の移行者のために、準備をしていたコウの所に、シフトの関係で午後からの勤務だった先輩社員が近づいてきた。身長が高い割には細身の男であり、パンクファッションでも意識しているのか、脱色しグリーン系に染めた短めの髪を立てている。初対面の時、この髪型に、白系の私服姿がコウに強烈な印象を残した……長ネギとして。
「で、どうだった?」
片手を上げるだけで挨拶を済ませたネギ先輩は、チャットで相談を受けていたユキナとのその後について聞いてきた。
「先輩! ありがとうございました。おかげさまで……」
「おかげさまで?」
「今日の夜、チャットで連絡する事になりました!」
「それだけかよ!」
自分のこれまでの人生を盛大に棚に上げた上で、ネギ先輩はコウにツッコミを入れた。
「おまえ、まだようやくスタートラインに立っただけじゃねぇの?」
「はい!」
コウにとっては――
いや、この世代の男性にとって、いまや若くて可愛い女性と知り合えたというだけで、充分な成果なのだ。
「だが、そのスタートラインに立てたのは、俺のおかげだと言える」
「せ、先輩!」
「感謝しろよ!」
「はい!」
業務時間中だというのに、大げさにハグをしあう若者二人。それを生暖かく見守る職場の面々。業務の性格上、独身男性が多いオペレーションセンター内では異性との出会いが皆無とも言えるため、こういう場合は、優しく見守ってくれる職場だった。
「馬鹿な話はそこまでに、そろそろお客様が来ますよ」
コウの上司で、職場唯一の独身女性である室長が、業務開始を告げる。
ちなみに室長は五十代の割に、若く見え、可愛らしい女性であったが、さすがにコウが恋愛対象として見るには難しい年齢であった。
***
「それでは皆さんの意識は、これよりネットワークを通じて伝送され、電子世界コロニーへ移行します。すでに何度もご説明した通り、痛みなど全くなく、普段眠りにつくように……はい、そちらのベッドでお休みください。……はい、ええ、普段寝付きが悪い方でも心配ありません。皆様がいる移行室は、身体には全く無害な成分で出来ている睡眠導入剤が噴霧されています。横になって数分もすれば、どなたでもお休みになれます」
そこで何か質問があったのだろう。コウはその質問に丁寧に答える。
「はい、その通りです。万が一、眠りに付けないままでも……実際にそのようなケースはこれまでありませんが……特に問題なく移行は可能です。ええ、その通りです。スキャン自体は一瞬で完了しますので、何の心配もございません。はい……そして、皆様が次に意識を取り戻した時、そこはすでに新天地です。向こうでは専任のチューターがお待ちしております。最初に簡単なレクチャーを行い、その後、ご新居へご案内させていただく事になります」
コウが語りかけている電子移行室は、八角形のガラス張りの部屋となっている。この中には、床から十センチ程度の高さのベッドが並んでおり、その周りに十数人の人が立っていた。彼らが今回、コウが担当している移行対象者だ。
電子移行室は2本の通路で支えられ、オペレーションセンターの建物中央部にある吹き抜けの中に浮いている。コウがいるオペレーションルームは吹き抜けの外周部に位置し、やや電子移行室を見下ろすような位置で、マイクを通して呼びかけているのだ。
同じような電子移行室とオペレーションルームが、この建物内に縦に七層並んでいる。コウはシニア・オペレーターという事で、その最上階にある第一電子移行室の一員として仕事をしているのだ。
男性の老人がコウに向かって再び質問をした。この男性は、移行直前というタイミングで不安に陥ったのか、先ほどから何度も質問を繰り返している。
「はい、大丈夫です。安心してください。皆さんの大切なお身体は我々が丁重に管理し、この母たる地球の大地に、環境に一切の負担が無い形で還元されます。すでに全世界で何十億回と繰り返された工程であり、これまでオペレーションセンターでの作業ミスといった原因での失敗は、ただの一度も発生しておりません」
何度もネットやテレビCM、政府広報などにより周知してきた内容だ。この部屋に入る前にも、説明を受けているはずだろう。それでも、いざとなるとどうしても不安が残ってしまう。その不安を優しく取り除くのが、コウ達移行オペレーターの仕事だ。
「そうですね。私の仕事は、皆様の心が穏やかな状態で、ベッドの上に横になって目を閉じていただく事をサポートする事、そして、皆様が目を閉じた後に、ここにある『実行』ボタンを押す事。これだけです。何も難しい手順はありません。大丈夫です、失敗しようがありません」




