第35話 時は流れて進みゆく(前)
「今後のことなのだが――…ユキ」
「うん?なあに?」
「…リー」
「ぶふっ…はい、主っ!」
「…」
初めて出会った草原から移動して、今は宿屋の一室。
皆椅子に座って話をしているところだった。
しかし、全員違った表情で向き合っていた。
フェイは仏頂面で。
ローは苦笑いを。
リーは口元を押さえて噴出しそうなのをこらえて。
そして、由岐はニコニコと満面の笑みだった。
なぜこのような状態になっているかというと…――。
「もう駄目ですっ!ぐっ…はっ!…あはははははははっ!!」
リーがテーブルを叩きながら悶絶する。
それを憮然として見下ろすフェイ。
「不敬罪」
フェイの言葉と共に唐突にリーの笑いが止まり、テーブルの上に突っ伏す。
「?リーさん??」
突っ伏したまま動かないリーを由岐が覗き込もうとするが、ローによって止められた。
「そのまま…置いといてください」
目線を斜め下に逸らして。
若干青ざめていたのだが、由岐は気付かない。
「ユキ」
再度フェイに呼ばれて振り向いて、やっぱり笑みが上がるのを抑えることができず、由岐は笑ってしまう。
フェイが複雑そうな顔をして、盛大なため息をついた。
どうして由岐が笑うのか。
そして、フェイが不機嫌な顔になるのか。
それは、フェイの姿がまた小さくなっているせいであった。
時間を遡ること50分ほど前。
由岐がフェイに母から誕生日に貰った大事なブレスレットを返してもらってから少し経った後のこと。
今後の行動について話し合うことになり、移動することになった。
最初は、そのまま草原でという意見もあったのだが、時間的にもそろそろ気温の下がる時間帯に差し掛かるということで、駒鳥亭に移動と相成った。
場所を決めて、さあ移動するぞといったときに、歩き出そうとしたフェイをローが止めた。
「ロー?」
「フェイ様、街に戻る前に元の姿にお戻りください」
ピシリと空気が固まる。
フェイを中心として。
「ロー…」
「フェイ様のお気持ちお察ししますが…そのお姿で街を歩きますと問題があります」
「そうですね。主、ちゃっちゃと元に戻りましょう!ここは今のところ余所者の気配はありませんので大丈夫ですが、この後も大丈夫かと問われたら保障できかねます。…本当はそちらの姿に戻ることは禁止されているのですよ?これ以上の不利になりそうな行為はお慎みください」
「リー…」
「フェイ?…その姿に戻ることはいけないことだったの?ご、ごめんね…私のせいで…」
「違うっ!オレがこの姿に戻ってユキに想いを伝えたかったから戻っただけだ。ユキのせいではない。オレが決めたことだ」
「でも…理由は分からないけど、その姿でいたら危ないのでしょう?フェイに何かあったら…」
「…分かった。もう元に戻る」
ローとリーにかわるがわる言われた上に、由岐に心配されて、フェイは不承不承元に戻ることを了承する。
由岐の顔に安堵の笑みが上るのを見て、ほっとする。
フェイはいつでも由岐に笑って欲しいと思っていた。
由岐たちの見守る中、先ほど使用した魔法陣の中に入る。
一度使ったもののため、ところどころ消えかけていたが、フェイにとって問題は無かった。
先ほど元の身体に戻るために使ったということが重要だった。
魔法陣の中心にて足を止め、魔力で新しい魔法陣を展開させる。
先ほどの魔法陣に重ねるように展開させた魔法陣を合わせた。
一瞬強い光が現れるが、すぐに光はなりを潜めて消える。
フェイを囲むように展開された魔法陣は融合し、紋様をもっと複雑なものに変えていた。
「!」
由岐はフェイの頭上に輝くものを見つけた。
それはエメラルド色の茨。
途切れることなく伸びていて、フェイの頭上で円を描くように絡み合っていた。
茨を怖いと思う反面、透き通って儚げな茨は幻想的で、由岐の視線を奪う。
だが、その思いもそこまでだった。
フェイの頭上を旋回していた茨はシュルシュルとその身を解き、フェイの身体に絡み付いていく。
足。
腰。
腕。
手。
そして――首。
由岐は悲鳴を上げかけた。
「ユキ、大丈夫」
いつの間にか側に来ていたリーが肩を寄せてきて、ソッと囁かれた。
「あれは痛くないから。よく見て頂戴。主は痛そうな顔をしている?」
「…ううん」
よく見てみるとフェイは平然とその場に立っていた。
そのことに由岐も平静さを取り戻す。
「ごめんなさい…取り乱して」
「いいのよ。私も最初は驚いたし、心配したわ」
ウインクしてくるリーを見て、無駄に入っていた力を抜く。
空中にあった茨もあと少しで全てフェイの身体にまきつくといったところだった。
「次の方がもっと衝撃的よ」
「へ?…ひっ!?」
全ての茨がフェイの身体に。
エメラルド色の茨は一気にその身を深紅へと変える。
禍々しさなんて一筋も無い。
しかし、ぞっとするほどの赤さだった。
知らず、一歩あとずさってしまう。
由岐の目にその赤さを焼き付けて、茨はその姿を消した。
ハッと正気に戻ったときには、目の前に幼い姿のフェイが立っていたのである。
そして、初めて出会ったときの小学校高学年くらいの姿のフェイと共に宿に戻り、今に至るのであった。
「ユキ…お前は本当の俺よりもこちらのオレの方が…好きなのか?」
幼い姿に戻ってからずっと笑みの絶えない由岐に、フェイが我慢できなくなって聞いてしまう。
数秒もしないうちに聞いたことを後悔する。
「え…いや…そんなこと…は」
口ではこう言いながら、由岐の顔が全てを物語っていた。
がっくりと肩を落とす。
「自分が恋敵…か」
フェイは、リーの横に突っ伏すのであった。
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