第36話 時は流れて進みゆく(後)
「最初に謝っておかなければならない」
フェイはそう言って口火を切った。
その言葉と共に、部屋の空気がピンと張ったような気がした。
ローとリーも真剣な顔。
由岐も皆の様子に促された形で、背筋を伸ばした。
「――オレはユキを城に連れて行くと言ったが、今の城はオレにとって安全なところとはいえないのだ。…オレはリオーレ国王の子どもの1人で、王位継承権は第3位だ。上に兄と姉が1人ずつ、下に双子の弟と妹がいる。わが国では男も女も王位継承権を平等に持っているが、継承権2位の姉がこの度結婚することに相成った。結婚することで姉は王位継承権をなくし、順繰りにオレが継承権2位に上がる。多分これが原因の元だと思う。いや、前々から水面下では色々とあったのだが…まぁ、激化したんだ。」
「激化?」
「ああ。オレを排斥しようとする輩の動きがな」
「!」
「はっきり言ってオレには王になる気が無い。しかし、そんなオレを王位につけたい輩も存在する」
「ことあるごとに言いますものね。主は」
「王位継承権を返上するとも国王に言いましたね…」
フェイの言葉に裏付けるようにリーとローが口を挟む。
「今はもうそんなことは言っていないだろう」
「どうして?」
「オレが継承権を返上してしまえば、弟と妹のほうに飛び火してしまうからな。弟たちはまだ幼い。自分にふりかかる火の粉を振り払う力はまだ無い」
「フェイ…」
「今のところはオレを王位につけようとする輩どもは身を潜めているようなものなのだが」
「?」
「そう!その理由こそが今の主の姿なのよっ!」
「…フェイ様がこの姿になられてから奴らは周囲を窺っている状態だ」
「フェイ?」
「そういうことだ」
ハァ。
大きなため息をひとつ。
フェイは冷めかけたお茶を口に運んだ。
「どうして今の状態になったのかというと、弟のせいだな」
「お、弟?」
「弟君はセフォイド様と言います」
「そう、セフォイド様」
「弟は魔法の練習中に魔力を暴走させてしまったんだ」
「よくあるのよ」
「セフォイド様は制御がまだ上手くなくて…」
「最悪なことに、あの時は大掛かりな魔法陣を組んでいてな…。魔力の暴走と魔法陣の組間違いでまったく新しい魔法が出来上がっていた」
「よく暴走するんで、上級の魔法使いがいつも何人かついているんですが」
「あの時はある事故とやらで上級魔法使いが出払っていたものだから、主がセフォイド様の練習に付き合っていたんですよね」
「…」
「あの時は圧巻だったぞ。先ほど見たと思うが、魔力で出来た茨が部屋中を覆いつくし、今にも部屋の外へ出て行こうとしていた。咄嗟に部屋から魔力で出来た茨が出て行かないように結界を張り、茨の外への流出を止めた。だが、そこで予想以上の魔力を消耗してしまった弟が倒れてしまってな…部屋を出ようとする動きしかしていなかった茨が突如として不可解な動きを見せ始めた。まぁ、弟が倒れたことにより、わずかばかりであった制御の力が失われたせいだと思う」
「主は部屋中を覆い尽くしていた茨を自分の身の内に全て受け入れた」
「それしかすぐに収めるすべがなくてな」
「そんな無茶するところが、主が主たる所以ですよね」
「で、今に至るわけだ」
「はあ…」
聞くだけで精一杯だ。
由岐はなんとか頭の中で手に入れた情報を整理しようと努める。
「この姿では王位を頂くのは無理だろう」
にやりと笑うフェイ。
「主はすぐにでも解除しようとしてましたけどね」
「元に戻れるのっ!?」
「先ほど戻っておられたでしょう。しかし、王に王妃に…いえ、王族の方々が全員でそれを止めたのです」
「ど、どうして…」
「それは――」
「今の主が可愛いからですっ!」
「…」
「…」
力いっぱいの力説にその場が沈黙する。
リーの瞳がキラキラと輝いている。
ソッと輝く瞳を視線から外す。
「――自分の仕出かしたことは自分で解決させるようにと王妃様が仰せられたのです」
「我らリオーレ王家の家訓の1つというわけだ」
「自分の尻は自分で拭けということね」
「何だそれは?…いや、意味合いは分かるが、女性が使う言葉ではないというか…」
「ええと…ごめんなさい」
「いいのですよ!確かにその通りです!!ですが、今回のことは――」
「ちょっと黙っていろ、リー」
「むごご!」
まだまだ瞳を輝かせて口を開こうとしたリーをローが諦めに近い顔をして、口を塞ぎにかかった。
「この身体では色々と煩わしいこともあるが、それ以上に煩わしい案件が少しの間とはいえ、この身から去るのならばと諦めた」
フェイはリーをちらりと見て目を逸らし、苦笑いで由岐に説明する。
フェイの表情を見て、テーブルの上にあるフェイの手に自分の手を重ねる。
「フェイ…」
「ユキの手は暖かいし、柔らかいな」
「…」
「この身だからこそ王城を飛び出してユキに会うことが出来た。良いこともあったからいいんだ」
「うん」
「しかし、この身だとユキと色々と出来ないから残念だ」
「うん…うん?」
何かが引っかかって思考が止まる。
前にはいい笑顔のフェイがいる。
いや、近い。
チュッ
頬にやわらかい感触。
温かい呼気を感じる。
「お前との未来のためにオレはこれから動こうと思う。これ以上のこともしたいしな」
「!!?」
顔に集まっていく熱と共に帰ってくる思考。
慌てて距離をとろうとフェイの手を離そうとするが失敗する。
フェイにしっかりと手を握られて、伸ばせるギリギリまで腕を伸ばす。
少しの距離しか離れることが出来ない。
「フェ、フェイ!」
「ユキ。オレはもうお前を手放せない。すまない」
「フェイ…」
「何かあれば何でも言って欲しい。気に入らないこと、嫌なこと、して欲しいこと。遠慮なく言ってくれ。ユキの望みを叶えることはオレの喜びとなる」
「…」
「だが、聞けない願いがあったときは、率直にオレも駄目だと言うだろうが、それはまあ…諦めろ」
「聞けない…願い?」
「離れたいとか、キスしないで欲しいとか」
「っ!」
「オレはオレの好きなようにする。だから、ユキもユキのしたいように…自由なままでいて欲しい。オレはユキを手放せないが、その為ならどんな努力も惜しまない。…憶えておいてくれ」
言いたいことを全て吐き出したのか、フェイは口を閉じて握った由岐の手にキスを1つ落とした。
そのキスは誓いの儀式のように、厳粛なものに見えた。
顔を真っ赤にしたまま、それを受け止める。
「――フェイの気持ちは分かった…言いたいことは言うようにする」
「ああ」
「あの…」
「うん?」
「もう少し…の間…こ、こういうのは控えめにして…ほ、欲しい」
「…善処する」
握った手を離してフェイは笑う。
『少しの間』
由岐がそう言ったから。
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