100年に一度のディナータイム
1
新人警備兵が配属されて半年が経った頃。
彼は兵舎の古い日誌をめくりながら、ふと、ある「歴史の記録」に目を留めた。
「先輩、日誌の『50年前』のページに、すごく短い記録があるんですけど……。『本日、ゴルド様お出かけ。広場の全面大掃除を実施。侵入者3名を捕縛』って、これだけですか?」
「ああ、それか」
先輩警備兵が懐かしそうに目を細めた。
「ちょうど50年前の今頃だな。あのお方が『100年に一度の食事』のために、1日だけこの島を空けた時の記録さ」
「えっ、ゴルド様が動いたんですか!? 街は大パニックだったんじゃ……」
「いや、全然。街の年寄りたちが『ああ、話に聞く食事の日が今日だったのか』って軽く納得して、みんなで空を見上げた程度さ」
50年前のその日、街の中心でずっと丸まっていた金色の巨体が、地鳴りのような大きなあくびと共に、ゆっくりと立ち上がった。
ゴルド様は街の人々には目もくれず、黄金の大きな翼を広げると、バサリとひと振りして大空へと優しく飛び立っていったのだ。
『(ふあぁ……)腹が減ったな。100年経つのは本当に早い。さて、お隣のギルド島のさらに奥にある【S級ダンジョン】に、ちょうどいい魔獣の群れが沸いてる気配がするな。あそこなら誰の邪魔も入らねえ。サクッと食って、明日の朝には戻って二度寝の続きをするか……(びゅーーん)』
龍神ゴルド様にとって、それはただの「ちょっとそこまで外食へ」という感覚だった。
2
ゴルド様が空の彼方へと消えた、その直後。
中央警備兵舎のベテランたちは、一斉に立ち上がった。
「よし野郎ども! ゴルド様がお留守の今がチャンスだ! ほうきとモップとバケツを持て! 敷布団(地面)の全面大掃除を始めるぞ!!」
警備兵たちにとって、主が不在の1日は、日頃は触ることすらできない「寝床の本格メンテ」を行う絶好の機会だった。全員がCランク相当の実力を持つ警備兵たちが、ものすごい手際で広場の土を耕し、ゴミを拾い、ピカピカに磨き上げていく。
しかし、主が留守にした自然島を、外からじっと狙っている不届き者たちがいた。
「チャンスだ! あの脅威度Sのドラゴンが留守の隙に、寝床に【超大型の魔物捕獲用落とし穴(罠)】を仕掛けてやるぜ! 戻ってきたところをハメれば、俺たちが歴史に名を残す冒険者だ!」
どこからか聞きつけた、一攫千金を夢見るDランク以下の低級冒険者たちである。
バササッ!と、掃除の手を止めた先輩警備兵たちが、風のような速さで低級冒険者たちの周囲を取り囲んだ。
「ひえっ!? 警備兵のおっさんたち!?」
「静かにしろ。今、せっかくゴルド様の寝床を綺麗に掃除してるところなんだ。お前らが泥だらけの靴で入るんじゃねえよ。それに、そんなおもちゃみたいな罠、ゴルド様が戻ってきて寝返り打った瞬間に粉々に砕け散るのがオチだ。さあ、大人しく帰りなさい」
「く、クソォォ……! お留守番の警備兵のくせに強すぎる……!」
低級冒険者たちは、罠を仕掛ける暇も与えられず、実力者の警備兵たちによってあっさりと返り討ちに遭い、涙目でギルド島へ逃げ帰っていった。
3
翌朝。
自然島の住民たちがいつも通り目を覚ますと、広場の中心には、昨日よりも心なしかピカピカになった地面の上で、いつも通りに丸まってスヤスヤと寝息を立てる「黄金の山」が戻っていた。
前日の夜、S級ダンジョンの最奥にいた凶暴なボスモンスターたちを、圧倒的な神の力で美味しくペロリと平らげたゴルド様は、日の出と共に満足げに帰ってきたのだ。
『(すー……すー……)うむ、100年ぶりのトカゲの丸焼きは美味かった。……おや? なんだか俺の寝床が、昨日よりも少しフカフカで綺麗になってるな。警備兵のみんなが掃除をしてくれたのか、ありがてえな。腹もいっぱいだし場所も綺麗だし、これならまたあと100年は、今まで以上に最高の二度寝が楽しめそうだ。それじゃ、おやすみ……(すやすや)』
「――と、いうわけさ」
先輩警備兵は日誌を閉じると、窓の外のゴルド様を見上げて微笑んだ。
「あのお方が満足して寝てくれているから、この街の平和は保たれてる。50年前に最高の飯を食ったあのお方は、今ちょうど『折り返しの50年目』の、一番いい睡眠期に入ってるってわけだ。俺たちの先輩のお留守番掃除も、無駄じゃなかったんだよ」
「なるほど……!」
新人警備兵は、50年前の先輩たちの「気合十分なお留守番」に深く感動し、自分ももっと広場を綺麗にしようと、ほうきを握る手に力を込めるのだった。




