第五十九話 甦る宝剣
アスガルドの強者たちが個別に稽古をつける特殊訓練2日目ーー
1人だけ異質な者に師事することとなったベリーサは頭を抱えていた。
手錠に繋がれた赤黒い肌の巨人がじっと不機嫌そうにこちらを睨んでいる。膝をつかされているというのに、それでもベリーサの身長よりも遥かに高く威圧感がある。
「あんた、炎使いなんだよな?どういうことが出来るんだ?」
「世界を炎で燃やし尽くして消し去ることが出来る」
その返答にベリーサは後頭部を掻いた。どうりで手錠に繋がれている訳だ。そもそも手錠に繋がれている状態で、実戦に役立つ技など教えることが出来るのだろうか。そんなことを考えている内にベリーサはこの人選ミスにどんどん腹が立ってきた。
「あーもう、面倒くさい。私は炎の魔人だ!あんたとどちらが火力が上か見せてやる」
ベリーサは手に7割程度の魔力を込めて、爆炎の魔法をスルトに向かって投げつけた。当たれば全身が炎に包まれるのは必至だ。しかし、スルトは避ける素振りも見せずに、飛んできた火の玉を蝋燭の火でも消すかのようにフッと吹き消した。
「……は?」
「こんなのが爆炎か?一息で消えたが?」
この巨人がどれほどの火力を持っているかは不明だが、少なくともベリーサの火力が全く通じないことは判明した。
「あーはいはい。無抵抗の相手だからと、ちょっと手加減しすぎたよ。今度は本気でいく。死んでも文句言うなよ」
ベリーサは額に血管が浮かび上がるほど魔力を振り絞り、スルトの体躯と同等サイズの特大の火球を頭上に顕現させた。熱風が周囲に吹き荒れ、上昇気流が発生して上空に雲が形成されていく。
「アトミック・ギガフレア!!」
燃え盛る火球をスルトに向けて放つ。この大きさではさすがに吹き消すのは無理だろうーーベリーサは勝ちを確信した。
「児戯だな」
スルトの身体から蜃気楼のようなものが立ち昇ると、手錠が一気に融解した。しかし、手錠に繋がる鎖を握っていた神兵はどういう訳か全く動じていない。こうなることは想定の範囲内だとでもいうのだろうか。
そんな"イヤラしいお膳立て"に思うところがない訳ではないが、今はもうベリーサ最大級の魔法が放たれ勝敗が決しようとしている。過ぎたことを気にしても仕方がないと、スルトがどう対処するのか見守ることにした。
そのスルトはベリーサの放った火球をあろうことか片手で掴んだーー途端に大爆発を起こした。
「残念。ただの火の玉じゃないんだよ。うっかり殺してしまったか?」
しかし、爆炎の中から炎に包まれたスルトが出て来た。無傷である。炎の巨人という名は伊達ではなかった。彼への火炎属性の攻撃は全て無効化されるらしい。全身が燃えていようとも、肌が焼けることもなく纏わりついているだけのようだった。
「俺には炎は効かん。それでも俺を屈服させられたなら、炎の剣をくれてやる」
「冗談キツいぞ…天敵じゃないか。クソ…わかった。やってやる!」
しかし、ベリーサの持ち技はどれも火炎属性。それに加えフィジカルにおいても差のある巨人を相手に屈服させるなど、どう考えても無謀であった。
ーー魔法が効かないなんて、まさに昨日オルトリンデに指摘された悪癖を治すチャンスってか?スキルを使って肉弾戦で挑むしかないって訳だ。
ベリーサは身体能力強化のスキルを発動させ全身の血流が激しく波打つのを感じると、短く飛び上がってスルトの頚椎へかかと落としを放った。
しかし分厚い筋肉の装甲に阻まれダメージが通らない。しかし、その見た目通り動きは鈍い。ベリーサは舞い踊るように素早く立ち回り、様々な角度から蹴りを何発も見舞っていく。
「目障りなハエだ」
ベリーサの動きに対応出来ないスルトは雄叫びをあげて全身から炎を噴き出した。炎に煽られ吹き飛ぶベリーサであったが、このスルトの熱量が不安定になっていた天候を悪化させた。上空に形成された積乱雲から勢いよく降り出す雨。スルトの身体を覆う炎は勢いを失くし下火になった。
ベリーサは起き上がり、これを好機と渾身の蹴りに爆炎の魔力を纏わせた。
「イグニス・ランペイジ!!」
ヒットする度にその箇所に爆発が起きる乱撃の蹴りを受けたスルトが初めてその身体を仰け反り、姿勢を崩した。身体の表面ではなく、魔力を叩き込み体内から爆発を起こすベリーサの新技が効果を発揮したのだ。
「う、うぐっ…」
「どうやら、あんたは炎自体が無効なんじゃなく体表に薄く纏わせた炎で私の魔法を相殺してたんだろ。内部から発動するこの技は防ぎきれないみたいだな」
「……降参だ。お前の実力、認めてやる」
オルトリンデから伝授されたスキルを駆使して見事、巨人を屈服させた。ベリーサはスキルを解除すると、反動で押し寄せる疲労感にその場に腰を落とし座り込んだ。
タイミングを見計らっていたように神兵がスルトに再び"溶けない"合金製の手錠を掛けた。
「やれやれ…こんな面倒な修行は二度とごめんだな」
雨が降りしきる中、その様子を屋根のあるベンチで特訓もせずに眺めている2人がいた。
「あの魔人、なかなかやるじゃあないか。まぁ、あの魔人はほぼ人間だから良しとして……お前さんはどうなんだぁ?悪魔のお嬢さんよぉ?」
「はぁ?どういう意味さ?」
「いやなに、悪魔ってのは神に深〜い恨みを抱いてんだろ?こんな平和ボケしたとこでよぉ、仲良く人間や俺たち神と戯れ合ってていいのかってコトさぁ」
粘着質な話し方で妖しく唆すようにルナに話しかけているのは、アスガルドでもひときわ異彩を放つ"トリックスター"混沌の神ロキである。
「別に。仲良くしてるつもりなんてないし。あたしは同胞を皆殺しにしたバエルに復讐したいだけ。アイツを殺す力を手に入れるために一緒にいるだけだし」
「へぇ〜仇討ちってか。そりゃまた健気なことで。だけどよぉ…俺が聞いた話じゃあ、あの小僧が打倒してるハデスもバエル封印に向けて動き出してるってハナシだぜぇ?あんな神崩れの小僧より、オリュンポスをも手中に収めたハデス側についた方がラクして復讐出来んだろうがよぉ」
「は?それこそ、どうしてあたしが最高神なんかと手を組まなきゃなんないのさ。オリュンポスなんて行ったら消されんの目に見えてるし。まぁ、オリュンポスへ行く手段もないけどね。てか、喋ってばっかいないで早く特訓始めてくんない?」
「ハハッ!自分の立場がわかってんのな。意外に冷静じゃあないか。じゃあ、ここで消されても文句はねぇよなぁ?」
ロキの手にどこからともなく短剣が現れ、それをいきなり振り下ろしてきた。しかし、短剣は空を切りベンチに刺さった。咄嗟に飛び退いたルナが怪訝な表情でロキを見つめている。
「なにこれ。これが特訓なの?それとも笑えない冗談?」
「いいねえ。これは不意打ち回避の特訓に決まってんだろぉ。いつどこに裏切者が潜んでるか分からねぇご時世だからよぉ…」
ロキはそう言っているが、先ほどの突きには明らかに殺意が込められていた。そもそもロキの話の内容も話し方も不快に感じていたルナは、それならと遠慮なく魔法で氷柱を前方に展開し身構えた。
「待て待て。そう怒るなって。お前さんにより良い道を示してやろうと心優しき神サマが構ってやってるんだぜぇ?落ち着けよ、なっ?」
「何がより良い道よ。てかアンタの喋り方、正直キモいし。特訓しないなら他の神サマにチェンジしても…らう…え?」
しかし、ルナが話している途中に座っていたはずのロキの姿が見えなくなっていた。気がつくと、ロキは背後に立っており喉元には短剣の刃が添えられていた。
「喋り方がキモいって心外だなぁ…お前さんはさぁ、魅了とショボイ魔法しか能がねぇんだからよぉ…長いものに巻かれた方がいいんじゃねぇかって言ってんの。まあいいや。今使った透過の魔法でも教えてやるよぉ」
短剣を喉元から外し、ロキは背後から離れるとルナの前に立った。一瞬にして背後に現れたのは姿と気配を消し去る魔法の力だった。それを今から教えるとロキはそう言った。
小一時間ほど、ロキからの教えに従って姿を消す魔法と、それを駆使して背後を取る動きの特訓を行なったルナは呑み込みも早く、すでに自分のものにしつつあった。
「やりゃあ出来るじゃんよぉ。これでもし、バエルやハデスと対峙してヤバくなったら、死神崩れのあの小僧の喉元を掻っ切って寝返りゃあいいんだよ。自分の身は自分で守らねぇとなぁ…ヒヒヒ」
ーーなんなのよ、コイツ…
悪魔よりも悪魔のような誘惑を囁き続けたロキに不信感を募らせながらも、ルナは更に一連の動作を極めるべく特訓を続けるのだった。
ロキがルナを拐かしている頃、雨の中オーディンとリエリカの特訓は始まっていた。
今は亡き竜殺しの英雄、ジークフリートがかつて使っていたとされる"バルムンクの剣"。エルフの里にある修練窟の試練で入手して以来、リエリカの相棒として幾多の戦いを潜り抜けてきたその剣だが、オーディン曰くバルムンクの剣にはまだ秘めたる力が宿っているという。
「リエリカよ。バルムンクの剣には呪いが掛かっておってな。直接的な害を及ぼす類の呪いではない故、これまでは気付かなかったであろうが…」
「……呪い、ですか?それはどういう…」
アスガルドにおいて宝剣とまで称されるバルムンクの剣だが、邪竜が倒された際にジークフリートだけでなく剣そのものにも邪竜の血が染み付いた。
その時点ではまだ呪いとして発現していなかったが、ジークフリートがこの世を去った際に剣に染み付いていた邪竜の血の力が彼の魂に宿る"欲望に囚われて己が本懐を見失ってしまった無念"を取り込んだ。
邪竜の血とジークフリートの無念が溶け合うことで呪いは発現し、それ以降バルムンクの剣は本来の力を発揮出来なくなってしまったという。
「今からのこの時間はその呪いを解くためのものと心得よ。解呪の方法はただ一つ。邪竜と同等の量の神の血によって清められることだ」
リエリカは耳を疑った。邪竜を屠った時と同じ神の血の量が必要ということはつまりーー
「オーディン様…それは、まさか……私に神を殺せと…?」
「そうだ。だが他の神を犠牲にする訳にもいかぬ。ワシの血を以て宝剣を蘇らせる。但し、素直にやられてやるつもりは毛頭ない。リエリカよ、お主にはワシを超えてもらう。討ち取ってみせよ」
「ご、ご冗談を…一介のヴァルキュリアである私にそんなことが出来るはずありません!!どうかご再考を!!」
リエリカは躊躇した。グリムゲルデから授かったエンチャントを使えば、悪魔王や冥王が相手でも十分に戦えるのではないかと。今更、主神を手に掛けてまで剣の秘めたる力まで解放する必要性があるだろうか。
しかし、添い遂げること能わず逝かせてしまった愛する男の無念がこの剣に囚われている。それが何より口惜しい。
「……で、できません」
「そうか。ならば、ここで散れ」
リエリカの返答を無視してオーディンがバスターソードを振り下ろし地面に叩き付けると、地が割れそこから突き出した岩尖がリエリカへと迫っていく。
剣を薙ぎ払いそれを砕いて防いだリエリカだが、目の前にはすでにオーディン自身も迫ってきていた。オーディンの大剣とは思えない速さの剣捌きに、戦うことを拒絶していたリエリカは否応なしに防御に専念せざるを得なくなった。
「お主の覚悟はその程度か!!天界を支配した冥界の神を打倒するのであれば、ワシの命くらい取ってみせよ!!」
斬撃を受け止めた剣を握る手に血が滲むほどの重く苛烈な攻撃。リエリカはの迷いは頂点に達していた。
ーーダメだ。このままでは押し負ける…だが…っ!!
その時、リエリカの頭の中に声が響いた。
"大丈夫。僕がなんとかする。だから、力を解き放つんだ、リエリカ"
心を包み込むような穏やかで懐かしい声。その声を聴いてリエリカの瞳に火が灯った。頭上に迫るオーディンの大剣をバルムンクの剣で受けつつ、滑らせるようにそのまま地面へと受け流した。大剣の剣先が刺さったのを抜き取った際に生じた刹那の隙が勝敗を分けた。
剣を振り上げ抜いたことで大きく開いたオーディンの懐に向けて、剣筋が見えないほどの速さで縦横に振り払った。
「ノーザンクロス・クロウエア!!」
閃光が走ったように通り抜けたリエリカの技はオーディンの胸元から腹部に掛けて大きな十字傷を刻み込み、血飛沫が雨に混じって地面をゆっくりと赤く染めた。
「……み、見事だ、リエリカ。それでいい…」
致命傷ではあったが、オーディンの身体が頑丈だったからなのか、またはリエリカのみに聞こえた声の主のお陰なのかーー呼吸を乱したオーディンは片膝をついただけであった。
主神に刃を向けたことを再認識したリエリカは慌てて寄り添い、オーディンの傷口に治癒魔法をかけ始めた。
しかし、その時バルムンクの剣に纏わりついた主神の血は雨に流されることもなく、刀身全体を覆い始めていた。
そして、刀身を覆い尽くすとそのまま吸収されるように表面の血が消えていく。解呪が始まったのか、バルムンクの剣から放たれた黄金色の光が空を突き抜けて輝きだし、ひとりでにリエリカの手を離れ宙に浮いた。
光に包まれた剣は形を変えていく。この世のものとは思えない研ぎ澄まされ青白い輝きを放つ美しい刀身にはルーン文字が現れ、柄の装飾部は白金でドラゴンの頭部を模した意匠へと変化した。
「こ、これがバルムンクの剣……」
「ああ、これが宝剣と言われたバルムンクの真の姿だ…」
解き放たれた光で雨雲は霧散し、雨はいつの間にか止んでいた。宙に浮いていたバルムンクの剣は再びリエリカの手へと戻る。
"ありがとう、リエリカ"
そんな声が聴こえたような気がした。しかし、もうその声を聴くことはないかもしれない。気高く、そして美しいその剣にはもはや何の雑味もなく、愛した男の無念など微塵も感じられないほどに生命力に満ち溢れていた。
ひとまずの成功をみたリエリカの修行であったが、その数刻前ーー因縁の2人が再び相対していた。
北欧神話といえば、やはり外せないのはロキ。
アヴェンジャーズでもたびたび掻き乱してたトリックスターが満を辞して登場!←本作ではそんなに重要な役どころでもなかったような?
次回はイザナミとセシルのターンです。




