第五十八話 強化訓練その2
9姉妹から特殊スキルを伝授されることになり、そのスキルを使いこなすための訓練に精を出すセシルたちであったが、またもや悲運に見舞われた男が1人ーー
ベリーサ、グレイス、リエリカ、ルナのそれぞれが姉妹たちのスキルを使った戦闘訓練に苦戦している頃、1人だけおかしな特訓をしている者がいた。
麻生 迅である。日本に住む高校2年、17歳。空手の全国大会で運悪く相手の蹴りが首に入り、即死。気がついた時にはこの世界のラグナス王国に転生していた。持ち前のガッツと武術を以てこれまでセシルと共に幾多の苦難を乗り越えてきたが、彼は今かつてないほどの危機に晒されていた。
「おい!ゲルヒルデ!!これ何の訓練だよ!!」
「だから言ってるじゃない。私のスキルを使って魔物を下僕にするための訓練だって〜。このスキルは肌の露出が多いほど効果が高いの。坊やはまだウブだし、初体験でしょ〜?だから、成功率を上げるためよ〜」
彼はパンツ1枚の姿で狼型の魔物十数匹に囲まれていた。魔物は唸りながら牙を剥いている。
「変な言い方すんじゃねえ!!パン1になってまでやることかよ。つーかよ…数、多くね?初体験っつーなら、サシでやらせてくれよ!」
「まあ。"初体験はサシでヤる"だなんて…坊やったら変態ね〜」
ーーこいつ…!!変態はテメェだろ!!つーか、初体験が1対1って普通だろ!!
ゲルヒルデに抗議しても会話が噛み合わない。麻生は仕方なくゲルヒルデから授かったスキルを発動させた。身体がどんどん熱くなり、嗜虐心が疼き始める。
ーーえ、ちょっと待て。なんだ、この感覚…ヤベェ。サディスティックな欲望がどんどん湧いてきやがる…
溜まった欲望を解放するかのように麻生は駆け出し、瞬時に目の前の魔物の背後に回り込んだ。そして、魔物の尻を蹴り飛ばした。
「オラァッ!!頭が高い!!跪け!!」
しかし、その行動で堰を切ったように他の魔物たちが一斉に麻生へと襲い掛かってきた。しかし、麻生もこれまでの激闘を潜り抜けてきた戦士。低レベルの魔物を相手に遅れを取ることもなく、次々と尻を蹴り飛ばしていった。全ての魔物を返り討ちにした麻生はまだ昂っているのか、魔物に追い討ちを掛けようと向かっていく。
「坊や、お待ちなさ〜い。もう、皆貴方にひれ伏してるわよ〜」
ゲルヒルデの言う通り、蹴られた魔物は頭を低くし服従のポーズをとっていた。麻生は足を止め魔物の王にでもなったかのように右拳を天に突き上げた。
「我を崇め奉れ!!」
「う〜ん、そのカッコで勝ち誇ってもちょっとカッコ悪いけどねぇ〜」
麻生はゲルヒルデのスキル"隷属"によって魔物を屈服させる魔物使い(初歩)の技を身につけた。
その頃、イザナミも魔剣使いの六女ヘルムヴィーゲと共に特殊訓練に入っていた。
ヘルムヴィーゲのスキルは魔力倍化。一度使用するとその後24時間は使用できないというものだった。
「なぁ、ウチ刀使いなんやけど。さらに言えば"気"を練って波動を放つことは出来るけど、魔力やら魔法やらは使えへんで?」
「私も剣士ですが、魔力倍化は色々使えま……え?そうなんですか?!魔力が使えないって、私のスキルを根底から否定するような方ですね……」
魔剣使いのヘルムヴィーゲだが、魔剣とは使用者が注ぎ込む魔力の量によって威力が増減する。剣士であるヘルムヴィーゲの魔力量は常人並みであるため、魔力倍化のスキルによって紅蓮華牙斬のような広域展開の大技も放てるようになったという。
「ですが、もしかするとその"気"とやらにも作用するかもしれませんし、とりあえずやってみましょう。出来なければ、私が誰かと交代します…」
「な、なんかごめんやで…」
ヘルムヴィーゲの言われた通りにイザナミは伝授された魔力倍化のスキルを発動させた。
身体中の細胞が活性化していくーーような気がする。イザナミは気を練り、手中に波動を集め始めた。
「おお、これは…いけましたか!?」
「えっと…ごめん。たいして変わってへんかも」
集まった波動はイザナミの限界値を上回るでもなく、"気"の量、質ともに変化は見られなかった。
ヘルムヴィーゲは肩を落とし、訓練を中断させるとそのまま端で見物していたジークルーネとシュヴェルトライテの元に赴いた。
「悪いんだけど、どちらか私と代わってくれない?私のスキルはあのイザナミって人の役には立たなさそうなの」
「別にいーけど…あーしのスキル"起死回生"だって意味ないんじゃね?死にそーなダメージを受けた時に一回だけダメージ無効にできるってヤツ。あん人、死神だろ?スキルなくても死なねーっしょ」
「もう、しょうがないなぁ…じゃあ、私かぁ?」
シュヴェルトライテは立ち上がり、ヘルムヴィーゲとタッチしてイザナミの元へ向かった。燃えるような真紅の髪。腰の位置まである長い髪を高い位置で留めてポニーテールにしており、ジークルーネと似た気の強そうな顔立ちも相まって凛とした佇まいの彼女はヴァルキュリアでありながら、戦時はエインヘリヤル達の騎馬隊長を務める。彼女の戦闘スタイルは昨晩のベヒモスとの戦いでも見せた騎槍を使ったもので、その騎槍にスキルを組み合わせることで破壊力の高い攻撃を繰り出すことが出来る。
「どうやら手違いがあったみたいで、お待たせしてすまないねぇ。五女のシュヴェルトライテだ。さて、私のスキルの説明をさせてもらうがいいかな?」
「いや、ウチの方こそ。イザナミです、よろしく」
シュヴェルトライテのスキルは"爆破"。武器や拳にスキルを付与して攻撃をヒットさせると、あとは狙ったタイミングで対象そのものに爆破を起こすことが出来るという。
「え、すご。めちゃいいスキルやん!!」
「でしょー?まぁ、当たらなきゃ意味ないけどね〜。そんじゃ、伝授するよ」
握手を交わし、スキルを受け取ったイザナミはシュヴェルトライテの指示により打ち込み稽古用の巻藁に向かってスキルを試してみることにした。木剣にスキルを込め巻藁を斬りつけたが、爆破の仕方がわからない。
「なあ、起爆ってどうするん?」
「ん?あーそうだったね。どう説明すればいいかな…じゃあ、自分が巨人になったのを想像してみようか…」
「え…なにそれ…」
「でぇ、地面を蟻のように逃げ惑うムカつく奴を掴んで潰れないように優しく握る」
「ちょっと待って。意味わからんし、怖いんやけど…」
「ムカつく奴はいつ握りつぶされるかわからない恐怖に怯えている。だから安心させるのに微笑みかけながら頭を親指の先で撫でてあげよう。……と見せかけて親指でプチっと一気に押し込む!!すると、ドカーン!だよ」
「できるかー!!んな想像!!なんやねん!!安心させるフリとか絶対要らんやろ!サイコパスか!!」
シュヴェルトライテは説明が下手だった。そのせいでイザナミはスキルを会得したにも関わらず、起爆までのプロセスに辿り着けなかった。
「わかりやすいと思ったんだけどなぁ。まぁとりあえず、対象を木っ端微塵にしてやる!っていう憎しみを込めてグッと何かを押し込むイメージをするのさ。イメージが鮮明で敵意が強いほど強烈な爆発が起きるから。あとは練習あるのみ!それじゃ私は戻るね〜」
「憎しみが強いほど威力増すて、どんなスキルやねん。頭潰すとか木っ端微塵とかいちいち例えがグロいし…」
イザナミは頭を抱えながら、もっとマイルドな自分なりの起爆のイメージを固めることから始めた。
それぞれが姉妹たちからスキルを得て特訓に励むこと数時間ーー陽が落ち、この日の訓練は終了となった。いつもは騒がしい面々も疲労困憊なのか皆、無口のまま宮殿に戻っていく。
風呂に入って汗を流した後、オーディンによって食堂に招かれたセシルたち。初日の特訓を終え、労いの言葉でも掛けられるのかと思っていたセシルたちであったが、オーディンの深刻な面持ちと張り詰めた空気にその期待は消えた。
「皆、本日はご苦労であった。まだ初日だが、少しばかりの力を手にしたお前たちに折り入って頼みがある」
オーディンの依頼は雷神トールが地上に向かってから3日が経過したが、まだ帰還しておらず捜索を頼みたいという旨だった。
「トールって、たしか俺たちがここに来た時に出会ったムキムキのヤツだよな?」
「トールはこのアスガルドでも最強の神。あやつが何かに巻き込まれたとは考えにくいが、万が一ということもある。新たな力の腕試しも兼ねて地上を見て来てほしいのだ」
「うーん、わかった。どの辺りか目星はついているの?」
トールが地上に向かったのは、消失したジェリソル大陸とその近海の調査のためだった。まずはその周辺から捜索を始め、手がかりがなければ引き返してきても構わないーーそういう内容であった。
出発は3日後の朝。地上への移動手段はオーディンが用意してくれるとのことで、セシルたち全員で明朝アスガルドを発つということになった。
出発までに少しでも強化できるよう、残り2日間の特訓はアスガルド全面協力の元行われることとなり、食事を終えで間も無く明日に向けて早めに部屋で休もうと各自部屋へと戻ることにした。
「ここでの時間が濃すぎて、地上に戻るのだいぶ久しぶりな気がするぜ」
「しかし、あのトール様が行方不明などと…どんな危険が待ち構えてるかもわからない。セシル君、本当によかったのか?」
リエリカの不安はもっともだった。ジェリソル大陸の消失、それが悪魔王バエルの仕業である以上、遭遇する確率はゼロではないのだから。いくら新たな力を得たとはいえ、もし遭遇でもしようものなら腕試しというにはあまりにも無謀だ。
「いずれは倒さなきゃならない相手だし、実力を測るいい機会だと思って」
「セシるん、それはナメすぎだよ。あいつはそんな生半可な気持ちで対峙していいヤツじゃない…正直、あたしは同行したくないくらいだ」
決して楽観的だった訳ではないが、久しぶりの地上にやや浮かれていた空気が、実体験をしたルナの言葉で現実に引き戻される。
「ま、まぁ、あれだ。遭遇するとも限らねぇし、もし出会っちまってヤバそうならすぐに逃げようぜ、なっ?俺たちの任務はトールを探すことだし」
オーディンのこれまでの言動から、セシルたちの都合よりもアスガルドにとって利になるかどうかに重きを置いているのは否めない。事実、ヒュプノスの襲撃においてもセシルの制止を聞かずにアスガルドの敵として容赦なく処断している。
もしバエルに遭遇して危機的状況に陥ったとしても、それは自己責任ということで片付けられてしまうかもしれない。
「ごめん、二つ返事をしたのは浅はかだったかもしれない。今からでも断ってこようか…」
「もう遅いんじゃないのかい?神…ここの最高神との約束を反故になんてしたら、それこそどういう扱いを受けるかわかったものじゃない。明日からの特訓は今日以上に力を入れてくれるというが、それでもまだバエルには届かないだろう。悔やむなら、次からは私たちにも相談してから物事を決めるんだな」
ベリーサの言葉に皆が頷いていた。しかし、皆が強く反論しなかったのはセシルが弟を亡くしまともな判断が出来ない心理状態にあったのだと、多少なりとも理解し鑑みてのことだろう。
皆はそのまま各自の部屋に戻り、思い思いに明日の特訓への準備を進めるのであった。
強化訓練2日目ーー
訓練場に集まったセシルたちを待っていたのは、アスガルドの腕自慢の神々であった。それぞれの戦闘スタイルに合った神が個別に稽古をつけてくれるという。
セシルには光の神バルドル、イザナミには軍神テュール、リエリカには最高神オーディン、グレイスには狩猟の神ウル、ベリーサには炎の巨人スルト、ルナには混沌の神ロキ、麻生には伝令神ヘルモーズが担当することになった。
「ちょ、ちょっと待て!どうして私だけ鎖に繋がれた巨人なんだ!?しかも、かなり不機嫌そうなんだが!?」
「そやつは罪人だからな。しかし、炎の技に関しては右に出る者はおらぬ。上手く口説けばきっと学びがあることだろう」
「私だけ教えを乞う交渉から始めないといけない、と。面倒な…」
今回は得意分野を伸ばす訓練で、それぞれ一癖も二癖もある師に教えを乞うことになったが、セシルだけは例外だった。
元死神で闇属性の大鎌メメント・モリを使うセシルに対して、光の神バルドルという真逆の属性の組み合わせ。
「あのさ…得意分野を伸ばすってことだけど…僕は光属性の攻撃は全く使えないよ?」
「君は冥界の王ハデスを打倒しているのだろう?ならば、光属性の攻撃手段は必要になるはず。君は闇属性の傾向が強い。だから、アンチ属性を習得するのは想像を絶する苦痛を伴うが、それでも覚悟はあるかい?」
「そういうことか。うん、覚悟の上だよ」
こうして3日後に迫る地上探索を前に、2日目の修行が始まったのであった。
今回はお笑い枠の2人の訓練内容でした〜。
麻生くんを題材にするとどうしても変な方向に話を進めてしまいます。
、、、からの地上探索ミッションも発生して、アスガルドでのお話もあとわずか。
ギリシア神話を題材にしていたはずが、北欧神話の神サマがわんさか出てきましたね、、、
当初の設定から大きくズレることはよくあること!
遊⚫︎王とかも最初はカードゲームがメインではなかったですしね!←人気作品を引き合いに出すな




