第六十話 邂逅
順調に成長していくセシルたちであったが、その陰で悪意と災厄が蠢き出していた。
「本日はよろしゅう頼んます、"青ヒゲ"のテュールさん!」
「イザナミ君…だったかな。そんな海賊のような二つ名を付けて呼ぶのは止めてもらいたいのだが……そもそも君が剃り落とさなければ私は"青ヒゲ"になどなっていなかったのだがね…」
女神エイルの素材集めの一件で、テュールの立派なヒゲを容赦なく全剃りしたイザナミ。この因縁の2人が今度は修行のために再び相まみえることとなった。
「いや〜その節は気の毒と言うか何というか…でも別にウチが欲しかったワケちゃうし、実力で取れ言うたんテュールさんやでな。ほんで、青ヒゲのおじ様は何を教えてくれるん?」
「先日、ヒゲを落とされて思ったのだが、君の剣術はおそらく精密な剣捌きによる一撃必殺の剣。それ故に複数敵との戦闘は速さで補わなければ対応できない…そうではないかね?」
「ん〜まぁ、そうかな」
「だから、一撃で仕留められない敵が現れた場合、逆にその隙をつかれ不利な状況に陥りやすいということだ。そこで君には、多段攻撃を当てることの出来る技を伝授しようと思う。シュヴェルトライテから授かったスキルを組み合わせれば、どんな"硬い敵"でも大ダメージを与えることが出来るはずだ」
イザナミの剣術は鞘に収めた状態から素早く抜刀し斬り捨てて納刀するまでの一連の動きが基本動作となる居合術。差し迫った状況でも一発逆転を狙える一撃必殺の剣術である。
それ故に刃が通らない"硬い相手"だと部が悪い。どのような相手でもダメージを与えられる大技が必要だとテュールは考えたのだ。
「めっちゃ考えてくれてるやん!さっすが青ヒゲの名は伊達やないね!」
「青ヒゲって呼んでるの、君だけなのだがね…。では、この剣で稽古といこう」
「剣かぁ…ウチ、刀使いなんやけどなぁ…って重っ!?」
テュールから手渡された剣は密度の高い金属"オスミウム"を化合した特殊合金製の刃のない剣だった。イザナミの刀は玉鋼製、それに比べ約2.8倍の重さのあるオスミウムが混ざっていることで、体感的にはかなりの負荷が剣を握るイザナミの手に掛かっていた。
「すまないね。君が持つような変わった形の剣はここにはないんだよ。それで我慢してくれ。君は動きは速いが、抜剣からの1発の斬撃に特化しているために複数回の攻撃を撃ち込むことには慣れていないはず。なので、その剣で腕の筋トレをしつつ技の習得を行なおう。一石二鳥だ」
「うぐ…バレてもーてる。はいはい、やりますよ〜」
テュールが提案した技は抜剣してからの胴への薙ぎ払い、そして鞘による脚への2撃目、そこから手首を返して剣による4度の乱れ斬り、計6発の攻撃に"爆破"のスキルを付与して叩き込むというものだった。
「お、おじ様…なかなかエグい技考えるやん…この剣でそんな動きしたら、ウチの手首もげるで?」
「慣れだよ、慣れ。初めから出来ないのは当然だ。私との実戦形式で技の動きを身体に覚え込ませることをまずは優先するとしよう」
2人は距離をとって立ち、テュールも剣を構えるとイザナミに向かって襲いかかってきた。攻撃を回避しつつ、テュールの胴が空くのを見極めてイザナミは抜剣した。薙ぎ払いを胴に当て、その流れに沿って鞘を腿に当てるところまでは上手く出来た。しかし、そこからの乱れ斬りを放とうと手首を返したところで鈍い音がした。
「ふんぎゃー!!今、手首グキッ!っていった!!やっぱ重いてコレ!!」
「うーん…文句の多い子だね。実戦よりもまずは素振りで練習した方がいいのかな?」
「えぇ…素振りぃ…?ウチ、そういう反復動作はあんま好きじゃないねんけどなぁ…」
「………」
怠そうにボヤいていたイザナミであったが、ふと気づいた時にはこれまで見せたことのない突き刺すような鋭い視線をテュールから向けられていた。
「や、やりますっ!!」
同じ頃、グレイスは狩猟の神ウルからヴァルトラウテの高速化のスキルを応用した弓矢の訓練を、麻生は伝令神ヘルモーズから時間停止と隷属スキルを使った完全掌握術を学んでいた。
そしてーー
光の壁で出来た10m四方の正立方体の中で浮遊する白い炎の姿をした複数の敵と戦うセシルの姿があった。しかし、その表情は苦痛に満ちていた。
「それはホワイトウィス。私が作り出した光の精霊のようなものだ。光属性の魔力が漂うこの空間では、闇属性のきらいがある君の身体は常にダメージを受け続けるだろう。そんな状況に身体を慣らしつつ、敵を倒す訓練だ」
光の神バルドルが魔法で作り出した"ルミナスキューブ"という空間内で、セシルは身体を蝕まれながら光の精霊を倒す訓練を行なっていた。そして、使用武器も闇属性の大鎌のメメント・モリではなく無属性である天叢雲剣を使うよう指示されていた。
バルドル曰く、全てにおいて不利な状況で身体を光属性に慣らしていくための訓練だという。
ーーくっ、絶え間なく全身を針で刺されているみたいだ…これじゃあまるで我慢大会じゃないか。
痛みの影響かセシルの動きは普段よりも鈍く、ふわふわと不規則な動きをする光の精霊に翻弄されなかなか攻撃を当てられずにいる。
咄嗟の時にしか使用しない天叢雲剣だけでは、まだ自分なりの攻撃の型も定まっていない。その姿はまるで飛ぶ虫を木の枝を持って追いかける子供のようだった。
「あまりにも無様だ…しかし、その中で何も感じることなく動けるようになれば、君は確実に生まれ変わる。ここが踏ん張りどころだ」
ーーイザナミのように構えてから…精神を集中して……
何を思ったのか、立ち止まったセシルは天叢雲剣を正面に構えて目を閉じた。じっとしていても肌を刺すような痛みは変わらない。しかし、飛び交う光の精霊の気配を剣先で空気の流れの変化を感じ取る。
「そこだっ!」
痛みを堪えて一瞬だけ刀を素早く振る。セシルの頭上右斜め上を浮遊していた精霊を見事に斬り裂いた。
「ほう…考えたね。無闇に動き回るよりも一瞬の激痛を堪えて攻撃を繰り出したか。君はなかなか頭がいい。あとはその調子で光の魔力に身体を慣れさせることだ」
それから数時間後ーー
迫り来る数十体の精霊を見事な刀捌きで一網打尽にしていく。身体への負荷がほとんど感じられなくなってきているのか、セシルの動きは格段に良くなっていた。
「素晴らしい。どうやら光属性への耐性はほぼ獲得したようだね。耐性が出来たということは体内に光属性の魔力因子が形成されたことに他ならない。その魔力を手繰り寄せ、光属性の技を編み出してみたまえ。あと、キューブ内の光の魔力濃度を更に濃くしておくから、また少し身体が痛むかもしれないが」
「う、うん…やってみるよ」
セシルたちのいるアスガルドから遠く離れた場所ーー"リングヴィ"という木々に覆われた浮遊島がある。
この島にはかつて、終末戦争ラグナレクでアスガルド陣営に敗れた最凶の敵が幽閉されていた。
「……何者だ。この地に足を踏み入れる愚か者は」
「口の利き方には気をつけよ、獣。吾輩はバエル。貴様に興味があってここに来た次第だ」
鬱蒼とした森の中でバエルが対峙していたのは、魔法の縄"グレイプニル"で大木に巨体を縛り付けられている魔獣であった。
「我に興味だと?それはまた酔狂な。この縄を解けるなら話を聞いてやらんでもないが…?」
バエルは魔獣の言葉を鼻で笑い、異次元の穴を開いてそこから禍々しい形をした漆黒の剣を取り出した。
「切り刻まれたくなければ動くなよ……否、その状態では動けぬか」
バエルが言葉を言い終える頃には魔獣を縛っていた縄は細かく切り刻まれ地面に落ちていた。
「……お前、邪神か何かか?」
「馬鹿を抜かすでない…神などこの世で最も嫌悪する対象でしかない。吾輩は悪魔だ」
緊縛を解かれた魔獣は鈍っていた身体を目覚めさせるかのように全身に力を込めて毛を逆立たせた。途端に荒々しい魔力が島全体を突き抜ける。
「悪魔……なるほど。天界を追われた天使崩れか。何よりまずは礼を言おう。我が名は災厄の魔狼フェンリル。して、何用だ?まさか我に喰われるために来たのではあるまい?」
「ここより遥か西方、天界オリュンポスに攻め入る。神どもの巣窟に、さすがに1人で乗り込むほど愚かではないからな。神に恨みを持つ者集めておるのだ」
「オリュンポス…ゼウスとかいう神が治める地か。我が恨んでいるのは、アスガルドのアース神族たちなのだがな…。オリュンポスの前にアスガルドを攻めるなら協力もやぶさかでは無いが?」
「よかろう…神は皆殺しだ。手始めにアスガルドを堕とそうではないか」
悪魔王と魔狼の最凶最悪の協定が結ばれ、かつてないほどの危機が今、アスガルドに迫ろうとしていたーー
訓練のお話ばかりで飽きてきましたねー。
そんな訳でヤンチャな2人?に手を組ませちゃいました。
今更になって気付いたのですが。
悪魔の王バエルの一人称は「吾輩」なんですよね…よく考えたら、リアルにいる白塗りの小暮的な悪魔と一緒じゃん、て。
誰とは言いませんが←いや言うてるやん




