第五十六話 ハデスの憂鬱2
セシル暗殺に差し向けたヒュプノスの訃報を聞き、新たなオリュンポスの最高神となったハデスは次なる計画を立て始めていた。
ゼウスが敗れ、半壊したオリュンポス山の中腹に築かれた新たな神殿ーー冥王神殿。その玉座で新たな最高神として天界を治めるハデスの元に一報が届いた。
ーーふむ。タナトス暗殺に失敗したヒュプノスがオーディンに敗れた、と。まぁ期待はしておらなんだがな。しかし、謀らずともあのオーディンを弱体化させたのは僥倖だ。フッ…結果的にヒュプノスにベヒモスの魂魄玉を持たせたのは正解だったようだ。
全ての生きとし生けるものの魂が送られる冥府を治めていたハデスは、かねてよりある実験を繰り返していた。死して魂だけの存在となった強力な魔獣の力だけをどうにか取り出すことは出来ないかと。
そして完成したのが特殊な技法を施した玉に魔獣の魂を封じ、その玉を割って封印を破るとその者の魂と封じられていた魂が融合するという魂魄玉である。
本来の目的であった"力だけ"を取り出すことは出来なかったが、副次効果というべきか融合した際、使用者の意識自体はそのままだが肉体は生物的に遺伝子の強い方の身体的特徴が顕著に現れてしまう。そのためヒュプノスは玉を割った際にベヒモスの姿へと変貌した。
しかし、ヒュプノスは戦いの最中に元の姿へと自身の意思で戻ることができた。これは融合がまだ安定していなかったが故に、生命の危機に瀕して咄嗟に起こったイレギュラーともいえる現象だった。その後、すぐに再びベヒモスの姿に戻ったことからも、その可能性は高いと考えられる。
ハデスはその魂魄玉を部下であるギガンテスたちに与え、魔獣の力が使える巨人兵団をオリュンポスの守りに充てた。
「タナトスよりもとりわけ驚異となりそうなのはルシフェル…いや、今は悪魔バエルか。あやつをソロモンに封印した最高神ウラノスとその時代の神はもはや誰もおらぬが、それでもオリュンポスに深い憎しみを抱いておる故、いつか攻めてくるやもしれぬ。二代目最高神であったクロノスを含め、ティターン十二神を1人で圧倒していくような奴だ…早めに策を講じておくべきか…」
ハデスはクロノスたち十二神を神殿に呼び、バエルと戦った時のことを詳しく話させた。
氷の大地ジェリソル大陸にて奇襲を敢行したが、逆に個々に奇襲を受け最終的には大陸ごと滅ぼされたという内容を聞き、ハデスはクロノスにルシフェルを封印した時の文献などが残っていないかを調査するよう命じた。封印を行なったのはクロノスの父でもある初代最高神のウラノスだからだ。
「神に匹敵する力を持つ悪魔など真っ向からぶつかり合って勝てる訳がないからな。"臭い物には蓋をしろ"だ。頼んだぞ」
ハデスがバエル対策に動き始めた頃、アスガルドでは一夜明けセシルが麻生たち仲間を部屋に集めていた。
「ハデスを倒したい」
開口一番に出た言葉がそれだった。弟を利用され、死に至らしめる結果となった元凶であるハデスを打倒したいと思うのは至極当然のことだった。しかし、皆の反応は決して良好なものではなかった。
「ハデスってさ…あの冥界の王だろ?頭燃えてるやつ」
「あーあの悪どいのにどこか憎めへんおもろいオッサンな」
「頭燃えてる?…え、そうなんですか?」
「いや燃えてないし、おもろくもないし全然憎んでるけど」
「セシル君。気持ちはわからなくもないが、オリュンポスの最高神ゼウスを倒した邪神なのだろう?果たして今の私たちで勝てるのか?」
無理もない。ゼウスの兄であり最高神に次ぐ力を持つ冥界の王に神でもない者たちが挑もうというのは無謀だと感じるのが当然だろう。オーディンの娘たち、ヴァルキュリアにさえも苦戦したのだから。
「あーちょっといいカナ?最初から無理って決めつけるのは良くないっしょ?今無理なら、それに適応できるようになればいいだけぢゃん?」
ルナの言葉に皆が目を丸くして固まった。目からウロコなどという訳ではない。発言者が生粋の悪魔であり、その悪魔が正論を述べたからだ。
「だが!神に匹敵する力を手に入れるなんて、元が神であったセシル君以外は無理だろう!」
「あーえっと。ウチも…いちお死神で〜す…」
「そうだね。でもイザナミと僕だけじゃなく、皆が今よりももっと強くなれたら、ハデスだってバエルだってこれ以上誰も傷つくことなく勝てるかもしれない。幸いここにはたくさんの強い神がいる。オーディン、雷神トール…彼らに頼んで特訓をつけてもらったら、そんな風に強くなれる…そう思わない?」
昨晩、弟の命を奪ったオーディンに頭を下げるというのだろうか。あれ以上の被害を出さない為に仕方のなかったこととはいえ、少なからずオーディンに恨みを抱いていてもおかしくはない。その弟の仇を利用してまで強くなろうとするそのセシルの覚悟と貪欲さに、麻生たちの目の色が変わった。
「強くか…そうだよな。ああ!やってやんぜ!!俺はクリリンになってやるよ!!」
「いや意味わからんし…。ん?ああ、人間の中では最強ってこと?頭丸めるんかおもたわ」
「そこのギャルの言葉がキッカケっていうのは癪だが、面白い。私もその案、乗ってやろう」
「私もこの先、1人でも里を守れるなら…強くなりたい……です!」
みんなが賛同する中、リエリカだけは浮かない顔をしている。アスガルドの最高神に仕えるヴァルキュリアであるからこそ、邪神とはいえオリュンポスの最高神に立ち向かうことが無謀だという考えが拭えないでいた。
「心配して来てみれば面白い話をしているじゃないか。君たちは本当に不思議な連中だな。昨日あんなことがあったのに、最高神に喧嘩を売るために強くなりたいだなんて」
部屋の扉が開き入ってきたのはブリュンヒルデたち9姉妹だった。セシルの様子を気にかけてやって来たが部屋の前で話が聞こえてきたらしい。昨晩、負傷したジークルーネやオルトリンデも包帯を巻いた姿で来ていた。
「オヤジ殿やトール様だけじゃねぇ。あーしらもその修行、付き合ってやんよ」
「そういうことだ。リエリカ、お前もいつまでも日和ってないで私たちと共に強くなろうじゃないか」
「ブリュンヒルデ…私は別に日和ってなど…」
リエリカが難色を示す中、セシルたちはブリュンヒルデの協力でオーディンに強化特訓のお願いの話を通してもらえることになった。
ヴァルハラ宮殿の王の間で再びオーディンと相対したセシルは単刀直入に願いを申し出た。
「オーディン様!僕たちはハデスを打倒します。つきましては、アスガルドの神々に修行をつけて頂きたい。オリュンポスのゼウス様が敗れ、僕の死神としての力を取り戻す計画はほぼ白紙になりました。今の戦力ではハデスにもバエルにも勝てない。だから、お願いします!」
部屋に入った時からオーディンは険しい表情をしていたが、話を聞いてもその表情を崩れない。眉ひとつ動かさず、セシルの目を見つめている。
「セシルよ。その前にお前は儂を恨んでおるのではなかったのか?」
「はい。殴り倒してやりたいほど憎んでいます。でも、今は僕の個人的な感情よりも地上とオリュンポスを救うことを優先すべきと怒りを抑え込みお願いしている次第です」
オブラートに包むこともなく、自身の気持ちを打ち明けたセシルにオーディンはやや苦笑いを浮かべながら玉座から立ち上がった。
「よかろう。期間は1週間。それ以上は付き合わぬ。死ぬ気で取り組み強くなれ。今日はヒルデ、お前たちが相手をしてやってくれ。闘技場の決闘は延期ということでテュールには伝えておく」
「はっ、承知しました」
セシルたちはオーディンに頭を下げ、部屋から退出していった。しかし、オーディンには気掛かりが1つあった。
ーートールのやつ、まだ戻ってきておらぬのか。地上の調査に行くと言って出て行ったきり2日が経っておるが…
セシルたちはブリュンヒルデたちと共に宮殿を出て、ヴァルキュリアたちの訓練場に連れて来られた。そこでは神兵たちが互いに激しく打ち込み稽古に取り組んでいたりなど、多くの兵とヴァルキュリアたちが研鑽を積んでいた。
「強くなるための修行とのことだが、戦闘能力においては君たちは私たちと互角、もしくは上だ。だから、ここで基本的なことを行なっても伸びは期待できないだろう」
「まぁ、たしかに…昨日まで勝ち進んでた訳だもんな」
「いや、ジンは勝ったっていうより…なんでもない」
「コホン…まぁそんな訳でだ。君たちには私たちの特殊スキルを伝授しようと思う」
ブリュンヒルデによるとロスヴァイセのテンプテーションやゲルヒルデの隷属技"愛のムチ"がそれに該当するという。
「あー!やっぱゲルヒルデのあの鞭、なんかの術だったのかよ!なんかおかしいと思ったんだよなぁ…」
「んなこと言うて…ジンくんはあの鞭がなくても生粋のドMちゃうの?」
「アホか!!んなワケあるかい!俺はどノーマルだ!」
「はいはい、落ち着いて。それじゃ、とりあえず個別に指導していく。セシル殿は私、ブリュンヒルデが担当する。グレイス殿にはヴァルトラウテ、イザナミ殿にはヘルムヴィーゲ、ベリーサ殿にはオルトリンデ、ルナ殿にはロスヴァイセ、リエリカにはグリムゲルデ、アソージン殿はゲルヒルデに担当してもらう。残ったシュヴェルトライテとジークルーネはひとまずサポートを。では、散開!」
「ちょ、俺!またゲルヒルデなのかよ!?修行だよな!?調教じゃねぇよな!?なぁって?!」
満面の笑みを浮かべるゲルヒルデに首筋を掴まれて引きづられていく麻生の姿を、皆は見て見ぬフリをした。
ーージン、別の意味で仕上がってきたとしても、きっと誰も文句は言わない。僕たちがその分がんばるから。
「さて、セシル殿。私のスキルは"魔力無効化"だ。それを君に伝授する。名前だけ聞けばかなり強力なスキルに思うかもしれないが、そんなことはない。魔力の流れを一瞬だけ遮断できるスキルなのだが、敵対象の魔力が具現化されて魔法に変わる瞬間を狙って発動しなければ効果はないし、その判定時間はわずか0.5秒。タイミングがズレれば当然、効果はない。0.5秒の間にピンポイントのタイミングで発動して初めて効果を発揮するという非常にピーキーなスキルだ。それでも、ここぞという時に成功すれば起死回生の一手にはなるだろう。上手く使いこなしてみてくれ」
戦いの最中にそんな針の穴に糸を通すようなタイミングを見計らってスキルを発動させる余裕があるのだろうかーーセシルはそんなことを思っているとブリュンヒルデは魔力を高め魔法の準備を始めた。
「ちょ、ちょっと待ってよ!まだスキルの内容しか教えてもらってないけど…」
「ん?ああ、そうか。すまない。我々ヴァルキュリアのスキルは口づけをすると伝授できる。準備はいいか?」
ブリュンヒルデのその言葉に訓練場の空気が一瞬にして張り詰めた。多数の殺意に満ちた視線が背中をチクチクと刺すように注がれているような、セシルはそんな気がした。
「みんな、すまない。ちょっとした可愛い冗談だ。手を握って流し込むだけでも可能だ」
殺気が消えた。もう少し笑える冗談にしてほしいとセシルは思いながらも、ブリュンヒルデと握手を交わした。流れ込んでくるスキルのイメージ。
「さぁ、それでは改めて始めようか」
ブリュンヒルデは魔力を高め両手を前に差し出した。掌の前に光の球が現れた瞬間、セシルはここだとスキルを発動した。しかし、光の球は消えることなく放たれ、セシルに直撃し爆発した。
「こ、これ…繰り返し失敗し続けたら死なない?」
「ああ、死ぬかもしれんな。だが、命懸けのほうが覚えが早いだろう?さっさと見極めないと取り返しがつかなくなるぞ」
ーーそうは言っても0.5秒なんて感覚でどうにかなる時間じゃない。どうすれば…
2度、3度と繰り返すが一向に魔力を遮断することができず、セシルの身なりはズタボロになり始めていた。
ーーダメだ。集中力を高めてもまるでタイミングがわからない……そうだ、アレを使ってみよう。
ブリュンヒルデは構え、魔力を高め始めた。
「ファントム・メナス!!」
人間になってすぐにハデスから授けられたゴミスキル、見るだけのスキルを使用したことでブリュンヒルデの全身を巡る魔力の流れが見えた。血管を流れる血液のように魔力が全身から掌へと集まっていき、それが塊へと変化していく。
「今だ!!」
セシルが魔力無効化のスキルを発動させると、ブリュンヒルデの掌に集まってくる魔力が止まり、塊は霧散するように消えた。
「おお、やるじゃないか!まさかこんなにも早くモノにするとは。ところでさっきのファントム・メナスとは何だ?」
「ハデスがくれたゴミみたいなスキルだよ。魔力で隠された本来の姿を見抜くことが出来るんだけど、覆われた魔力が見えるってことは全身の魔力の流れも見えるかもって思ったら、案の定集まってくる瞬間が見えたんだ。この組み合わせならほぼ百発百中だよ!」
「ほう…なるほど。まさに打ってつけのスキルという訳か。それは何よりだ。後は繰り返し練習あるのみだな」
セシルは新たなスキルを身につけたのだった。
今回はしっくりくるタイトルが思い浮かびませんでした。
"麻生、クリリンになる"とかにしたら"片田舎のおっさん"かよ!ってなりそうですし、豚の次はハゲかよ!って思うと麻生くんが少しかわいそうな気もしたので。←歪な自キャラへの愛
11/5 追記:誤字修正




