第五十二話 エルフとビッチと、時々、セシル
第二試合を終え、控室で待機するセシルたちの元に意外な来客が訪れた。
第二試合を終え、決闘で負ったセシル(ベリーサ)の負傷具合も考慮されたのか今回のインターバルは1時間が設けられた。
控室に戻り変身薬の効果も切れ無事、元の姿に戻ったベリーサは椅子に座って試合の不完全燃焼な結果に暗い顔でブツブツ不満を漏らしていた。
「いやあれは相手のクセが強すぎたんだって。あんな攻撃を耐え凌いだだけでもすげぇよ。それに結果的には勝ったんだし、もういいじゃねぇか…」
「テンプテーションだけだと思っていたが、私の情報不足だった。すまない、ベリーサ…」
不貞腐れているベリーサをみんなでなだめていると、扉をノックする音が聞こえてきた。扉の近くにいた麻生が扉を開けると、そこには見知った顔が2人立っていた。
「お、おまっ!?」
麻生は思わず腰を抜かしてその場で座り込み、何事かと全員が扉に目を向けた。
「キャ〜!セシるん、おっひさ〜!!」
座り込んだ麻生を無視してブチアゲのテンションでセシルに抱きついてきたのは、かつてエルフの隠れ里を襲撃し修練窟で対峙したウルド帝国三魔将の1人、悪魔ルナ・ディアスであった。そして、彼女の連れは故郷の同胞たちに危害を加えルナを憎んでいるはずのエルフ族の戦士、グレイス・ドゥロワだった。
「ち、近頃は流行ってるんかいなぁ…どいつもこいつもウチのセッシーに抱きついてからに…むぐぐっ!」
「グレイス!?どうしてここに!?」
ルナに抱きつかれているにも関わらず、セシルの関心は憎んでいた悪魔と共にグレイスが訪れてきたことだった。そもそもここは神の世界アスガルド。そんな場所にやって来たことにただただセシルと麻生は目を丸くしていた。
「お久しぶりです、セシルさん。実は…」
「いやいや、それよりもグレイス、お前!このビッチとどうして一緒なんだよ!?」
「あなたはちょっとは黙ってて!」
久しぶりに再会したというのに一言目でお叱りを受けた麻生。ルナに頬ずりされながら、セシルはグレイスから話の続きを聞くことにした。
「グレイスがその悪魔と一緒にいるなんて、よほどのことなんだね。わかった、話を聞かせてよ」
数日前ーー悪魔王バエルの襲撃を受けたウルド帝国からディアマンテたちの機転によって1人逃げ果せたルナ。彼女はディアマンテの魔法障壁に守られたまま彼方へと飛ばされたものの、ディアマンテが力尽きたため魔法障壁が消え、ある場所に落下した。
そこは旧ラグナス王国領にあるメレルの森だった。そして、森を巡回していたグレイスに偶然受け止められたのだ。
空から人が降ってきたのを見て、上手く受け止め助けたまではよかったが、その助けた者の顔を見て私は驚愕した。
ルナ・ディアスといえばエルフの隠れ里の民たちの生気を抜き取り、女王のレイアークを半殺しにまで追い込んだ悪魔。そんな親の仇にも等しい敵を前に平常心を保っていられるはずもなかった。受け止めたルナを地面に叩きつけ、怒りのままに彼女の眉間の前で弓を引いてみせた。
「ルナ・ディアス!!お前がどうしてこんなところにいる!!」
「……はぁ…別に。殺したいなら殺せば?」
修練窟で遭遇した時とは別人のように覇気のない絶望に満ちた顔。目も合わせず伏目がちで明らかに自暴自棄になっている悪魔を今ここで倒しても、何の気も晴れない気がした。あまりの温度差に怒るのも馬鹿らしくなり、深く息を吐いて弓を収めた。
「なんなのよ…キレてるこっちが悪いみたいじゃない」
「……殺してよ。もう、あたしにはなんも残ってないし」
とりあえず、このやさぐれた悪魔から事情を聞こう。殺すのはそれからでも遅くない。そう思って何があったのかを尋ねたものの、しおらしく顔に手を当て泣き出してしまった。
この女がいやらしい笑みを浮かべて修練窟に押しかけてきた悪魔と同一人物だなんて、頭が混乱しそうだ。
「泣いてちゃわからないでしょ…何があったのよ?」
数刻ほど呼吸を乱しながらすすり泣いていたが、泣いてスッキリしたのか、数刻すると鼻をズビズビいわせながらこれまでの経緯を話し始めた。
ソロモンという別次元に幽閉されていた悪魔たちの中でも、原初の神カオスに仕えていた元・大天使ルシフェルの成れの果てである悪魔王バエルは特殊な封印が施されていたため、封印を解くには儀式が必要らしく、この地上にルナたち71柱の悪魔が顕現した時もバエルだけは封印されたままだったという。
しかし、何者かが封印を解いたことによって、自らを差し置いて地上に出た悪魔たちに激怒したバエルは全ての悪魔を殺してきた。
残っていたウルド帝国の三魔将と宰相のディアマンテという悪魔を最後に国ごと滅ぼすため現れたが、ディアマンテの機転によってルナだけは何とか逃げ延びたということらしい。
「悪魔王バエル…そ、そんな悪魔が今この地上にいるっていうの……」
セシルさんですら勝てなかった三魔将の2人がいとも簡単に敗北したという話を聞いて、私はただ戦慄した。この大陸の大国を2つも滅ぼし、他の悪魔を目の前の女以外、全て処刑してきたという強大すぎる力。そんな悪魔を放置しておいていいはずがない。
このことを一刻も早くセシルさんに相談しなければ、という焦燥に駆られた私はルナを引き連れて彼が向かったラグナス王国の王都へと向かうことにした。
「ねえ…どこに行くのさ?あたしのことはもう放っといてよ」
「死ぬのはあなたの勝手だけど、セシルさんと合流するまでは付き合ってもらう」
セシルという名を聞いて、この女は目の色を変えた。そうだった。修練窟に攻めてきた時、この女は妙にセシルさんに固執していたのを思い出した。
「セシル…セシるん!?そうだ!彼、死神だよね!?倒せる!セシるんならバエルを倒せる!!あたしの転移魔法ですぐに行こ!ほら、捕まって!」
何かに気がついたのか、さっきまで悲しみに耽っていたとは思えない切り替えの速さでルナは元気を取り戻した。やっぱり私はこの女が嫌いだ。ただ、転移魔法というのは実に魅力的だし、この女の力を頼るのは癪だけれど時間短縮できるのならと、私はルナの肩を掴んだ。
「えぇっと…セシるんの魔力…ん〜どこだろ…イケメンだし、あたしが忘れるはずないんだけどな…いや、ダメだ…わかんないや。とりあえず王都に行ってみよ!」
足元に魔法陣が開き、気がつくともうそこはラグナス王国の王都ジャニスがあったとされる城壁の瓦礫のの前だった。
「べ、便利ね…転移魔法って…」
「でしょー?アンタも覚えなよ!てか、よく考えたらあたし、アンタの名前知らない…」
「……私はグレイス。グレイス・ドゥロワよ」
高めのテンションのルナに引っ張られ、私は瓦礫の山となった王都へと入り彼を探すことにした。生き残った街の人や救助活動をしている騎士団の兵たちに聞き込みをする内に、セシルさんたちは突如出現した立派な門の中へと入っていき、そのまま姿を消したという情報を手に入れた。
「突然現れた門に入って消えた…どういうことかしら…あなた、わかる?」
「それ、たぶんあたしの転移魔法と似たようなやつじゃん。門をくぐると別の場所に転移…だから姿を消したように見えるんだよ、たぶん」
しかし、そうなるともはや行き先がわからない。王都で騎士団の手伝いをしながら待っていれば戻って来るだろうかーーそんなことを思いながら、考えあぐねていると、ルナがエサを嗅ぎ回る犬のようにフラフラとあちらこちらで何かを探し始めた。
「なに?お腹空いたの?みっともないから、よしなさいって」
「ちっがうわよ!どことなく覚えのある魔力の残滓を感じる…これは……そうだ!初めてセシるんに会った時にあたしの邪魔してきたヴァルキュリア!そう!あの女の魔力だ!」
「ヴァルキュリア…リエリカさん?」
「あーそれそれ。この魔力を辿れば……いた。行くよ!」
ルナに手を掴まれ再び転移すると、そこは石造りで風通しの良い遺跡のような建物の中に来ていた。外の方から大勢の歓声のような声が聴こえる。
「ど、どこなの…ここ。遺跡にしては外から歓声みたいなのが聴こえるし…」
「さあ?ま、いいじゃん。セシるん探そ!」
この楽観的な悪魔、もう少し慎重という言葉を覚えてほしい。何がいるかもわからないのに、無闇に歩き回るのは得策じゃないのに。
「あ!ちょ!グレグレ!これ!セシるんの声じゃない?!」
「……は?グレグレ?それ、私のこと?あなたね…」
誘われるがままルナの呼ぶ方に行き部屋の前に立つと、たしかに中から声が聴こえる。耳をすませているとこの女は考えなしにノックした。
「そして、今に至る…という訳です」
「バエル…その悪魔が王都をあんな風に…。ねぇ、ルナ。三魔将にすら勝てなかった僕なら倒せるっていうのは何か理由があるのかな?」
話を聞いている間も抱きついたままのルナを引き剥がして、セシルはルナに尋ねた。
「うん。あたしらは不死となった人間の身体を乗っ取って地上に顕現してんだけどさ。不死の人間って魂が冥界に行けなくなっただけで、付かず離れずみたいなカンジで身体に留まってる状態じゃん?だからぁ〜セシるんの死神の力で身体から魂を引き離せば、どんだけツヨツヨのバエルでもラクショー!みたいな?ね?勝てそうっしょ?」
「あー。そういうことかぁ…それ、タイミングが良いのか悪いのか…僕、今正確には神じゃなくて人間なんだ。その力を取り戻すためにここに来ていて…」
今度はセシルが何故ここに来ているのか、その経緯をグレイスとルナに説明して聞かせた。
「ウッソ!?セシるん結婚詐欺とかマジやばなんだけど…つ、付き合うならさ…あたしにしときなよ」
少し頬を赤らめながら再びセシルにすり寄ろうとするルナであったが、その間からイザナミが割って入ってきた。
「あーちょっとええかな。"ウチの"セッシーは姉妹と結婚もせーへんし、ましてや悪魔とも付き合わへんから。いきなりしゃしゃり出てきて何言うてんのやら…これやからギャルは…まったく」
「あのさ、イザナミ…前から思ってたんだけど。僕、イザナミとただの友達だよね?」
どうやらセシルも前々から違和感は感じていたらしい。苦笑いしながらさらっと吐いたナイフのような言葉がイザナミの胸を抉った。
「セ、セッシー!?ウチのこと遊びやったん…オロチ退治したり、あんなことやこんなことしてきたのに?それはあんまりやわ…」
「あっはっはっ!よくわかんないカッコしてるオバハンは友達だってさ!ざまぁ!」
「誰がオバハンやねん!!」
「ちょ、もう話進まねぇからお前は黙っとけって」
終始呆れながら静観していたグレイスと麻生であったが、この茶番は長くなると悟ったのか麻生が止めに入ったことで、セシルを巡る女の戦いはひとまず鎮静化された。
そして、バエルを打倒するにあたりセシルが死神の力を取り戻す必要性が最優先事項となった今、グレイスとルナも9姉妹との決闘に協力すると申し出たのだ。変身薬は麻生とイザナミの分をそれぞれ半分ずつにしてグレイスとルナに渡すことにした。
「あ、ちょっと待って。よく考えたら、ルナ…あなたの転移魔法ならオリュンポスにも行けるんじゃないの?このアスガルドにだって来れたのだし」
「ん?あ〜それはムリ。あたしの転移魔法は行ったことのある場所か〜相手の魔力を感知してそれを辿らないと転移できないから。オリュンポスに知り合いなんていないし」
そうこうしている内にインターバルの残り時間も僅かとなり、次の決闘に誰が出るのかとリエリカは対戦表を見て苦虫を噛み潰したような顔をした。
「ゲ、ゲルヒルデ…アソージン君、本当に大丈夫なのか?彼女もあんな感じだが一応ヴァルキュリアだぞ?」
「っしゃあ!!俺の番か!安心してくれ。最近出番が少なかったからな…バチィっとやってやんぜ!」
その場の誰もが不安に思っていることなど知らずに、変身薬を飲み干してセシルの姿となった麻生は意気揚々と控室を出て行くのであった。
東京タワー的な、どこかで見覚えのある配列のタイトル。
パクリではありません。オマージュです←どこが?
今回は回想多めでしたが、次回はちょっとセクシー回になりそうです←意味深




