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第四十九話 親バカ

オーディンの娘たちの合意も得られ、セシルたちはついにオーディンへ命を賭けたドッキリを敢行しようとしていたーー


 空き部屋を出たセシルとリエリカ、9姉妹は主神オーディンのいるヴァルハラ宮殿の最上階の王の間を目指す前に、ある部屋を訪れていた。

 オーディンの妻、最高位の女神であるフリッグのいる女王の間である。


「フリッグ様、突然の訪問申し訳ありません。ぜひお伝えしたきことがあり、リエリカ・ルブランここに馳せ参じました」


「あらあら、娘たちまで引き連れて…何用かしら?」


 フリッグの前に跪くリエリカの隣に長女のブリュンヒルデも同じように跪いた。


「母上…いえ、女王様。この度、私たち9姉妹はそこにいる人間のセシル殿と結婚することに致しました。つきましては…」


「ま、待ちなさい!貴女だけではなく姉妹全員と申しましたよね!?そこの殿方1人に対して貴女たち姉妹全員が結婚すると?!」


「はい、全員です……というドッキリを父上に仕掛けようと思っております。ご協力頂けませんか?」


 玉座に掛けたままフリッグは理解が追いつかず硬直してしまった。慌ててリエリカが詳しく説明を行なった。


「な、なるほど…そういうことでしたか。わかりました。そういうことならば協力致しましょう。具体的に私は何をすれば?」


 そこに四女であるヴァルトラウテが前に出て跪いた。


「お母様は織物を司る神。ぜひ私たちにウェディングドレスを仕立てて頂きたいのです」


 ただのドッキリにそこまでする必要があるのだろうかと、セシルは若干血の気の引く思いがした。ドレスを着た9姉妹を引き連れて王の間に殴り込み、オーディンに対して結婚を宣言するーー涙どころかイザナミの言っていた通りこの世から消されても不思議はないかもしれない。


「ね、ねぇ、リエリカ…ちょっと大袈裟すぎじゃない?僕、不安になってきたよ…」


「たしかに私もドレスまでは必要ないと思っていたさ。ただ、ドレスはブリュンヒルデ達たっての希望なのだ…私に言われても…」


 ゼウスもそうだが、一夫多妻の神は確かに存在する。しかし、妻全員が血の繋がった姉妹という例はない。そんな倫理観を疑われるような大役に抜擢されたセシルは、どんどん大事になっていく今の状況に日和り始めていた。


「はぁ…ドレスね。わかりました。今ここで一気に仕立ててしまいましょう」


 フリッグが指先で魔法を放っていくと、次々と9姉妹の甲冑がドレスに変化していった。

 クールな雰囲気のブリュンヒルデとヘルムヴィーゲとジークルーネの3人は身体のラインを美しく魅せるタフタ生地とチュールをあしらったマーメイドラインのドレス。

 物腰柔らかなゲルヒルデ、ヴァルトラウテ、ロスヴァイセは優雅なドレープを描くサテン生地と軽やかさを持たせたオーガンジーを使用したAラインのドレス。

 活発なオルトリンデ、シュヴェルトライテ、グリムゲルデは総レースでフェミニンな印象を加えつつミモレ丈で足捌きのしやすいドレスを。

 3種のシルエットにそれぞれ異なるデザインのドレスを身に纏ったブリュンヒルデたちの姿は壮観なものだった。9姉妹は皆、少女のように屈託のない笑みを浮かべて喜んでいる。及び腰だったリエリカも9人の変化した姿に目を輝かせている。


「いいなぁ…」


 偽りのない素直な感想が漏れ聞こえたような気がしたが、セシルは聞き流した。

 準備は整ったーーセシルとリエリカはフリッグに最大の感謝を述べ、いよいよオーディンの待つ王の間へと足を進めた。


「あー緊張してきた…お腹痛い…大丈夫かな大丈夫かな…」


 セシルは式を直前に控えた本物の新郎さながらに緊張している。1人憂鬱なセシルをよそに、9姉妹たちとリエリカはパーティー気分なのか楽しそうで足取りも軽い。

 ついに辿り着いた最上階の王の間の前で立ち止まると、リエリカが念話で麻生たちに作戦開始の旨を伝えた。そして、9姉妹とセシルを待機させてリエリカがまず先行して扉を開いた。


「失礼いたします!ヴァルキュリア、リエリカ・ルブランにございます。オーディン様、実は折り入ってお話が…」


 主神オーディンは巨大な玉座に鎮座していた。全身を覆う鋼色の甲冑に髪は猛々しく逆立ち、左眼は眼帯で隠れているが右眼は獣のように鋭い眼差しをしている。ゼウスとも引けを取らないその威圧感は同じ部屋に居るだけでも、精神的な何かを削り取られ摩耗し、圧倒される。

 何度もオーディンと対峙したことがあるリエリカであっても、主神のこのオーラを前にすると気圧される。


「ふむ…何だ、申せ」


「ありがとうございます。ご息女様方のことなのですが…実は結婚をお決めになられたとの事で。お相手の方と一緒にご挨拶したいと、外でお待ちいただいております」


 オーディンの厳しい(いかめしい)顔つきがより一層険しくなった。無理もない。あまりにも唐突すぎる。地上と違い、平穏に包まれていたアスガルドにもたらされた青天の霹靂とも言える娘たちの結婚報告。親であれば当然の反応だ。


「あ、あの…お通ししてもよろしいでしょうか?」


 主を騙すという暴挙に出ている後ろめたさからなのか、もしくはオーディンから立ち昇る殺気に耐えきれないのか、リエリカの緊張はピークを迎えつつあった。一刻も早くセシルたちを招き入れて怒りの矛先を分散せねばと、リエリカにしては逃げ腰になっていた。


「……通せ」


 ただ一言、地鳴りのような低い声で彼女の主は答えた。膝を上げ扉の前に戻り、薄く扉を開いた。


「セシル君、命を危険を感じたらすぐに逃げるんだ。いいな?」


「……え」


 セシルの理解が追いつく間もなくリエリカは扉を開け放った。セシルを残して雪崩れ込むように9姉妹が王の間へと入っていく。


「父上!」


「お父様!」


「パパ!」


 皆それぞれが"私を見て"と言わんばかりにオーディンに呼び掛け、ドレス姿をアピールしている。

 取り残されたセシルも重い足取りで入室すると、リエリカは扉を閉めた。

 娘たちの思いもよらぬ晴れ姿にオーディンは目を見開いて硬直している。そして、その後に入ってきたセシルに視線が移るまでは10分ほどかかった。

 ようやく落ち着きを取り戻したのか、オーディンはセシルを見て首を傾げた。


「リエリカよ…娘たちのこの姿を見て嫌でも理解したが、娘たち全員が結婚を決めたと申しておったな?しかし、相手は1人しか来ておらぬようだが?」


 ーーですよね。誰だよ、娘全員と結婚した方が確実に泣くとか言ったの…確実に死ぬの間違いじゃないのか…


「あ、いや、えっと…その…お相手は彼一人だけです…よね、ブリュンヒルデ?」


「はい、父上。私たち全員がそこにいる彼を愛しております!」


 ーー言っちゃったよ…もう覚悟を決めるしかない。僕も男だ…言ってやる!!


「初めまして、オーディン様。お目にかかる機会を賜り、光栄の至りに存じます。僕は地上に住む人間のセシルと申します。………お義父さん!!娘さんたちを僕にください!!」


 ーーえぇーっ!?セシル君!?いきなり!?


 明らかに順番が逆である。娘たちはすでにウェディングドレスまで着て来ているというのに、そんな状況で結婚の許しをもらえるだろうか。否、時すでに遅し。オーディンは勢い良く立ち上がり、玉座の後ろな壁に懸架してあった大振りの剣に手を掛けた。


「そんな申し出が罷り通ると思っておるのか、愚か者め!!何を寝ぼけたことを…叩き斬ってくれる!!」


 掴んだ剣をセシルに向けて薙ぎ払うと、三日月型の斬撃の衝撃波が勢いよく迫ってくる。慌てて天叢雲剣を取り出して衝撃波を受け止めよう構えた。

 そこにリエリカとブリュンヒルデが揃ってセシルを守るように剣を抜いて迫ってきた衝撃波を弾いた。軌道を変えられた衝撃波は明後日の方向に飛んでいき王室の天井に穴を開け突き抜けていった。


 ーーみ、みんなが来てくれなかったら確実に死んでた…


 王室に響いた衝撃に神兵たちが急ぎ駆けつけてきた。ただ涙を回収するためだけのドッキリがもはや大惨事である。


「お父様!待ってください!彼は私たちの大事な人なの!お願いだから乱暴なマネはよして…」


 演技なのか本気なのか、ヴァルトラウテが涙ながらに訴えかけた。欲しいのは君の涙じゃなく親父さんの涙なんだけどなーーそう思いつつセシルは俯いた。


「ヴァルトラウテ…ドレス、とても似合っているぞ。ただ……気は確かなのか?本当に全員がその男を愛していると?しかも、その相手は人間……そんな…そんなこと……パパが許せる訳ないじゃないかぁ!!みんなのそんな尊い姿、こんなタイミングで見たくなかったよぉぉぉ…だがしかし!!お前たちを幸せに出来る男じゃなきゃあ、パパはぜっっったいに認めん!!」


 ーーあれ?


 怒りのせいで気でも触れたのだろうか。さっきまで殺気の塊だったオーディンがただの親バカに見える。


「父上、お聞きください。彼は人間でありながら、地上に蔓延る悪魔を討伐して冒険する勇敢な青年なのです。その強さは、同じく地上にいたリエリカも認めております。そして、悪魔を討伐するのは彼が元は神であった力を取り戻すため。それはオリュンポスのゼウス様から下された試練でもあるそうです。ただの人間ではありません。どうか、私たちの結婚を許しては頂けませぬか!」


 ブリュンヒルデの熱のこもった訴えかけにオーディンは口を閉ざした。元が神であったことまで明かされてしまったが、さすがに効果はあったように見える。駆け付けた神兵たちも始めこそ訳がわからない状況だったようだが、今はブリュンヒルデの熱弁に胸を熱くして目頭を押さえている者もいる。


「元は神…なるほど。どうりで人間にしては変わった魔力を持っておると思っておった。……はあ。ヒルデちゃんがそこまで言うなら、パパも認めざるを得ないね、うん。結婚かぁ…そうかぁ…あの男っ気ゼロの跳ねっ返りのルーネちゃんまでが結婚しちゃうなんて…反抗期カワイとか思ってたのにパパは…パパは寂しいぞぉーっっ!!」


「だーっ!クソ親父!!やかましい!誰が跳ねっ返りだ!!キショいんだよ!!」


 ーーいける。オーディンの涙まであともう一押し…何かトドメになるような刺さる言葉を…


 しかし、セシルの思惑通りにはいかなかった。


「セシルといったな?結婚を認めるには一つだけ条件がある。娘たち全員と一騎打ちをし、勝ってみせよ。娘より弱い婿など話にならぬからな。どうだ、やるか?」


 ーーそ、そうきたか…リエリカ!どうするのさ、これ!?収拾つかなくなってきたくない!?


 ーーす、すまない…もう、ここまで来たらやるしかない。頑張ってくれ、セシル君!!


 リエリカに丸投げされた。セシルは深くため息を漏らして前を向いた。


「わかりました。愛する彼女たちに刃を向けるのは気が進みませんが、それで僕を認めて頂けるなら、彼女たちの未来のためにも受けて立ちましょう」


「パパ!そんな無茶な!」


「いいじゃんいいじゃん!うちらのダンナ様がどれほど強いか知りたいし、おもろくない?」


「私も望むところです。そもそもヒルデ姉さまにお願いされなければ、こんな茶番…」


「戦いってことは身体と身体のぶつかり合いよねぇ?あんなことやこんなこと、組んず解れつ…みたいなことになってもおかしくないわよねぇ〜ウフフ」


 八女グリムゲルデと六女ヘルムヴィーゲ、次女のゲルヒルデは俄然乗り気であったが、三女のオルトリンデはこの無茶振りな条件に難色を示していた。


「セシル殿と決闘か…面白そうだが、母上から頂いたドレスは無駄になってしまったな…」


「決まりだな。では明日の正午、この宮殿の東にある闘技場で娘たちとセシルの一騎打ちを行なう。セシルが敗北した時点で大会も結婚の話も終了だ。セシルよ、今日はこの宮殿の空き部屋を使ってゆっくり休むがいい」


 話がまとまったところで、セシルたちは退出した。乗り気な者とそうでない者、9姉妹の思いはそれぞれであったが、中でも1人ゲッソリとやつれ果てた顔をしている者がいた。


「セ、セシル君…すまない。この展開は想定外だった」


「あ、うん…負けても恨まないでね…はは…」


 ーーせめて私やイザナミも出場できればセシル君の負担を軽くしてやれるのだが…


 そのまま9姉妹とは別れて麻生たちの待つ部屋に戻ったセシルたちは、オーディンから結婚するために提示された条件を皆に話した。


「ウッソ!?セッシー1人であの娘ら相手にするん!?無理ちゃう!?」


「ああ、無謀だな。そもそも目的は結婚じゃないだろ。涙を手に入れる方法、別の手を考えた方がいいんじゃないのか?」


 ベリーサの言う通り、たしかに涙を手に入れるために結婚するドッキリのはずが、そのドッキリをするために戦いに勝たねばならないという何とも回りくどい事態になってきた。


「だよね…でも、あのオーディンの親バカっぷりを見る限り、結婚が決まれば涙腺崩壊は必至なんだけどなぁ…」


「セシル君、一度エイルに相談してみよう。エイルもここまで大事になっているとは思わないだろう。何か代替の素材を提示してくれるかもしれない」


 気疲れしたセシルを1人、部屋で休ませリエリカたちはエイルの元へと向かった。



「だ、誰…?あ、リッちゃん。どう?素材は集まりそう?フヒヒ…」


「あ、いや、そのことなんだが…」


 扉越しで期待に濁った目を輝かせるエイルに、リエリカは現状を語った。オーディンの涙に代わる何か別の素材ではダメなのかと。


「ダ、ダメ!オーディン様の涙は絶対!オーディン様の涙は万能素材…それがなきゃ他の素材との親和性が保てないから、何を身体に埋め込んでも拒絶反応で四肢が爆散しちゃう…」


「ば、爆散!?嘘だろ…そんな危険な改造なのかよ!?」


「あはは!四肢が爆散って!どこぞのヒーローの個性やん!!」


「ま、待って…戦いの負担を軽くすればいいんだよね…え、えっと…じゃあ!みんなも戦えるように変身薬を使えばいいんじゃないかな…ちょっと待ってて…」


 エイルは部屋の奥へ行き、しばらくして戻って来た。手には4つの試験管が握られている。試験管の中では黄緑色の蛍光色の液体が怪しげに光を放っていた。


「これ、その人のことを思い浮かべて飲んだらその人にへ、変身できるの。効果は10分だけだけど…どうかな?」


「変身…セシル君になりすまして戦うということか。ああ、それでいこう!ありがとう!エイル!」


「いや、液の色…蛍光塗料じゃねぇか。飲んでも大丈夫なのかよ…それ」


「セシル君のためだ。もはやワガママは言ってられないだろう。さぁ、戻ろう」


 なんとかセシル1人に重荷を背負わせることは避けられそうだとリエリカは安堵し、今日のところは皆それぞれの部屋に戻って休息をとることにした。


 明日の正午、結婚を賭けたアスガルドを揺るがす熾烈な戦いが幕を開けるーー

 

結局、戦いで解決、、、になっちゃいましたね。


次回、どこかで聞いたことあるようなないような、そんなタイトルでお送りします。

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