第四十八話 セシルくんと9人の戦乙女
テュールのヒゲ、ノルンの爪の切れ端と順調?に必要な素材を手に入れたセシルたちが次に狙うのはーー
順調にエイルの依頼の素材集めをこなしていくセシルたちであったが、次にどこに向かうかで意見が分かれていた。
「オーディン様は主神だからな…涙などお見せになるはずがない。次に行くならフレイヤ様のところではないか?」
「僕は女の人の相手するのさっきので疲れたし、オーディンのとこがいいかな…」
「いやいや!フレイヤ様だろ!!美の女神だぜ!?たぶん腰抜かすほどの美人だろうがよ!フレイヤ様一択だ、一択!!」
「あはは!美人とか関係なしにジンくんみたいな脳筋、相手にしてくれへんて。やっぱ斬鉄剣で有名なオーディンやって!ウチがバッキバキに泣かせたる!」
「どっちでもいいけどさ…一筋縄じゃいかない素材ばかりだ…作戦を練るのが先だろ。」
5人は廊下の真ん中で言い合っていた。雷神トールが宮殿に不在の今、残すはオーディンの涙かフレイヤの唾液に絞られていた。
そんな中、廊下を通りがかった青藍のロングコートを纏い中に甲冑を着込んだ女騎士らしき人物が5人の姿を見て声をかけてきた。
「君たち、何者だ。こんなところで何をしている?」
「ああ、すまない…私はヴァルキリアの…って、オルトリンデじゃないか!私だ、リエリカだ」
「うん?リエリカ?…ヤダ、久しぶりじゃない!地上に降りてるって聞いていたけど…人間なんか引き連れて何してるの?」
リエリカは地上のこと、悪魔のこと、素材集めの概要は省いたエイルのことーー話せるだけの事情を余すことなくオルトリンデに話した。
「そんなことが…。それにしてもエイル様の依頼ってまた…。どんな依頼なのよ?」
「え、いやそれは…」
リエリカは口篭っている。どうにも話せない理由がありそうだが、そんな空気を察することなく依頼内容の最も根幹を成す麻生が口を開いた。
「ちょっと汚ねぇ話になんだけどさ。フレイヤ様の唾液やらオーデ…」
リエリカは目にも止まらぬ速さで麻生の腹部を殴ってから両肩を掴み揺さぶった。
「ど、どうした!アソージン君!?顔が真っ青だぞ!これはマズイな…さっき食べた野草に当たったようだ。少し寝かせてやらねば。オルトリンデ、悪いけどそこの空き部屋を借りれるかしら?」
「え?あ、うん…いいと思うけど…」
ーー今、リエリカが殴ったような…?
リエリカの三文芝居に気づいていないのはリエリカだけだった。いつなら口を挟んでくるイザナミでさえも顔を引き攣らせて言葉を失っている。
リエリカは麻生を抱えて近くの部屋に入り、セシルたちも呼んだ。ドアを閉めると深いため息を漏らして弁明を始めた。
「アソージン君、すまない。外にいるオルトリンデはオーディン様の娘なんだ。父親を泣かせに行くなんてさすがに言えないだろう?」
「なるほど。だから口を滑らせそうになったジンを強制的に黙らせたんだね。それはジンが悪い」
「娘か…リエリカ、それなら協力してもらえばいいんじゃないか?娘がこちら側に付けば、有利に事を進められるだろ。涙なら嬉し涙でも問題あるまい?」
「そうか!娘たちからのサプライズ!それだ!それでいこう!」
「…ん?娘…たち?」
リエリカの話ではオーディンにはオルトリンデを含めたヴァルキュリアである9人の娘がいるという。1人からのサプライズでは弱くても、滅多に揃うことのない9人全員からであれば、さすがのオーディンでも泣いて喜ぶかもしれない。
リエリカはさっそく部屋の外にいるオルトリンデに話をつけに行こうとしたが、それをセシルが引き留めた。
「待って、リエリカ。サプライズって具体的に何をするの?それを決めてからの方がいいんじゃないかな?」
今日がバースデーや記念日、父の日であれば不自然はないが、何の日でもない急なサプライズにどれだけの効果があるだろうか。半端なサプライズでは下手すれば涙どころか何か裏があるのではと逆に困惑させるだけで終わるかもしれない。何気ない日に説得力のある娘全員からの効果絶大なサプライズーーあまりにハードルの高い難題にセシルたちは頭を悩ませた。
「サプライズなんてしたことないから分からないが、ご馳走を振る舞うとか?」
「いやいや!やっぱ日頃の感謝を込めた御涙頂戴の手紙やろ!」
「ん〜それだと、手紙なんて突然どうした!?ってなるんじゃない?ここは全員でマッサージしてあげるとか」
「それさっきのノルンと同じじゃねぇか。それに9人でマッサージとかいかがわしい店かよ。むしろ俺がしてもらいてーわ」
なかなか名案が出ない。死神に魔人、戦乙女にただの童貞ーー経験豊富な遊び慣れている紳士淑女でもない、むしろ童貞を除けば血生臭い環境に身を置いて生きてきたそんな4人から最高のサプライズの案など出るはずがなかった。
「ダメだ。思いつかない!戦いに明け暮れる私たちではやはりサプライズなんてハードルが高すぎる。改めて別の方法を考えるべきか…」
「戦い…サプライズに不向き…あ。なあ、サプライズじゃなくドッキリなんてどうよ?」
「……ドッキリ?」
ただの童貞ーーもとい、麻生が思いついた案はこうだ。
予想だにしないタイミングで驚かせて喜ばせる演出のサプライズではなく、演技などで騙して驚かせるドッキリならばサプライズよりもいい案が浮かぶのではないかと。
「へぇ…なかなか出て来ないから何を話してるのかと思えば…面白そうな話をしてるわね」
「オ、オルトリンデ!?いつからそこに!?」
「今よ。それより、ドッキリって誰に仕掛けるつもりなの?もしかして、私だった?」
部屋に入って来ていたオルトリンデに話を聞かれ、遅かれ早かれ協力してもらうのなら全て話してしまおうということで、リエリカはエイルの依頼でオーディンの涙が必要であることをオルトリンデに話した。
「な、なるほど…パパの涙ねぇ。えらく酷い無茶振りをされたものね。でも、そういうことなら…面白そうだし、いいわ!協力してあげる!」
オルトリンデは俄然、乗り気だった。そこからはオルトリンデも交えてドッキリの内容を決める話し合いが始まり、様々な案が出た中でイザナミの案が採用されることになった。
「やっぱ騙す言うても空気悪ぅすんのは怒りを買うだけやから、ハッピーなやつの方がいいやろ?…ってなワケで、ハッピーで御涙頂戴って言うたらやっぱ結婚!!これしかない!この度、オルちゃんがジンくんと結婚することに決めました〜って報告すれば、娘の幸せを願う父としては嬉しくも寂しい気持ちになって、涙ながらにジンくんを半殺しにする!はい、めでたしめでたし!」
「どこがめでてぇんだよ!!俺の犠牲がデカすぎじゃねぇか!!」
「あ、はは…。でも、結婚はいい案ね!どうせなら姉さんたちにも協力してもらって姉妹全員、結婚します!っていうのはどうかしら?」
「姉妹全員!?でも、そんな数の相手役、探すだけでもひと苦労だ…いったい何人の協力者を巻き込むつもりなんだ!?」
「簡単よ!相手役は1人。1人の男性を皆が愛してしまったってことにすれば、パパも気が動転して号泣すること間違いなしじゃない?」
号泣どころか、それでは麻生が完全にこの世から消されてしまうーーセシルたちは心の中でそう思った。
「オ、オルトリンデ…さすがにそれはやりすぎじゃ…」
「私、姉さんたちに話してくるわね!段取り詰めといて!」
そう言ってオルトリンデは楽しそうに部屋を出て行ってしまった。麻生は今にも気絶しそうなくらい青ざめている。
「ど、どど、どうすんだよ…俺、間違いなく斬鉄剣で真っ二つだぜ?」
「ジンくん、安心して。次に目ぇ覚ましたら改造も終わって超人になってるて」
「いやまぁ、大丈夫だとは思うが…危うくなったら、さすがに彼女たちが守ってくれるだろう…たぶん」
たしかにオルトリンデを含めた姉妹全員がヴァルキュリアであれば、たとえ最高神のオーディンが怒り狂って襲い掛かってきたとしても、一撃くらいは食い止められるかもしれない。
しかし、そこにベリーサのキラーパスが飛んできた。
「思ったんだが、9人全員から愛される役なら、この脳筋より男前のセシルのほうが説得力あるんじゃないか?」
「え、僕!?」
「ナイス!!ベリーサ!!そうだよ!俺なんかよりセシルの方が説得力ある…って、あれ?俺、もしかしてディスられてる?」
そこに早速オルトリンデが戻ってきたーー姉妹全員を引き連れて。
「リエリカ、久しいな。話はオルトリンデから聞かせてもらった。父上を騙すのは些か忍びないが、君たちが父上の涙を必要としているのであれば、致し方ない。協力させてもらおう」
一目で判る凄まじいオーラの女性は長女のブリュンヒルデ。父親譲りの鋭い眼差しと高貴さの滲み出る佇まいが語らずとも姉妹のリーダー格であることを物語っていた。
「それよりも、リンデちゃん。私たちのお相手役の方はどちらなのかしら?」
長女のブリュンヒルデとは違い、おっとりとした雰囲気の次女ゲルヒルデが興味津々にセシルと麻生を見て値踏みしている。
「あ、えっと…名前なんだっけ?そこの短髪の…」
「あ、いや、それなんだが…こちらのセシル君に変更になった」
「うっそ!めちゃイケメンじゃん!ダンナ様よろ〜」
派手な化粧に軽薄な口調の八女、グリムゲルデがリエリカの話を聞いて嬉しそうにセシルの腕に抱きついた。
「あ、ちょ、な、なにしてんねん!セッシーはピュアなんやから、アバズレは近寄うたらアカン!」
「は?誰このオバサン。喋り方変だしウザいんですけど〜」
「ええ度胸してるやん…その喧嘩買うたるわい!」
「やめなって、グリムゲルデ。うちのバカ妹がすみません!ほら、あんたも謝って!」
一触即発の2人の間に割って入ってきたのは五女のシュヴェルトライテ。グリムゲルデの頭を押さえて無理やりに下げさせようとしている。
「……さーせんした」
「やれやれ。皆、浮かれすぎ。私は乗り気ではありませんが、ヒルデ姉さまが協力しろと仰るので仕方なく参加します。よろしく」
眼鏡をかけた堅物そうな雰囲気の六女、ヘルムヴィーゲは冷ややかな目でグリムゲルデを一瞥してからセシルに頭を下げた。
「みんな集まってこんなに賑やかなのは久しぶりね。私もぜひ協力させて頂きますね」
清楚さが全身から溢れている四女のヴァルトラウテは口元に手を当てながら上品に微笑んでいる。
「ヴァイセはぁ〜まだ結婚とか考える歳じゃないんだけどぉ〜お姉ちゃんがプリンくれるって言うからぁ〜トクベツにお嫁さんになったげるぅ」
甘ったるい喋り方の九女ロスヴァイセはツインテールが目印の美少女だった。
「よぉ、リエリカ。元気そうじゃんか。あーしが結婚とか何の冗談だって感じだけど、まぁお前の頼みならしょーがねぇ。それに、親父殿の泣く姿は見てみてぇしな。受けてやんよ」
金髪の長い髪に赤のハイライトを入れ、側頭部の片側は編み込んでいる気合いの入ったヘアスタイルの七女、ジークルーネはリエリカと同期のヴァルキュリアで剣の腕はリエリカ以上とも言われている。
一癖も二癖もある9姉妹が揃い、セシルたちは完全に圧倒されていた。しかし、悠長にしている時間もあまりないため、リエリカが挨拶もそこそこに作戦概要について全員に説明を始めた。
数刻後ーー9姉妹とセシルとリエリカが部屋を出て行き、残った麻生たちは部屋に残ってイレギュラーが起きた際の後方支援をすることになった。
「あんな雑な作戦で本当に大丈夫なのかよ…俺たちの出番がないことを祈るぜ」
「まぁあの2人のことだ。上手くやるだろうさ」
アスガルドを治める主神オーディンを騙して涙を流させるという、くだらない割に9人の娘を巻き込んだ史上最大のドッキリが今、始まろうとしていた。
今回、あえて死神ではなく"セシルくん"と表記したのは七人の魔女的なある漫画のタイトルに乗っかりたかったからです←ある漫画とか言いつつほぼ言うてる
もちろん、内容は微塵も関係ありません。ただ言いたかっただけです。
正直、登場キャラが多すぎて混乱しそうです。




