第四十六話 UTAGE
1つ目の材料、テュールのヒゲを回収したセシルたちが次に向かったのはーー
「なあ〜?さっきのオジサンのヒゲ、これウチが持っとかなアカンの?最終的にジンくんに取り込まれるんやし、ジンくんが持っとき〜な」
戦神テュールの立派な口髭を全て剃り落としたイザナミであったが、剃り落としてしまえばただの毛。そんなものを小瓶に詰めて持ち歩くのは乙女的にNGだったのだろう。
「いや、待てって!取り込むとか言うなよ、気色悪りぃ…イザナミが勝ち取った戦利品なんだから、誇らしく出番が来るまで持っとけよ、なっ?」
「なっ?…ちゃうねん!イヤや!イヤや!なんか毛虫飼うてる(こうてる)みたいでキショい!」
後列でイザナミと麻生が騒がしくしているが、セシルとリエリカは黙って考え込んでいた。
セシルたちが次に向かっていたのは、ノルンの三女神がいるウルズの泉。爪の切れ端という難易度の高い素材をどう手に入れるか思案しているのだ。
ーー単刀直入にその場で爪を切ってもらう?いや、魔力を増幅するルーン文字が刻まれている大層な爪をそう易々と切ってくれるだろうか?
ヴァルハラ宮殿の正門から真逆の位置となる裏手まで進み、裏門から出てすぐの場所に巨大な世界樹"ユグドラシル"がそびえ立っている。その根本に湧く泉、それがウルズの泉である。
泉にたどり着くと、3人の女神はテラスのような場所でティータイムを過ごしていた。
「ウルズ様、ヴェルザンディ様、スクルド様、お久しぶりです。お休みのところ申し訳ありません。少し、お話がありまして…」
「あら、リエリカ。久しぶりね。一体どうしたのかしら?」
優雅にティーカップを持ちながら反応したのは、金髪の縦ロールの髪に気の強そうな顔つきをした"現在"を司る女神ヴェルザンディだった。
「ほんとだ!リエリー!ひっさしぶりー!」
ヴェルザンディの隣でアイスココアらしきものを飲んでいた亜麻色の髪色、サイドはゆるめのウェーブがかった肩くらいまでの長さでオン眉の幼なげな顔つきをした"未来"を司る女神スクルドがそれに続く。
「実は…エイルからの依頼で少しお願いがありまして…」
「うっ。エイルさんですか…それは困りましたね。リエリカ、ごめんなさい。そのお願いは聞き入れられそうにないですわ」
エイルの名を聞くや否や不快感を露わにしたのは長い黒髪をサイドテールにしたお淑やかな顔つきの女神、"過去"を司るウルズであった。
話の内容を聞くまでもなく断ってくる様子から、エイルとは以前何かあったのかもしれない。しかし、ここで引き下がっては地上の危機を救うどころか、トレードマークであったテュールの髭を奪ったことすら無駄になる。
まだ妙案が浮かんだ訳ではないが、とにかくここは話を繋ごうとリエリカの援護にセシルが前に出た。
「はじめまして、ノルンの皆さん。僕はセシル。元は奈落タルタロスに住んでいた死神で、今はワケあって人間やってます。地上オルテシアは今、悪魔の脅威に晒されていて、それを阻止するために僕はどうしても神に戻らなきゃいけない。それにはエイルの協力が不可欠で。どうか話を聞くだけでもお願いできませんか?」
ーーセシルのやつが敬語を話してる!?初めて聞いたぜ…マジだな、あいつ。
穏やかな口調とは裏腹に真剣な眼差しで訴えかけてくるセシルの熱意にノルンの3人は息を呑み同じことを思った。
ーーなに、この子……美男子!!
「し、仕方ありませんわね。エイル案件というだけで門前払いするのは確かに不躾だったかもしれませんわね。よくてよ。聞いてさしあげますわ」
飲み終えて空になったティーカップを持ったまま、ヴェルザンディはセシルの顔に釘付けになっている。スクルドにおいてはアイスココアが口から漏れ出ており、ウルズは赤面した顔を手で隠すようにしてモジモジしていた。
「ありがとうございます。僕たちはエイルさんの依頼で日々、水仕事をされているノルンの皆さんのハンドケアをさせて頂きたく馳せ参じました。そこのベリーサという者は地上で踊り子をしておりまして。自分を魅せる仕事ということもあり美容に関しては、なかなかの知識を備えております。美しいお三方には潤いのある美しい手で居て頂きたいのです。そして、美しい手には美しい爪が似合うかと。皆さまの爪にはルーン文字が刻まれているとのことですが、その効力を阻害しないよう上から別の爪を付けて装飾させて頂きますので、ご安心を」
ーーおい!セシル!?なぜそこで私の名前を出す!そんな知識ないぞ!?
打ち合わせも無しにアドリブと思われるセシルの提案に顔には出していないが内心、ベリーサは狼狽していた。
「そ、そんな美しいだなんて…殿方にそのようなことを言われたのはいつぶりでしょうか…」
「エ、エイルにしてはなかなか気の利いた申し出じゃありませんこと。セシル殿がそこまでおっしゃるなら…よ、よろしくてよ!」
「ボク、最近手が荒れ気味だったんだよね〜助かるよ!」
セシルがまさかの自分のルックスを武器にして畳み掛けるという奇策に、ノルンの3人は満更でもない様子だが、リエリカたち4人は見慣れないセシルの姿に唖然とするばかりであった。
「おい、セシル!聞いてないぞ!私にどうしろと!?」
「ごめんごめん。なんか咄嗟に思いついちゃったから。幸いここには泉があるし、その水を使ってマッサージしてあげてよ。そして、ベリーサがしてるような爪の装飾を施す際に爪を少し切って拝借すればいいかな、と。上から別の爪を付けるから切ってもバレないでしょ?」
セシルの言う通り、ベリーサは爪に色を塗り金細工などで飾り付けをしているが、見たところベリーサのそれは地爪のようだ。
「待て待て!マッサージまではいい。だが爪の装飾をするのに切る必要はないだろう!?そもそも何だ、爪を上から付けるって!?そんなのやったことがないぞ!」
「そうなの?ん〜参ったな…。リエリカはどう?やったことある?」
「い、いや、私は日々戦いに身を置く騎士。爪に装飾を施すなんて考えたことも…」
「あのさ…よくわかんねぇけど、それならヤスリで削って形を整えてからさ、その上に付け爪を付けたらいいんじゃねぇか?付け爪とかそういうのがこの世界にあればの話だけど…日本にいる時、姉貴がそんなんしてるの見たことあるぜ?切れ端じゃなくても削りカスでも問題ねぇだろ」
「おお〜珍しくジンくん冴えてるやん!ネイルチップっちゅーやつやね」
セシルもベリーサも目が点になっているが、麻生とイザナミの日本勢は妙に盛り上がっている。
「な、なんだ、その"ねいるちっぷ"とは?」
「樹脂とか何かそんなんで出来たニセモンの爪のこと。あれぇ?オシャレ番長、略してオシャ番のベリーサさんなのに、ご存知ない?」
「誰がオシャ番だ…お前、燃やされたいのか…」
ネイルアートの工程をイザナミがセシルやリエリカにも説明をした。そして、ネイルチップに関してはこの世界に存在しないため、魔物か何かの骨を加工して創作しようという話になった。
「とりあえず、私は先にマッサージをしておく」
「僕とリエリカは3人のご機嫌をとって注意を逸らしておくから、2人は付け爪の調達、お願いするね」
ネイルチップ捜索隊に選ばれたのは麻生とイザナミだった。急ぎ足で宮殿を出て、通ってきた街にいる神兵や神に近くに魔物がいないか聞き込みを始めた。
数人聞いて回ったが、やはり神界であるアスガルドに魔物などいるはずがなかった。
虹の橋ビフレスト付近まで戻って来た2人は材料調達にここまで苦戦するとは思いもせず、崖の上に座り込んで下に見える地上の空を眺めていた。
「おい、どうすんだよ…まさか地上にまで戻らなきゃなんねぇのか?」
「いや、それはさすがにメンドイて。そうや!ジンくんの指の二、三本を献上したらええんちゃう?」
「しばくぞお前!!どうして俺の指なんだよ!!」
「どうせ改造されるんやし、ええやん…細かいこと言いなさんな…」
「お前なぁ…改造と指失うの関係ねぇだろ!?改造されても指が復活する訳でもねぇだろうし…意味わかんねーよ……つーかよ、腹減ったな。今日、まだ何も食ってねーし」
「せやなぁ…実はウチもテュールのオッサンのヒゲ見てから、白い服着たヒゲ爺のとこのフライドチキン食べたなっててん…食べたくなるなるってやつ」
「おま、それケン……あ。それだ!!」
麻生は何かを閃いたのか突然立ち上がり、目を輝かせた。
「え、なになに?!ジンくんも食べたくなるなるってなってもーた?」
「ちげぇよ。フライドチキン!骨付き肉!!骨だよ骨!!この街の食材屋でも肉くらいは売ってんだろ?骨付き肉を買ってその骨をネイルチップにすりゃいいんだよ!」
「えぇぇ…ウソやろぉ…女神さまの爪に油ギットギトの骨を使ったネイル付けるとか、バチ当たりすぎん?!」
「言わなきゃバレねぇよ!それにちゃんと油は洗い流すっつーの」
麻生の名案?で街に戻ることにした2人は、精肉店に入り人数分のネイルチップが調達できそうな骨付き肉を2kgほど買い占めたーーヴァルハラ宮殿のツケで。
「よし!ほな、ジンくん。バーベキューや!ウチが焼いてくから全部食べてや!」
「は!?待て待て。俺1人でか!?お前も食えよ!?」
「ウチ、お魚さんが好きやからお肉はちょっと…」
「ウソだろ…2kgだぞ!?1人で食い切れる量じゃねぇじゃんか…」
しかし、宮殿を出てからすでに結構な時間が経過している。早く骨を抜き取り加工して届けなければ、ベリーサのマッサージもそんなに長く時間を稼ぐことはできない。麻生は覚悟を決めて、焼き上がった骨付き肉を豪快にかじり付いた。
「ええ食べっぷりやなぁ〜某海賊マンガの宴みたいやで。木製のジョッキも用意しよか?」
「ああ、ワン…っておい!1人で宴させんなよ!!」
数刻後ーー麻生の腹ははち切れんばかりに膨れ上がり、青ざめた顔をしていた。
食べ終えた骨をイザナミが洗浄してから小太刀で切り刻み、ネイルチップの形へと整えている。
「でーきた!よし!これで後はベリーサが爪のヤスりカスを回収してこれ貼り付けて綺麗に色を塗ったら、ネイルアートの完成!ジンくん、また超人へと一歩近づいたなぁ!ほな、戻ろか!」
「ま、待って…今、動いたら、吐く…先に行ってくれ…」
引き締まった腹筋をしていた麻生も今は見る影もない。仕方なくイザナミは麻生を放置して先にヴァルハラ宮殿へと戻ることにした。
ユグドラシル下、ウルズの泉ーーベリーサはノルン3人目のウルズのハンドマッサージを間も無く終えようとしていた。
ーーあいつら、まだなのか…もう終わるぞ。
「ウルズ様は凛とした美しさをお持ちなので、爪の装飾はアルストロメリアの花をモチーフにしたデザインなどがお似合いになるかもしれませんね。他にお好きな花はありますか?」
セシルも柄になく歯が浮くようなセリフを並び立ててノルンたちのご機嫌をうかがっているが、あまり男性に免疫がないせいか絶え間なく投げかけられるセシルのおべっかにウルズは顔を紅潮させながら、終始俯いている。
「たっだいまー!ご注文のネイルチップ、お持ちしましたで〜」
マッサージを終えてタオルでウルズの手を拭き取っている最中にイザナミがようやく帰還した。
すぐにネイルチップを預かると、ベリーサは爪ヤスリでウルズの爪の先の形を整え始めた。
セシルはウルズの手を支える風に装いながらヤスリで削った粉を小瓶に回収していく。そして、粘着性のある樹液を爪の表面に塗り、イザナミ謹製のネイルチップ(肉の骨)を乗せた。
ノルン3人の爪の装飾を全て終え、ベリーサは額を拭いながら立ち上がり、頭を下げた。
「長い時間、お疲れ様でした。装飾はいかがでしょうか?」
「ええ、素晴らしいわ。このようなお洒落が地上では流行っておりましたのね」
「ボクの爪もすっごく可愛くなったー!ありがと!」
「よかったです。ご満足いただけて光栄の至り。では、僕たちはこれで…」
セシルも頭を下げてその場から立ち去ろうとすると、タイミングよく麻生がげっそりとした顔で戻ってきた。膨れ上がっていた腹は元に戻っている。きっとどこかで色々な何かを吐き出してきたのだろう。
「よ、よお。…終わったのか?」
「うん。ジン、えらく体調が悪そうだね?大丈夫?」
「ああ…今後一年は肉食いたくねぇって気分だ」
麻生の言っている意味がいまいち理解できないセシルであったが、泉を後にしようと踵を返したセシルたちにウルズが声をかけてきた。
「あ、あの!セシル様…また……お会いできます…か?」
目を泳がせ細い肢体をくねくねとさせながら恥ずかしそうにしている。セシルは振り返って満点の笑顔で答えた。
「はい。ウルズ様が望むなら、いつでも」
宮殿内に戻り次の目的地をどこにしようかと考えながら歩いていく中、リエリカとベリーサ、イザナミの女性陣はこそこそと話していた。
「あの男、初めて会った時は芯の強い純朴そうな少年かと思っていたが、あれは魔性だな…」
「そうね…私もセシル君にあんな黒い一面があるとは思わなかったわ」
「女心を弄ぶ女の敵!セッシー、死神よりホストのほうが向いてるんちゃう…」
ーー全部聞こえてるんだけどなぁ…
今回登場したノルンの三女神。
名前を調べてて初めて知ったのですが、漫画"ああっ女神さまっ"のモチーフはノルンの三女神だったんですね。
名前に引っ張られてキャラ設定がかぶらないように意識しながらキャラ付けしたのですが、よく考えたらしっかり漫画読んだことないのでキャラかぶってたらごめんなさい。




