第四十五話 悪魔王 VS 三魔将
オリュンポスでテュポンと対峙するゼウスたち。
アスガルドに渡ったセシルたち。
そして、地上ではーー
セシルたちがアスガルドでマニアックな素材集めに奔走する中、地上では新たな絶望が起きようとしていた。
ノスフェラル大陸西方国家、ウルド帝国。東方のラグナス王国国王が崩御し国として機能しなくなった今、この大陸に存在する唯一の国家である。四代目皇帝ミカエル・ウルドが治めるこの国には3人の将軍がおり、いずれもセシルたちと一戦交えた強力な悪魔たちがその地位についている。
そのウルド帝国に今、ソロモンの悪魔序列一位の悪魔王が迫っていた。
篠突く雨の中、ウルド帝国の首都、帝都エグザミアでは警鐘の音がけたたましく鳴り響いていた。
帝都エグザミアは城塞都市であり街は巨大な城壁に囲まれ、その中央に皇帝のいるドグラウス城砦がそびえ立っている。その名の通り城自体も堅牢な造りをしており、ラグナス王国にあった華やかなバルフレア王宮とは真逆の無骨な見た目の城であった。
街の外壁と堅牢な建築様式の城、二段構えの防御力を誇るこの街に最大級の警戒体制が敷かれようとしている。
慌ただしく駆け回る鉄の擦れる音と水の跳ねる足音。飛び交う怒号。360度街を囲む巨大な城壁の上には幾つものカタパルトが姿を現し、常設してあるバリスタとともに外から迫る脅威に先制を仕掛ける準備が進められている。
一方、ドグラウス城内でも3人の将軍が率いる部隊が中庭で一堂に会していた。三魔将バルバトスが率いる騎竜兵団、同じくヴァサーゴ率いる獣人兵団、そしてルナが率いる魔僧兵団の3つの部隊である。その中には、ラグナス王国との国境でセシルに敗れ負傷していた騎竜兵団長のアスタロトの顔もあった。
「皆のもの!もう間も無く敵国ラグナスを滅ぼした強大なバケモノがこちらに向かってくる。どういう意図かはわからぬが、友好的な意図ではないだろう。よって、全戦力で迎撃にあたる!難攻不落のこの城塞都市を必ず守り抜け!!」
兵たちの咆哮が城内を揺らす。陣頭指揮をとるのは宰相のディアマンテだ。最大最悪の脅威に向け、兵たちの士気も高い。兵たちは配置に着くべく中庭を出て行き、中庭は閑散とした。残った三魔将とディアマンテが話を始めた。
「この戦、勝てると思うか?」
「無理だろ、んなもん。俺たちが束になっても互角か負けるかだ。人間如きが立ち向かえる相手じゃねぇ」
「もういっそさ、あたしたちだけで逃げちゃわない?」
「逃げても、無理。あいつ、どこまでも追って、くる」
「しかし解せんな。どうして我々、悪魔のいる国にも攻めてくるのだ。バエルの目的は何だ?世界の滅亡か?」
「知らねーよ。破壊衝動に駆られる年頃なんじゃねぇの?」
街では避難勧告がなされ国民の騒ぐ声が城内にまで響いてきていたが、突如としてその声が聞こえなくなった。
「ねえ…声、しなくない?いきなりそんな止むもん?」
「まさか…外の様子を見に行くぞ!」
ディアマンテたちは走り、城壁の上の回廊に出て街を見下ろした。なんと、雨に濡れた石像が至る所に立っている。列を成して荷物を抱え歩いている最中の石像たち、武具を携え甲冑を身に纏っている石像など様々な姿の石像が街中や城壁の上などに点在していた。そう、国民も兵士たちも皆、石になっていたのだ。
「石化だと!?国民も含めて200人以上いたんだぞ!?いつの間に…」
街を覆う外壁には何の損傷も見られず、バエルの姿も見当たらない。一体、街に何が起きたというのか。
襲撃方法もわからず石にされた人間たちを見て戦慄する4人。急ぎ、街中に出て状況を確認しようと動き出すと、城の北側に位置する皇帝の間がある棟の最上層が爆発した。
「な…に…?!皇帝!!」
街中に注意をとられていた内に侵入を許したのか、皇帝がいる部屋もろとも城の一部が爆散し、崩落した。
「ダメだって…無理だよ…やっぱ逃げよう。あいつはヤバイって……」
「ほう。誰がヤバイのか申してみよ、ルナ・ディアス」
何の気配も感じなかった。しかし、耳元で悪寒が走るような悍ましい声がした。驚き振り返るとルナの背後にバエルが立っていた。
「テメェ!!好き勝手やってくれんじゃねぇか!!ブッ殺すッッ!!」
その姿を見るなりヴァサーゴはバエルに向かって最大火力の魔法を放った。至近距離から放たれた魔法はバエルに直撃し爆発の影響で回廊が崩れ出した。
ディアマンテはすぐに4人を覆う魔法障壁を張って空中へと浮かび上がる。
「…やったか?」
「いや、手応えはあったが、あんなもんじゃ野朗は死なねぇ」
「い、いつの間に…あたしの後ろに立ってたのさ…心臓止まるかと思ったし…」
「……あそこ、いる」
崩れた回廊を覆う爆煙は雨ですぐに消えていき、その中からゆっくりと出てきたバエルは全くの無傷であった。身構える4人に対してバエルは短いため息を漏らす。
「貴様たちに問う。地上に顕現しても尚、吾輩を目覚めさせなかったのは何故だ?」
「んなもん、テメェが面倒くせぇヤツだからに決まってんだろ。俺たちは好き勝手に生きてぇんだよ」
「うん…何千年という気の遠くなるような長い間、幽閉されててやっと自由になれたんだし」
「貴方がいると我々は自由を奪われてしまう。ただ、それだけの話です」
「なるほど。皆同じ答えか、つまらぬ。吾輩を放置した罪は万死に値する。数人はすでに死んでおったようだが、貴様ら以外の同胞は皆、葬って来た。神への復讐も果たさず地上でぬくぬくと生きる軟弱者は吾輩の世界に必要ない」
バエルが指先に魔力を込め始めたその時、背後から忍び寄っていたアスタロトが飛龍に跨りながらバエルに襲い掛かった。
「バエル!!あんまり俺らをナメんなよ!!」
アスタロトの戦斧がバエルの首筋を捉えたーーしかし、戦斧の刃はバエルの首筋の皮一枚傷つけることなく触れただけで止まっている。
「ふむ、アスタロトか。そんなナマクラで吾輩を斬ろうなど片腹痛い。失せよ」
バエルが言葉を言い終えた刹那、アスタロトと飛龍の首が一気に飛んだ。
その瞬間、バルバトスの目つきが変わった。咆哮を上げてバスターソードを振りかぶると、ディアマンテの魔法障壁から飛び出てバエルへと斬りかかった。
さすがにアスタロトの戦斧のように身をもって受け止めようとはせず、バエルも攻撃態勢へと転じた。右拳で振り下ろされるバスターソードを砕き、左脚でバルバトスの右脇腹へ蹴りを放つ。バルバトスはそのまま城砦の壁に激突した。
「ち、力の差がありすぎる…やはり我々ではバエルは倒せないのか…」
「おい、ルナ。テメェだけでも逃げろ。ここは俺がきっちりカタを付けてやるからよぉ」
バルバトスに続いてヴァサーゴが両手に溜めた魔力を柏手のように叩きつけて合成させると、ハンドボールのように魔力球をバエルに投げつけた。迫ってくる魔力の豪速球を片手で受け止め握り潰すと、一気にヴァサーゴへと接近して目にも止まらぬ速さで殴打し始めた。速すぎて防御することも出来ないヴァサーゴの身体からはミシミシと鈍い音が鳴り響き、血が飛び散る。
「どうした、ヴァサーゴ。お前は勝気な性格の割に打たれ弱いな。このままでは死んでしまうぞ?」
あまりに無惨な光景にルナは足がすくんで動くことすら出来ない。見るに見かねたディアマンテがルナだけを残した魔法障壁を出て、障壁ごと遠くへと飛ばした。
「バエルの言葉が本当なら、我々がここで全滅すれはま悪魔はバエルだけになる。どうにか逃げ切って我々の仇を討ってほしい。頼んだぞ、ルナ」
白目を剥き既に意識を失ったヴァサーゴが落下していく。ディアマンテはバエルと対峙し、覚悟を決めた。
「皇帝が死んだ今、もはやこの国も終わりだ。ならば、一思いにこの国ごとお前を消す。覚悟はいいか、バエル!!」
「面白い。やってみせよ」
ディアマンテが指で陣を切ると空に7つの色の巨大な魔法陣が縦に連なって出現した。魔法陣は1つ1つが違う紋様をしており、何かを準備しているかのようにぼんやり明滅している。そこからディアマンテは詠唱を始めた。
「昏き大海を彷徨う星々、銀河を越え蒼きこの地へと誘わん。我が呼び声に応え敵を殲滅せよ…極大魔法メテオラ・フィニス!!」
成層圏の彼方から幾つもの紅い光の筋が空に軌跡を描いて流れていく。雨雲を割いて現れたのは、燃え盛る豪炎に包まれた無数の隕石であった。隕石は7つの魔法陣を通り抜けて雨を蒸発させながら地上を目掛けて降り注いでいく。
「おお、素晴らしい。これが魔導の極致…見事だ、ディアマンテ。死なせるには実に惜しい男よ…」
目を細め嬉しそうに空を仰ぎ見るバエル。次の瞬間、降り注いだ隕石はディアマンテもバエルも巻き込んで地面へと一直線に落下していき、帝都エグザミアの街や城、そして石化した人間をことごとく蹂躙していった。隕石を覆っていた炎が瓦礫に引火してエグザミアを火の海に変えていく。その火の海をさらに吹き飛ばすようにまた隕石が衝突する。その繰り返しだった。
数刻後ーー空に浮かぶ魔法陣は全て消え、隕石の雨は止んだ。エグザミアは跡形もなくなり、残ったのは地上を抉るように出来た無数のクレーターのみであった。
クレーターの一つから土が隆起し、中から這い出て来たのは血塗れのバルバトスだった。
「ディアマンテ…バエルを、やった…」
バルバトスに呼応するように近くのクレーターが隆起し、ヴァサーゴも出てきた。バエルに殴られたダメージに加え隕石の被害も受け、肌は焼けただれ左腕も失っていた。
「クソが…ここまでしねぇとバエルを倒せねぇとか…」
「吾輩がどうかしたか?」
這い出てきたヴァサーゴの真後ろから聞こえてきた絶望を呼ぶ声。ヴァサーゴの頭から血の気が引いていく。
「テ、テメェ…これでも生きてんのかよ…」
全身に走る激痛を堪え振り返ると、白く石膏のような美しい肌からは青紫色の血が流れ出ており、致命傷というほどではないが多少の深傷を負っているバエルがこちらを見下ろしていた。
「さすがの吾輩も肝を冷やした。魔法でここまでのことが出来るとは、吾輩もまだまだ知見が足りぬようだ」
もはや抗う体力も気力もない。ヴァサーゴは歯を食いしばり目を閉じた。
「貴様をここで消すことなど容易いが、興が醒めた。吾輩に傷を負わせたディアマンテの素晴らしき魔法に免じて、今日のところは吾輩も引き下がろう」
そう言い残すと、背中から大きな翼を生やして北の空へと飛び去っていった。転移しなかったことから大量の魔力を防御にまわし、魔力が尽きかけていたのだろう。
緊張の糸が切れたヴァサーゴは力尽きて仰向けに倒れ込み、弱々しく地面を殴りつけた。
ーークソッ…ボロ負けした上に情けまで掛けられるたぁな。さすがにヘコむぜ……
フラフラになりながらバルバトスがやって来るとその場で倒れた。生き延びたとはいえ、もはや2人には立ち上がる力もなく、悔しさを胸に遠退いていく意識に抗うことなく目を閉じた。
その頃ーーノスフェラル大陸東方、上空。ディアマンテの魔法障壁に守れられたまま帝都から飛ばされたルナは1人、絶望しうずくまっていた。そして、帝都上空の魔法陣が消えたのと時を同じくしてルナを包んでいた魔法障壁も弾けて消えた。
絶望に支配されたルナは重力に抗うこともなく、地上に向かって落ちていく。
ーーもう終わりだよ。何もかも。あたしもこのまま死のう。
身体を枝葉や木々に打ち付けられながら、地面が間近に迫った時、何者かに受け止められたような感触が背中を伝ってくるを感じた。
「……誰?……死なせて…よ…」
今回、またまた話が横道に逸れてしまいました。
伏線ってやつなのでご容赦を。
次回はセシルくんたちのマニアックな素材集めに戻ります〜
次は誰のDNA採取に行くのやら、、、




