第四十四話 おヒゲ争奪戦
ヘルメスの石化を解くことが出来るかもしれないという女神であり、最高の名医とも呼ばれるエイルに会いにアスガルドへやって来たセシルたち。
石化を解く代わりにエイルの出した条件は壮絶?なものだったーー
予想だにしなかった想像の斜め上をいくエイルの願いに、その場にいた全員の顔が引き攣っている。
「ほ、ほら!やっぱり私の願いなんて…誰も聞いてくれないんだ…」
一瞬目を輝かせたエイルであったが、セシルたちのマイナスな反応ですぐに自分の殻に閉じこもってしまった。
「ジン…僕のために死んでくれ…」
「おい!セシル!不吉なこと言うんじゃねーよ!!」
「いや〜でも、ジンくんを生贄に捧げるだけで万事解決なんやし、ここは生まれ変わる気持ちで改造されたらいいんちゃう?」
「生まれ変わるって…それ結局死んでんじゃねぇか!それに生贄とか言うんじゃねーよ!」
「やれやれ。とんだ無駄足だったな」
本人の意思とは別に麻生を差し出す空気になりつつある中、リエリカが麻生の肩を掴んだ。
「アソージン君。君の言い分はもっともだ。でも、どうかエイルの願いを聞き届けてやってはくれないだろうか?エイルも鬼じゃない。決して悪いようにはしないはずだ…たぶん」
「嘘だろ…みんな、俺を差し出す気満々じゃねぇか…。じゃ、じゃあ!エイルさん!改造って具体的にどういう内容なんだよ?その内容次第で考える!」
「ほ、ほんとに!?ンフフ、改造はねぇ…私は最強の英雄を作り出す研究をしていてね…色んな英雄のDNAを集めて魔力と共に水晶に詰め込んで三日三晩火にかける。そしてそれを核として人間の体内に埋め込むことで、肉体の強化はもちろん、魔力や取り込んだ英雄のスキルその全てを手にすることが出来るというものなんだ。だから、この改造が成功すればあなたは誰にも負けない宇宙一の超人になれる…ンフフ。どう?すごいでしょ?」
ーーめっちゃ喋る…
心の中で皆、同じことを思った。
「ジン、思ってたより全然良い内容だよ!受けなよ!僕はてっきり、ゴーレムのような見た目にされる魔改造だと思ってたよ」
「せやで!ジンくん、言うてもこの中で最弱やし、丁度いいやん!」
「最弱とか言うんじゃねぇ!気にしてんのに…」
「あのさ。その改造が本当なら、もはやセシルが本来の力を取り戻す必要はなくなるんじゃないのか?宇宙一の超人とやらに任せればいい話だろ…」
「た、たしかに…」
「いやいや!俺まだその話受けるなんて言ってねぇからな!?」
思いもよらぬところで未知の悪魔への対抗策の発見。しかし、当の本人は未だ煮え切らない様子であった。
エイルの改造を受けることで死神や魔人と比べても実力の劣る麻生が最強になるばかりか、石になったヘルメスも救うことができる。しかし、美味しい話には裏があるのは世の常。
「た、ただ…難点があるとすれば、英雄のDNAを集めるのがちょっと、た、大変……かも…」
エイルがぼそっと説明に付け加えた。どうやらDNAを集めるところからが依頼の内容になるようだ。そして、集めるのもセシルたちの仕事。リエリカは無理難題を押し付けられるのではないかと気を揉みながら尋ねた。
「大変…なのか?その、具体的にDNAとは何を集めればいいのだ?」
「ひ、必要なDNAは皆、アスガルドの神たちのものでぇ…えっと、まずはオーディン様の涙。こ、これには全能力向上の効果があるの。そしてテュールおじさまのお髭。お、おじさま譲りの戦略や戦いの知識、知恵が備わるはず。あとはノルン…ウルズ、スクルド、ヴェルザンティ3人の爪の切れ端。あ、あの子たちは世界樹を枯らさないように泉の水を管理しているから爪には生命力となる泉の水が染み込んでいるはず。そ、それに爪にはルーン文字が刻まれているから魔力も上がる。残りはフレイヤの唾液とトールの鼻毛!フ、フレイヤはアスガルドの中でも最高位の魔法の使い手だから、魔力は爆上がりする!トールはも、毛髪でも良いんだけど、力を込める時や踏ん張る時に吐き出される息の通り道が鼻だから、鼻毛が一番栄養素が濃いの!こ、この5つをまずは集めてほしいです!」
内容の濃さと話の長さにセシルたちは思考停止したのか、どこを見ているかわからない方角に目を向けて絶句している。
あまりに変態的ーーもとい、マニアックな収集品にエイルが変人と言われる所以をリエリカも改めて痛感した。
「無理ゲーじゃねぇか…トールなんてさっき出ていっちまったし…」
「そうだ!?エイル!トールはさっき地上に調査に行くと言って出て行ってしまったぞ!?他の神じゃダメなのか!?」
「ダ、ダメ…トール以上の怪力はこ、このアスガルドにはいない…から」
外出してしまったトールのことはさておき、それを差し置いても女神の爪の切れ端や唾液もかなり無理がある。正攻法でお願いしてもまず断られるのが関の山だろう。何か策を弄して手に入るしかないーーセシルは知恵を絞って考えた。
「ジン。もう覚悟は決まった?とりあえず、集められるだけ集めてみようと思う。まだ悩んでいるなら、全部集め終わるまでには決めておいて」
「あ、ああ…わかった」
「セシル君、どうする?誰から行こうか?指名した神の元へ私が案内する」
「テュールって人のヒゲ、これがまだ一番難易度が低そうだ。リエリカ、お願い」
素材を集める気になったセシルたちを見て、浮かれ始めたエイルに見送られながらセシルたちは部屋を後にするのだった。
「リエリカ、テュールってオッサン、どんな奴なんだ?」
「こ、こら!オッサンとか言うんじゃない!テュール様は歴戦の軍師であり、オーディン様とも互角と言われるほどの戦士でもあらせられる。普段は気の優しいおじ様だから、ヒゲくらいならば快諾してくれるはず」
リエリカを先頭にヴァルハラ宮殿を歩き回り、テュールの部屋に辿り着いた。扉を3回ノックすると、すぐに扉が開き、中から出てきた人物は白髪混じりの髪をオールバックにし、綺麗に整えられた口髭を持つ紳士然とした男性が現れた。
「何か用かな…ん?おお、リエリカではないか。よく来た。友達も一緒か…ふむ、入るが良い」
エイルの時とは違い、快く部屋に招き入れられ中に入ると、部屋の壁には様々な武具が飾られており、棚には兵法などの書物が並んでいる。
「テュール様、お久しゅうございます。実は折り入ってご相談が…」
リエリカはエイルの依頼で来た旨を伝え、ヒゲを僅かばかり譲ってほしいと直球で頼み込んだ。
「な!?私の髭を…エイルはまったく。またおかしな研究で他人に迷惑をかけているのか。そういうことならばやむを得まい」
「では!少しだけ頂戴し…」
「だがしかし!それは君たちにとって、もはや試練と言っても過言ではないだろう。痛みなくして得るもの無しと言う。私と戦って髭を刈り取ってみせなさい!」
第一の素材は難なく得られると思った矢先、テュールの提案で試合をすることになったセシルたち。リエリカの話ではかなりの実力者というテュールと戦い、その隙をついてヒゲを刈り取らねばならないという。一気に難易度が増し、セシルたちの間で誰が相手をするか話し合いが始まった。
「いきなりハードモードじゃねぇか…刈り取るってことはよ、刃物の扱いが得意なヤツが相手するのが妥当だよな?」
「そういうことなら、リエリカ、イザナミ、僕の3人の内の誰かだね…」
「はい!ウチ、行きまーす!」
名乗りを上げたのは、ここのところ出番の少なかったイザナミであった。目立ちたいのか、少し鼻息荒く気合いが入っている。
「イザナミ…だったか。テュール様は搦手を得意とする老獪な御仁だぞ。いけるのか?」
「ヨユーヨユー!ウチも姑息な戦法は得意やし!」
「自分で姑息とか言うなよ…」
イザナミが前に出て、戦う意志を示した。強く頷いたテュールが指を鳴らすと、部屋は一瞬にして広場へと変わった。
「ここならば思う存分戦えるでしょう。さぁ、お嬢さん。どこからでも掛かってきなさい」
「ヒゲ、全剃りしちゃっても怒らんといてなっ♪」
「フフ、言ってくれる。出来るものならやって頂こう!」
テュールは剣と盾を構え、イザナミは両手で刀を構えた。日本剣術で盾を持つ者を相手にする場合、盾の防御は崩しにくく、盾を持つ腕を伸ばしたり引いたりすることで相手との距離感をコントロールされてしまいがちである。ましてやヒゲというピンポイントを狙うにはかなり不利な立ち合いとなることが予想された。無論、正面から戦えばーーの話であるが。
刀を構えていたイザナミの姿が消えた。速さに自信のあるイザナミならではの、機動力を活かして翻弄する作戦かに思われた。しかし、テュールの斜め後ろで小さな爆発が起きイザナミの姿は急ブレーキをかけたように爆発の手前で立ち止まった。
「ちょ!?地雷とかいつ仕掛けたん!?」
「部屋から広場へ転移させたと同時に敷き詰めておいたのだよ。盾持ちの私を相手にするなら隙を生ませて攻撃してくるのがセオリーだからね」
「指を鳴らしたあの時に!?やはりテュール様は一筋縄ではいかないか…」
心配そうに見守っているリエリカであったが、イザナミもそれならばと止められた足を再び動かし姿を消した。途端に地雷がイザナミの動いた軌跡を描くように起爆し爆発していく。しかし、よく見るとテュールを囲うように爆発が起きている。爆発で起きた煙がテュールの姿を隠すように覆い尽くしていった。
「見えなくなったな。こちらから見えないということはあのオッサンも視界を奪われたってことか。アホそうに見えて意外とやるじゃないか」
腕を組み戦いの様子を見ていたベリーサの言う通り、テュールの視界は煙に覆われていた。
煙幕の中でテュールは盾を顔の前に構え警戒している。煙の中から飛び出てきて攻撃を仕掛けてくると予想し、全方向に対応できるようじりじりとすり足で身体の向きを変えていく。
しかし、テュールの予想に反してイザナミは出てこない。次第に煙が薄れていき、せっかくの煙幕が台無しになろうとしていたその時、テュールの顔の表面を上からの風が撫でるように吹き抜けた。
「はい、おヒゲいただきました」
テュールが気付いた時にはすでにイザナミは彼の足元で屈み刀を鞘に収めていた。
「す、すごい!煙はブラフだったのか。視界を遮らない煙の上から攻撃を仕掛け、盾と顔の隙間を縫うように髭を斬り落とした!」
興奮するリエリカの言葉にテュールは自分の口元を手で確かめて納得した。
「素晴らしい。私の完敗だ。まさか本当に全部持っていかれるとはね…おかげでスースーするよ」
自慢の髭を剃り落とされたテュールであったが、イザナミの天晴れな戦法に敗れたその顔はどこか清々しくもあった。
「やべぇ…一個回収しちまったじゃねぇか…あと4つ集まる前に覚悟を決めねぇと…」
広場は再び部屋に切り替わり、リエリカたちはテュールに頭を下げて部屋を後にした。
前回の流れから、このタイトルにどう結びつくのか初見では全くわからなかったと思います←したり顔
我ながら、チャーミングなタイトルをつけられたと自負しております。
次回も素材集めのお話か、もしくは別の、、、
(オリュンポスの続きはもう少し後になりそうです)




