第四十三話 アスガルド
アリューアル砂漠から国境を越え、ようやく王国領へ戻ってきたセシルたち。
辿り着いた王都ジャニスはリエリカの言っていた通り、目も当てられない有様であったーー
道中、大きな地震に見舞われるも大事には至らなかったセシルたちは旅路を急ぎ、ようやく王都ジャニスの城門があった場所まで辿り着いた。
かつての華やかだった街並みは見る影もなく、見渡す限り瓦礫の山が続いていた。ひとまずセシルたちはイレニア魔導学院があった場所に向かい、生存者がいないか探してみることにした。瓦礫を踏み越えて足場の悪い道を歩いていく。ところどころに焼け跡があるが今はもう鎮火されたようだ。おそらく生き残っていた王国騎士団の活躍によるものだろう。
「ひでぇ…マジで何も残っちゃいねぇ…」
「何がどうなったらこうなるのか…ドラゴンの仕業か?」
「ドラゴン…そういや八岐大蛇も大概、村をめちゃくちゃにしとったけど。この規模は次元がちゃうな…やとしたら、どんだけごついバケモンなんやろ…」
王都の惨状を目の当たりにして言葉を失くしていたセシル。
学院があったと思われる場所まで来ると、建物は全壊という訳ではなく半壊という様子であったが、やはり原型を留めるまでには至らなかった。それでも他の建築物の倒壊具合に比べると、魔導学院は学生を守る為に堅固に造られていたのだと思われる。
開けた場所の中庭に移動すると瓦礫が撤去されており、そこに死傷者が等間隔に寝かされていた。外部の街から連れてこられたであろう医師と看護師が生存者の手当てを行ないつつ、騎士団が物資をかき集めて走り回っている。
しかし、治癒魔法の使える魔導士団の魔導士がいればもう少し手当ては早く済みそうなものだが、魔導士だけは1人も姿が見当たらない。
「魔導士団は全滅したのか…?医者だけじゃこの数は回らねぇだろうに…」
そこに王国騎士団、団長のダンと副団長のリエリカが大量の食糧と薬品を手にして現れた。
「むむっ!?セシルにジンではないか!」
「しっしょー!リエリカさん!久しぶりー!!」
「……む?あれが噂のリエ&リカ…ふ、ふーん…なかなかべっぴんさんやないの…てか乳デカッ!!!?ごふっ!」
イザナミが謎のダメージを受けていることなど知る由もなくセシルはリエリカと話し始めた。
「セシル君、よく戻ってきてくれた。君も感じたか?南の方で膨れ上がった邪悪な魔力を…」
「うん。何かとんでもなく良くないことが起きる前兆のような気がしてならないんだ」
「おそらくだけど…その魔力の正体はこの王都を滅ぼした悪魔だ。だとすればヘルメスが石化させられていたのも頷ける。爆心地である魔導士団の兵舎付近に残っていた魔力の残滓から悪魔の魔力を感じたのだが…南で膨れ上がった魔力も質が同じだった」
そして、リエリカの話では生存者は王宮から最も遠い外周付近にいた者くらいで、国王や学院の生徒たちにおいては未だ遺体の発見できない行方不明者を除いてほぼゼロだったという。
「そんな…」
「寮暮らしだった俺たち、帰る場所なくなっちまったな…あ、でもセシルは実家があるのか」
「うん、まぁそうだけど…。でも、こんなことが許されていいはずがない。僕は王都をこんな風にした悪魔を倒しに行く」
「セシル、お前の今の実力でこんなことが出来る悪魔を本当に倒せると思っているのか?」
ベリーサが辛辣な言葉を投げかける。確かにアウナス程度の悪魔に苦戦を強いられていたセシルが、王都を滅ぼせるほどの強大な悪魔を倒すというのは些か非現実的である。
「セシル君…一度、オリュンポスに行ってみてはどうだろうか?君が本来の力を取り戻せば、あるいは…」
ゼウスに奪われた死神の力。魂に直接干渉できる死神の力があれば、いくら悪魔が強力な肉体を持っていたとしても、悪魔の魂を切り離してしまえばただの人間となる。しかし、72体の悪魔すべてを倒さねば力を取り戻すことが出来ないーーそれがゼウスの裁きの雷の能力だ。異例とはいえ例外が認められるとは思えない。
「ん?オリュンポス?医療機器?カメラ?の会社やっけ?そんなとこ行って何するん?」
ニホンにおけるオリュンポスの認識ってどうなっているんだかーーセシルはそう思いながらも、イザナミを一瞥してリエリカとの話に戻った。
「オリュンポスへの行き方がわからないんだ。僕は元々、タルタロスに棲む神だから。オリュンポスの神の付き添いがないと行くことは出来ない」
「そうか…オーディン様の治めるヴァルハラなら私が連れて行ってあげられるのだが。誰かいないものか…」
「ヘルメスなら行けんじゃね?」
ヘルメスが石になっていることを知らない麻生であったが、その案はセシルとリエリカに光明をもたらした。
「そうか!ヘルメスの石化を解けば行ける!」
「え、ヘルメスって石になってんのか!?」
時に客観的な視点は、視野が狭くなりがちな当事者からは出ない発想が出る。
「石化なんて治るものなのか?私の中の悪魔の知識でも、それをやった悪魔を倒さない限り方法はないって感じだがな…」
「いや、実は解除できそうな人物に1人だけ心当たりがあるにはあるんだけど…少し面倒というかややこしいというか…」
いつも凛としている絵に描いたような戦乙女であるリエリカが珍しく歯切れが悪い。その場の全員が首を傾げる。
「迷っていても仕方ないな…よし、セシルくん。ヴァルハラに向かおう。慈悲の女神でありながら私と同じヴァルキリーでもある"エイル"という者がいる。彼女はありとあらゆる治療に精通した最高の名医でもあってな…彼女ならヘルメスの石化も解けるだろう…ただ、変人なんだが…」
「え?最後よく聞き取れなかったんだけど…」
「ゲフンゲフン!あ、いや、気にしないでくれ!準備が整ったら向かう…そうだな、日が沈んだ頃にここに集合で」
そう告げるとリエリカは救助活動の手伝いに戻るために中庭を出ていった。訳がわからずセシルは腑に落ちない顔をしていたが、麻生とイザナミはリエリカの言葉を聞き逃してはいなかった。
ーーあんな綺麗な顔してんのにゲフンゲフンっつった…リエリカさんパねぇ。
ーーあの女狐!なに、都合の悪いことだけセッシーに聞こえんように言うとんねん!カマトトぶってんちゃうぞ!!巨乳がなんぼのもんじゃい!
ーー変人って。これ、一筋縄でいかないやつだな…
ベリーサもちゃっかり聞いていた。
ひとまず日没までにはまだ時間があるため、セシルたちはまず例の魔導士団兵舎があったとされる場所の地下に眠るヘルメスの石像を見に行くことにした。
「うっわ…ヘルメス、マジで石になってんじゃねぇか…つーか、石像がヘルメスに激似なだけ…ってことはねぇのかよ?」
「魔導士団が伝令の神のヘルメスを崇める、そんな偏った思想を持っていたとは思えんがな」
「うん。かなり微弱だけどヘルメスの魔力を感じる。この石像は紛れもなくヘルメスだと思う」
なによりヘルメスの石像は驚愕したような表情で固まっている。きっと予想だにしない事態で悪魔に遭遇して抵抗する間も無く石にされたことが窺える。
ヘルメスの確認も済み、セシルたちは王国騎士団の救助、捜索活動を助力することにした。
日が傾き始めた頃、王都外周付近で瓦礫を手作業で撤去していると、中に人影が見えた。まだ息がある様子だ。急いで瓦礫を退けると、中にいたのは学友のワッツだった。
「ワッツ!?どうして君がこんなところに!?どちらにしても無事でよかった。今助けるよ!」
「う、うう…セシル…君?」
至る所に出血が見られるが、傷はどれも深くはなさそうだった。撤去した瓦礫の中からワッツをゆっくり丁寧に運び出すと、彼はすでに気を失っていた。セシルはワッツを背負って学院中庭にいる医師のもとへ走った。
「生存者がいた!足を骨折していて呼吸も不規則なんだ、早く診てあげて!」
ワッツを中庭に寝かせて医師に任せると、タイミングよくリエリカがやって来た。
「その子は…そうか、君の友人は無事だったんだね。よかった。セシル君、そろそろ時間だが、どうだろうか?」
「うん、行こう」
「おいおい、セシル。お前1人で行くなんてつれねぇじゃねーか。俺とお前は運命共同体だぜ!」
「え、キモチワル!なにそれ。運命なのはウチとセッシーやでな!それにあの乳女とセッシーが2人きりでランデブーなんて許されへん!」
「セシルがオリュンポスに行って強くなれば帝国の悪魔とも渡り合える。それなら私も付き合おう。それに神の領域なんて行く機会ないからな」
いつ間にか集合場所に来ていた麻生たち。結局、パーティー全員でヴァルハラ宮殿へと向かうことになり、リエリカはダンに王都での活動を任せて、ヴァルハラへのゲートを開いた。
光に包まれ現れたのは剣を突き立てた像が両脇に象られた鋼鉄製の重厚な門だった。多くの戦士、英雄を輩出しているヴァルハラならではの意匠である。
「では、皆。行こうか」
5人は開かれた門を潜り抜けると、そこには虹の橋が空へと続いていた。ビフレストと呼ばれるこの橋の先が主神オーディンの治める国"アスガルド"であり、北欧の神々が棲まう英雄の楽園である。
「虹の橋て!めちゃメルヘンやん!こんなんテンション上がるやん!……あ、コホン。ま、まぁ、こんな子供騙しの橋でウチらのご機嫌とろうとか、リエリカもまだまだやな…」
「お前、情緒不安定かよ…」
「ベリーサ、お前冷めてんなぁ…虹だぜ!?虹を渡るとか子供の時、誰しも夢に見ただろ!?」
イザナミと麻生は浮かれていた。それに対して苦笑いを隠せないセシルとベリーサであったが、リエリカだけはこの先に待つ"エイル"という変人を上手く説得できるかと心中穏やかではなかった。
長い橋を進んで行くと、雲の下からそびえ立つ崖の上に高い壁が見え始めてきた。壁の奥には黄金の宮殿らしき建物がいくつも見える。
「あれが…ヴァルハラ宮殿?」
「ああ、オーディン様の城だ。あの宮殿内にエイルがいるはず」
「プップー!エイルがいる…て!ジンくん!リエリカ姉さんのダジャレどない思います?」
「い、いや…ダジャレなのか、それ。イザナミはしゃぎすぎじゃね…?」
とうとう同レベルだと思っていた麻生にまで冷たい対応で見放されてしまったイザナミ。どうやらリエリカの耳には入っていないようであったがーー
「ここまで来て言うのも何だが、エイルはかなり変わり者なんだ。無理難題をふっかけてくるかもしれない。みんな、覚悟しておいてほしい」
「そうは言ってもそのエイルとかいう奴に石化を解かせないと話が先に進まないだろ。御託はいい。行こう」
高い壁の一箇所だけ門があり、そこを守る神兵にリエリカは挨拶すると、快く門を開けて通してくれた。
果実のなった街路樹に広い大通り、建ち並ぶ豪邸はどれも目が眩むような黄金で装飾されている。その大通りの最奥に巨大な黄金の神殿が鎮座していた。
「すごい宮殿だね…ゼウス様の神殿よりデカイや」
「石油王でも住んでそうやな…」
大通りを歩くと、周囲にはアスガルドの神なのか高貴なオーラの女性や甲冑を身に纏った戦士がこちらを不思議そうに見ている。
「リエリカ、あれは皆んなアスガルドの神なの?」
「ん?いや、あれはエインヘリヤル。神に仕える兵や侍女たちだよ。アスガルドの神は皆、宮殿から滅多に外には出ないんだ」
神の世界にも色々あるのだなとセシルは感慨深そうに周りをきょろきょろしながら歩いていく。そして、宮殿に到着すると丁度門が開いて中から何者かが出てきた。
「これはトール様。お久しぶりです」
「む?おお!リエリカか!壮健そうで何よりだ!こんなとこで会うとは珍しいではないか。どうした?」
出てきたのは雷神トールであった。リエリカも高身長だが、そのリエリカよりも更に大きく屈強な身体つきで全身が筋肉で満ち満ちていた。肩にかかるくらいの長さでゆるやかに波打つブロンドの髪。右手には、かの有名なハンマー"ミョルニル"を手にしていた。
「エイルに用がありまして。トール様はお出かけですか?」
「うむ、地上で何やら大陸が1つ丸ごと消えるという出来事があったようでな。調査するよう父から命を受けた。それよりも…お前さん、エイルとはまた難儀な奴に会いに来たのう。そっちのは?」
「はは…覚悟しております。こちらは地上で共に戦った私の仲間です」
「仲間…1人を除いて皆、何やら変わった魔力ようだが…」
トールは怪訝そうにセシルやイザナミ、ベリーサを見ている。一向に緊張が走るーー麻生を除いて。
「あーえっと、少し事情がありまして。害はありません。ご安心を」
「そうか。では、そろそろ行かなくては。エイルには気をつけるのだぞ!」
最後までセシルたちから視線を外すことなくトールは走って飛び立っていった。
「あれが雷神トール。すごいムキムキだったね。ジンよりムキムキだったよ」
「っるせーな。俺はまだ成長途中なんだよ!」
「ウチはあそこまでガチムチなんは対象圏外やわ〜。やっぱセッシーみたいなスマートなイケメンが好・き❤︎」
「イザナミ、セシルはもうリエリカと行ってしまったぞ」
恥ずかしそうに告白したイザナミの肩を残念そうに手を添えてベリーサも先に進んでいった。
「ウチの春は…どこいったんや…」
宮殿内は廊下にはシルクとウールで織られたメダリオン柄の見事なカーペットが延々と敷かれており、内部の装飾も外と見劣りしないほどに絢爛豪華なものだった。
廊下沿いには幾つも部屋がある。おそらくこの中にアスガルドの神たちが暮らしているのだろう。
しばらく進んでようやくリエリカが足を止めた。軽く扉を3回叩く。
「エイル?私だ、リエリカだ。少し話があるのだが…」
リエリカが呼びかけると部屋の中からドタバタと慌ただしい物音が聞こえてきた。そして、少しだけ扉が開いた。
「……リッちゃん?ほ、ほんとにリッちゃんだ…フヒ、フヒヒ!さ、入って入って…え、ちょっと待って…その、後ろの人たちは…誰…?」
「あ、ああ、これは私の地上での仲間だ。皆、心根の優しい子たちだから安心してくれ」
扉の隙間からゆっくりと顔だけを出してきたその人物は、ボサボサの寝癖のような長い黒髪に青白い肌で目の下には何徹したのか想像もつかないような濃いクマが出来ている。落ち着かない様子で目を泳がせ挙動不審にセシルたちを見ると顔を引っ込めた。
「む、無理!美男美女ばかり…怖い!リア充怖い!リッちゃんだけじゃないとイヤ…」
そう言って扉を閉められてしまった。
「あ、あの…リエリカ…?」
「すまない、セシル君。エイルは極度の人見知りなんだ。ひとまず私だけ部屋に入って説得する。しばらく待っていてくれないか?」
リエリカはもう一度扉をノックして自分だけを部屋に入れるよう声を掛けた。再び少しだけ扉が開くとリエリカはその隙間から部屋に入っていった。
「噂通りの変人だな。あんなに任せて大丈夫なのか?」
「ど、どうかな…でも、リエリカが治せるのは1人しかいないって言うくらいだし、実力はあるんじゃないかな…たぶん…」
「でも、ウチらのこと美男美女とか言うてたし、良い子やん!なあ?ジンくん!」
「何で俺に振るんだよ…」
ーー数刻後、部屋からリエリカが出てきた。
「みんな、許可はもらった。入ってくれ」
リエリカに誘導されるまま中に入ると、蝋燭がいくつか焚かれているだけで薄暗く陰湿な雰囲気に包まれていた。足を踏み出すと床には何やら紙のようなものが散乱している。仄かな灯りを頼りに周りを見回すと、部屋の片隅で1人掛けのソファに薄手の毛布を被って震えているエイルがいた。
ーー慈悲の女神…だったよね、この人…ほんとかな。
「エイル、本題に入る。君の力を見込んで頼みがある。魔法によって石化された者のその石化を解除してほしいんだ」
「せ、石化…無理!そ、そそ、そんなのやったことないもん…」
あっさり断られてしまった。セシルが口を挟もうとするとリエリカは腕を出して静止し、エイルの説得を続けた。
「君なら出来る。ではこうしよう…私たちがエイルの願いを何でも1つ聞く。それでどうだろう?」
「願い?フ、フフ…ほんと…に?何でも?」
エイルの目つきが変わった。何やら麻生の方を見て不敵な笑みを浮かべ始めた。2人の背筋に悪寒が走る。
ーーリエリカ、そんな約束して大丈夫なのかな…何かイヤな予感が…
「そ、そこの人…人間でしょ?私に改造手術をさせて…ほしい!キャハー!い、言っちゃった!」
エイルは自分の発言に1人ではしゃいでいる。
「待て待て待て!!なんだよ、改造って!?冗談じゃねぇ!!俺を仮面のヒーローにでもする気か!?」
「ジンくん、それ…誰にも通じひんって…」
エイルの願いとは、改造人間を作り出すことだった。果たして、麻生は受け入れることが出来るのかーー
宣言通り、オリュンポスの戦いは一旦お休みして、久しぶりの主人公登場です。
アスガルドの神、慈悲の女神エイルの変人設定ですが、どう変人にするかかなり悩みまして、、、
変態的か、腐女子か、マッドサイエンティストか、、、変態的にすると物語の雰囲気が破綻しそうだったので却下。
腐女子も私があまり生態を知らないのでどうキャラ作りしたらいいかわからないので却下。
あ、決して腐女子=変人という認識ではないので、あしからず。セシルと麻生にBLを強要してくるとかそんな感じで考えていただけですので、、、
ともあれ結果的に無難なマッドサイエンティストに落ち着きましたとさ。
麻生くんは仮面ラ⚫︎ダーになってしまうのか!?




