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第三十九話 バルバトス

ベリーサの強力な魔法で仕留めたかに思われたが、アウナスは生きていた。

セシルたちとアウナスの最終決戦が始まるーー


 ずっとオネエ口調だったアウナスも怒りのあまり地が出たのか、荒々しい口調で殺気立っている。セシルたちを睨みつけながら頭部の尾っぽをうねうねと振り回して、どのように攻撃を仕掛けるか様子を見ているようだ。


「貴様ら楽に死ねると思うな…この形態になったらもう加減はできねえからなぁっ!!」


 アウナスは右の人差し指を天に翳して魔力を集め出した。指先に半透明の黒い球体が出現し、それはみるみる巨大化していく。


「天地圧殺!!」


 その瞬間、球体は爆発的に拡がりセシルたち全員を呑み込んだ。その瞬間、全員が地面に叩きつけられたーーいや、強力な重力場が発生し地面に引き寄せられたのだ。

 大地が本来持つ重力であればどれだけ強力になろうとも砂漠の砂に叩きつけられてもめり込んで砂に埋もれていくはずだが、そうはならなかった。球体の中の空間だけに発生した重力が底に向かって作用しているため、球体の底に身体が引き寄せられ押し付けられている。

 誰1人として立つことはおろか苦痛の声を出すことすら出来ない。身体中の骨がミシミシと軋むほどの圧力は完全にセシルたちの自由を奪った。


「この空間の重力を最大値にまで上げた時、お前たちはそのまま亜空間に引き込まれて消滅する。終わりだ」


 いわば、この重力に満ちた球体は宇宙空間に存在するブラックホールと同じである。極限まで高まった重力によって生み出される高密度に圧縮された空間内では時空が歪み、あらゆるものが呑み込まれる。この重力から逃れるための速度は光の速さを以ってしても不可能なため、球体内の重力が強まるほどに光も出られない漆黒へと変化していく。

 アウナスは天に翳していた右手を開き、遠隔で球体を握り潰すようにゆっくりと手を閉じてゆく。

 気を失いそうなほど圧迫され呼吸もままならなくなってきた中、セシルたちを閉じ込めていた球体は突如として風船のように弾けて割れた。


「っはぁっ、はぁっ、はぁっ…な、何が……」


 重力場から解放されたセシルたちは何が起きたのか全くわからないでいた。途切れ途切れの呼吸を落ち着かせ、虚ろな目でアウナスがいた方向を見るとアウナスの身体には首がなかった。頭部はアウナスの足元に転がっている。誰がやったのかを考えてみるが、ベリーサやイザナミ、麻生たちも重力球の中に囚われていた。あの状況で動けたとは思えない。

 セシルは何とか起き上がって状況確認をしようとするが、まだ全身にひどい痛みが走って上手く力が入らない。


 ーーどうなっているんだ。誰がアウナスを……


 必死に周りを探そうとするセシルの目の前に突然、立ち塞がる人影が現れた。目の前には革のブーツを履いた足。セシルは少し首筋に力を入れて視線を上に向けていくと、狼の剥製の頭部以外の部分は引き伸ばして敷物にしたような毛皮のマントを羽織り、男の肩にその頭部が収まっている。そんな蛮族のような野生味あふれる雰囲気かつ体格の良い男が鋭い眼光でこちらを見下ろしていた。まるで野獣のようだ。


「だ、誰…?」


 琥珀色の眼球に爬虫類のような縦長の瞳孔をしたその男の目はじっとセシルを見下ろしたままで、何も答えようとはしない。徐々に痛みが治まってきたのでセシルは地面に手をついてゆっくりと立ち上がった。立ってみて初めて気が付いたが、男はかなり大柄だ。セシルが幼児に見えるほどの背丈の差がある。


「……少年、死神はお前か?」


「……どうしてそれを…まぁ、元…だけどね。で、何者なんだい?」


 男は後方へ飛び退き、背中に懸架していたセシルと同等の大きさの剣ーーバスターソードを構えながら答えた。


「帝国三魔将、バルバトス」


 セシルはその名を聞いて戦慄した。王宮を襲撃したヴァサーゴ、エルフの里を襲い修練窟内で襲撃してきたルナ・ディアス。どちらも圧倒的な強さに苦戦を強いられた三魔将ーーその最後の1人が目の前に立っており、剣を構えているのだから。


「どうして三魔将がこんなところにいるんだ!アウナスを仕留めたのはあんたなのか?」


「……ここ帝国領。俺の管轄。好き勝手に暴れてる奴いたら殺す。だから殺した」


 悪魔は群れない種族と聞き及んでいたが、同族でも容赦なく制裁するその感性に改めてセシルは悪魔の恐ろしさを痛感した。そして、あのアウナスをおそらく一撃で仕留めたその腕前からも、ここで戦うのは愚策ーーそう考えたセシルはなんとか説得を試みようと話を続けた。


「あの、僕たちはこの砂漠にある生命水が必要だっただけなんだ。ここであんたと争う意思はない。生命の水を採取したらすぐに出ていく。だから、今日のところは見逃してくれないか?」


「俺、お前強いって聞いた。だから戦ってみたいだけ。殺しはしない。ダメか?」


 これまで相対してきたヴァサーゴやルナとは、どうも毛色が違う。闘争本能だけで生きている武人のような物言い。しかし、セシルはアウナスとの戦闘でだいぶ疲弊している。このまま戦っても勝ち筋は見えない。


「僕は今、アウナスとの戦闘でかなり消耗しているんだ…そんな状態で戦っても満足してもらえないと思う…けど?」


 なんとか戦闘回避しようと必死に訴えかけるセシルにバルバトスは懐から取り出した小瓶を投げた。


「それ、飲んだら回復する」


 敵から渡されたものを信じて口にしていいものか躊躇われる。しかし、引いてくれそうな様子はない。ここで相手をしなければどのみち生命水を採取することは難しいだろう。

 セシルは覚悟を決めて小瓶のフタを開け一気に口に放り込んだ。すると、みるみる傷は癒え全身に力が漲ってきた。ここまでの施しを受けて相手の意向を無視するほど姑息にはなれない。セシルは大鎌を構えて戦闘態勢に入った。


「全力で、来い」


「言われるまでもないね」


 2人は同時に飛び出した。双方ともリーチの長い得物。2人の攻撃は空を斬り突風を巻き起こし、得同士がぶつかれば火花が散って砂が撒き上がる。持つ手が痺れるほどの速く重い攻撃。

 麻生たちもすでに起き上がることが出来るくらいには回復していたが、加勢する隙もない激しい戦いにただ見守ることしか出来ずにいた。


「なぁ、ジンくん。あの野獣みたいなん誰?」


「俺が知る訳ねぇだろ…こっちが聞きたいくらいだぜ」


「誰かはわからんが、アウナスをやったのはおそらくあやつだろう」


 激しい斬り合いが止み、双方は一旦距離を取った。パワーでやや押し負けてはいたが、それを速さで補ったセシル。どちらも決定打となる攻撃は決まらず互角のように思われた。


「お前、なぜ魔法使わない?」


「いやいや、詠唱する隙がないだけだよ。捌くので精一杯だって」


「……そうか」


 バルバトスはバスターソードに手をかざし魔力を付与すると剣はバチバチと黄金色の電気を帯び始めた。


「次は大技で、いく。死なないよう気をつけろ」


「雷属性…雷にはトラウマがあるんだけどな…」


 魔力を帯びたバスターソードを真上に掲げバルバトスは闘気を放ち始めた。凄まじい闘気に大地が揺れる。まともに食らえば確実に死ぬーーそう思わせるほどの気迫。セシルは天叢雲剣をもう片方の手に握り、大鎌と刀を交差して魔法障壁を展開した。

 バルバトスの咆哮とともにバスターソードが振り下ろされると、地面に沿って雷撃が走り抜け地が裂けていく。目前に迫り来る雷の衝撃波にセシルは全魔力を障壁に注ぎ込み維持している。障壁にぶつかった瞬間、衝撃波の圧力にセシルは後方へと押し出されていく。


 ーーぐっ、圧が強すぎる…障壁が保たない…


 障壁に注いでいた魔力を大鎌と天叢雲剣に移し交差させたまま衝撃波を打ち消すために技を放った。

 障壁が砕け散ったと同時にセシルの技が衝撃波にぶつかる。激しくぶつかりあう互いの衝撃波は均衡を保ったままその場で燻り合っている。そして、限界を超えた衝撃波は大爆発を起こした。

 舞い上がる砂煙。空爆でもされたかのような爆炎が立ち昇る中、砂煙とともに中から吹き飛ばされたセシルが数メートル離れた場所に落下した。


「セッシー!!」


 麻生たちが慌ててセシルに駆け寄ろうと前のめりになるが、ベリーサがそれを静止した。


「まだ決闘の途中だろ。大人しく見てな」


 煤まみれではあるが、セシルは立ち上がった。負傷こそしているものの命に別状はないようだ。

 それを確認したバルバトスは大きく息を吐き出し、剣を背中のホルダーに戻すとセシルの元へと歩み寄ってきた。


「俺、満足した。今度は会う時は、命の保証しない」


 差し出された手を掴み握手を交わすと、バルバトスは指笛を吹いた。どこからともなく上空に巨大な翼竜が現れた。


「ド、ドドド、ドラゴンじゃねぇか!!」


 麻生が面白いほどに狼狽えているが、少し前に八岐大蛇を討伐したセシルとイザナミは見慣れたのか空を舞う鷹のようにしか見ていなかった。

 バルバトスは高く飛び上がり翼竜の背に乗るとそのまま飛び去っていった。


「あいつ、結局何がしたかったんだ…?」


「あの人は三魔将のバルバトス。僕の腕前を見たいって言ってた」


 頭を掻きながら戻ってきたセシルの言葉を聞いて麻生たちは唖然とした。たしかにここは帝国領内。三魔将に遭遇しても不思議はないが、アウナスを仕留め、セシルの腕前を見るために戦っていったりと予測のつかない行動にただただ呆然とするしかなかった。


「そ、それより、早く生命水を回収しませんか?」


 エルフの里で皆が苦しんでいる。そのためにここまで来て、ようやく邪魔が入ることなく生命水を回収できる状況が整ったのだ。同胞を想うグレイスの提案で皆は手際良く採取を始めた。


「ここまでマジで色々ありすぎたぜ…セシルなんて一度死んだもんな…」


「ハハ…面目ない」


「それにしてもセシル、さっきのバルバトスの攻撃…よく耐え切れたもんだの」


「あの男が本当に本気を出していたら、きっと死んでたわよ…あなた」


 ベリーサの言う通り、バルバトスは本気を出していなかった。"殺さない"と戦う前に口にしていたことから、無意識かもしれないが殺さないようある程度、力を加減していたに違いない。あれほどの技を放っても尚、平然としていたのがその証拠だ。

 常人であれば、あの攻撃は命を削らない限り到達できないほどの威力だった。


「そうだね…他の三魔将も手強かったけど、魔力だけじゃなく純粋に武力も高かったから3人の中でも一番強いのかも…」


 いずれ倒さねばならない悪魔たちとはいえ、まだまだ力の及ばない三魔将の脅威に更なる精進を決意しつつ、生命水の回収を終えたセシルたちはエルフの隠れ里へ戻ることにした。


「そういえばイザナミは別として、ドレイクとベリーサはこれからどうするんだい?」


 ドレイクは帝国領から出てラグナスで仕事をするために関所まで来ていたところセシルたちと出会い、帝国領を案内してくれるという形で同行することになった。ラグナス王国領に戻れば、ひとまずは同行した目的も果たされたことになる。ベリーサもアウナスを倒すという共通の目的があった故の共闘だったため、アウナスが滅びた今、行動を共にする義理はなくなった訳だがーー


「私は元は帝都に住んでいた…が、この力のせいで帝国軍から執拗に勧誘され断ったら嫌がらせを受けた。先ほどの男と同じ三魔将のヴァサーゴという男にな。周りに迷惑もかけられないと逃れるようにこの砂漠で暮らし始めたんだが、そこでアウナスにやられてな。お前たちが帝国を相手取るというなら、私も意趣返しがしたい。協力しよう」


「ワシはそうだのう…王都に近い街か村のどこかの工房で働き口も探さねばならんし、ひとまず関所に戻ったらお別れかの」


 ドレイクの言葉を聞いてセシルはハッとした。


「王都…そうだ、王都が滅んだんだ…色々ありすぎて忘れていた。ヘルメスも石化されたっていうし…ごめん、グレイス。王国領に入ったら僕も王都の跡地に向かいたいから、エルフの里には一緒に行けない」


「は…はあっ!?王都が滅んだ!?何の冗談だよ!?」


「砂漠に出発する前にリエリカから報告を受けて、それっきり連絡はないから状況はわからないけど。学院のみんながどうなったかも気になるし…」


「わかりました。本当に今までありがとうございました。では、関所を越えたらお別れということで」


 それぞれの目的のためにグレイス、ドレイクとは別れ王都に向かうことにしたセシルたち。ひとまず一行は関所に向けて歩き出すのだった。

ついに三魔将の寡黙キャラ、バルバトスともやりあっちゃったセシル。

寡黙というか、口下手というか、地味にカタコトっていう。

卑劣なヴァサーゴ、妖艶なルナ、寡黙なバルバトスとクセの強い3人。いや〜なんともベタなキャラ設定!←自虐


次回は再びオリュンポスの様子を現場からお伝えしまーす!←報道番組か

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