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第三十七話 廻る死神

八岐大蛇がいる場所まで戻ってきたセシルたち。

強敵、八岐大蛇との再戦が始まろうとしていた。


 イザナミより先に出発し、八岐大蛇がいる場所の近くまで戻ってきたセシルは様子を窺っていた。まだまだ消える気配のない周囲の蒼炎に囲まれている影響でこの辺り一帯が異常な暑さとなっている。汗を拭いながらイザナミを待っていると、セシルの視界が急に真っ暗になった。


「だーれだ?」


「イザナミ…ちょっと暑くてイライラしてるんだ。手を退けて」


 視界が開けたので振り返ると、着物姿で美脚を露わにしたイザナミが真後ろにいた。


「……大蛇に色仕掛けでもするの?」


「セッシーどこ見てるん…えっちやなぁ。ま、セッシーもまだまだお年頃やもんね!」


「はぁ…お年頃だけど、イザナミには興味ないかな。そろそろ準備して。行くよ?」


 辛辣なセシルの返答にイザナミは白目を剥いて硬直した。緊張しているのか、表情の堅いセシルはイザナミの服装が変わったことにも気付くことなく、大蛇の方を見つめこの後のイメージトレーニングをしていた。


「冷たいなぁ…まぁええけど。ウチはいつでもええよ」


「……あのさ、急に馴れ馴れしくなったような気がするんだけど、気のせい?」


「フフフ、ウチも心機一転、いつもの仕事服に着替えてシン・イザナミちゃんになったから、ここからはも少しセッシーと距離を詰めてみよーかな〜なんて」


 ここに来てよくわからない理由で馴れ馴れしくなったイザナミに頭を掻きながらセシルは数秒後に物陰から飛び出した。

 射出系の魔法を放って八岐大蛇の注意を引きつけ、大蛇がセシルの姿に気付くと同時に浮遊魔法を最大スピードにして上空へと一気に加速した。作戦通り、大蛇の首はセシルを追いかけて上を向いた。しかし、上を向いていたのはあくまで半分ーー4本の首だけであった。


「ウソやろ…アイツ、どんだけ警戒心強いねん…」


 早くも作戦が頓挫しかねない状況になりイザナミは物陰から攻撃を仕掛けるのを一旦踏み止まった。セシルの方を見上げている首は蒼炎の波動砲を放つ準備段階に入り、4本の首が蒼く光り始めた。8本全てではないにしてもその半分の威力と範囲。セシルの位置を十分に捉えていた。


「8本全てじゃなくても放てるのか!?このままじゃやられる…っ!」


 セシルを見殺しにする訳にもいかない。イザナミはひとまずセシルの方を向いている4本の首を落とすことにした。

 イザナミが動き出したのを見てセシルは上昇を止め、作戦とは別の行動に出た。


「セッシーどうするつもりなん!?考えてもしゃーないな…いくで!!虚空死星斬!!」


 イザナミは駆け出して上を向く4本の首の中間を辺りを狙って斜め上に飛び跳ねると、鞘から目にも止まらぬ速さで抜刀し、4本の首を瞬く間に落とした。イザナミの身体が最高到達点に至り、そこから下降を始めた時、セシルがクロスオーバーするように落下していった。


「闇を刈り取る黒嵐の刃よ、ファルクス・テンペスタース!!」


 落下しながら大鎌を構えたセシルは身体を水平に高速回転させ、刃のついた円盤の如く飛び回り八岐大蛇の残った4本の首を一気に掻っ切った。


「ウソー!?そんなん出来るん!?でも、千載一遇のチャンス、いただきっ!」


 イザナミは空中を蹴ってバク宙のような動きをすると、落下地点を八岐大蛇の本体、首の付け根あたりに調整して刀を真下に向けながら突き刺した。

 首が1本でも残っていれば結界によって刃は通っていなかっただろう。セシルの機転により全ての首の斬首に成功し、結界は解除されイザナミの刀が心臓を貫いたのだ。

 根元まで突き刺さった刀を華麗に抜き取ると、傷口から大量の血飛沫が噴き出し、血の雨となって地に降り注いだ。

 回転を緩めて着地したセシルはフラフラになりながらイザナミの元へやってきた。


「や、やった?」


「オフコース!!」


 イザナミの謎の言葉にハテナマークを頭の上に浮かべながらも、雰囲気で察したセシルはようやく怪物を討ち取ったのだと安堵し、膝から崩れ落ちるように座り込んだ。血の雨を浴びて真っ赤に染まった2人は互いの健闘を讃え合い握手を交わす。

 すると、噴き出す血の雨と共に一振りの刀が鞘ごと降ってきて地面に突き刺さった。


「イザナミ…なんか降ってきたよ?」


「ん〜?こ、これは…神刀"天叢雲剣(アマノムラクモ)"や!」


 イザナミの話によればーー八岐大蛇は元はこの地の守り神である白蛇であった。そして、その白蛇を祀る祠があり、そこに一緒に祀られていたのが天叢雲剣だった。この刀は白蛇が脱皮したその皮を使って神に仕える刀工が打ったと言い伝えられている。

 ある年から出雲の国を治めることになった信仰心の薄い豪族がおり、この豪族は祠に供える国民からの米や作物といった貢物を横領し続け、やがては生贄が必要になるとまで虚言を吐き近隣の村々から15歳までの娘を毎年1人差し出させ始める。その娘たちは祠で豪族に幾度となく弄ばれた後、証拠隠滅のために殺された。

 その娘たちの怨念が積もりに積もって発生した瘴気が白蛇を包み、邪気の満ちた八岐大蛇へと変貌した。おそらくは白蛇が八岐大蛇になった際に天叢雲剣を呑み込んでしまったのではないか、ということだった。


「え、じゃあこれ蛇の皮なの?それってしょぼくない?」


「アホなこと言わんとって!神刀やで!ウチの刀"布都御魂(フツノミタマ)"と同じくらいヤバイんやから!ナメとったらアカンで!」


「いや語彙力…」


「ウチはこの子おるし、今回の報酬代わりにセッシーもろといたら?大鎌と神刀の二刀流とかカッコええやん!」


 カッコいいかどうかはまた別として、手札が増えるのは歓迎だとセシルは天叢雲剣を受け取った。イザナミが刀の使い方を教えるとドヤ顔で言ってきたが、セシルは以前、リエリカに剣の修行をつけてもらっているから不要だと断った。


「ふーん、そう…てか、リエリカて。なんなんその名前…リエとリカの漫才コンビみたいな名前やん。キキララと被ってるて。刀は奥が深いんやで…使えんくても泣き付かんといてや」


 明らかに不機嫌になったばかりか、ここにいないリエリカの名前に噛みついてきたイザナミをなだめながらセシルは話題を切り替えた。


「でもこれでようやく僕は元の世界に戻れる…んだよね?どうしたらいいんだろう?」


「ん?あーちょっと待ってな。とりま閻魔さまに報告するわ」


 イザナミは人差し指で自身のこめかみをモールス信号のようにテンポ良く打ち、念話を始めた。


"えーこちらイザナミ。八岐大蛇の討伐、完了しました〜"



 その報告を受けた瞬間、冥土の閻魔堂では鬼も死者の魂も閻魔も皆が盛大な拍手とともに喜びに沸いた。腕利きの者を幾度となく向かわせたが、成果を得ることが出来ず、長きにわたり出雲の国を覆っていた恐怖をついに今日破ることが出来たのだ。八岐大蛇の犠牲になり、ここにいる魂も少なくない。その偉業を讃えない者などいるはずがなかった。


"よくやった。ご苦労だったな。まさかあの怪物を討伐する者が現れるとは…見事だった。最初に聞いた時は他所の次元の魂など連れて来よってからに…と思っていたが、いやはや嬉しい誤算だったな"


"は、はは…その節はもう置いておきましょうよ…。ま、まあ、討伐できたのはウチの活躍があればこそ、ですけどねい!つきましては、この者の身柄を本来の次元に戻して頂けると〜"


"うむ。そうだな。では、イザナミよ。門を開ける。お前が出口まで案内してやるがよい"



 念話を終えたイザナミの前に突如、大きな襖が現れ開いた。中には岩壁に覆われた一本道が延々と続いており、先の方は暗くて何も見えなかった。


「ここを通っていけば、セッシーの世界に戻れるで!こっちの世界にはもう何の未練ない?」


「うん、ないね」


「即答かい!まぁ、来たくて来た訳ちゃうしな…そりゃそうか。ほな、セッシー!ウチについて来て!」


 イザナミが襖の先へと進み、それにセシルも続いた。安否不明の麻生たちの元にようやく戻れるという思いとは逆に、度重なる大技の発動と最大出力の魔法障壁の展開など八岐大蛇との激闘で著しく魔力を消費をしたということもあり、セシルの足取りは重かった。


「イザナミ、ちょっと休憩しない?さすがにあの戦いの後にこれだけ歩かされるとは思ってなかったから、疲れたよ…」


「あらら、ほんじゃちょっと休憩しましょか。にしてもセッシー、もっと足腰鍛えんとアカンのとちゃう?ウチなんてこのとーり、ピンピンしてるで!」


 答えるのも面倒なのかセシルは地面に腰を下ろして俯いている。微妙な空気感にイザナミも腰を下ろすことにした。


 ーーえぇ…けっこうガチめのやつやん…気っまずいなぁ…喋らんほうがええんやろうけど、喋らなこの空気感に耐えられへんで、ウチ!


「ま、まあ、蘇って早々にあんなんとやり合うたんやし、ちょっと目覚めの運動にしてはオーバーワークやったかもな!ハハ!朝起きて30分もせん内に24時間マラソンに出場させられて完走した…みたいな感じやもんな!そりゃ地面にも座り込むってなもんですわ!」


 返事がない。


 ーーえ、ウソウソ!?ただの屍になってもーた?!いや、ウチの話がおもんなさすぎたんか…よー考えたらセッシー、絶対24時間マラソンとか知らなさそうやし…


 実際に喋っても返事がないため脳内で自問自答を繰り返していると、セシルが立ち上がった。


「お待たせ。瞑想したから少しだけ回復したよ」


「瞑想してたんかい!無視すなや〜ウチ泣くか思たわ」


「ごめんごめん。さ、早く行こう」


 気を取り直して残りの道を足早に歩きだし、ようやく道の先に光が見え始めた。セシルは駆け出して一気に出口へと飛び出した。


「ちょ、待ってぇな…はしゃぎすぎやって!」


 長い一本道を出たその先は、アリューアル砂漠に向かう途中で立ち寄った名もなき村の付近だった。


「あれは…砂漠の前の村。戻って来れた!」


 少し遅れてイザナミも出口を出てセシルに追いつくと、開いていた襖が閉じていき、そのまま消え去った。


「ん?……え?あれ?え、ウソやろ!?ちょ、アカンアカン!何で消えるん!?ありえへんて!!」


「イザナミこそはしゃいじゃって、どうしたの?」


「門が消えてもーた!ウチ帰れへんやん!!」


 イザナミは焦ってこめかみを指で叩き念話を試みるが、繋がらない。

 どうやら時間経過とともに消える仕組みのようだったらしく、セシルが途中休憩を挟んだことでまだ中に人がいると判断され閉じることはなかったが、2人が出終えたタイミングで消えてしまったのだという。


「僕を冥土に連れていった時のように自分の力で戻ることは出来ないの?」


「試してみたけど、ムリっぽい…門が開かへん」


 セシルの魂を回収しに来た際は近くに日本人である麻生がいたことで、偶発的に門が開いたらしいが、今回はその麻生も不在。自力で門を開けることは出来ないらしい。


「なんていうか…うん。これからもよろしく…」


「いやこれからもよろしく違うて!!どうしよ〜」


「メガリスにいる冥界の王ハデスなら方法を知っているかもね…でも、ごめん。今、ハデスとはあまり関わりたくないから…しばらくは我慢してくれないか?」


 パンドラと話して気付かされたことだが、セシルが神の力を失った出来事も含めて、きな臭いハデスとは関わりたくないというのがセシルの本音だった。


「何かワケありなんやな…りょーかい。ほな、しばらくはこっちでセッシーの手助けするわ。八岐大蛇の件もあったし」


 話がまとまったところでセシルたちは村の中に入り、ひとまずひと息つくのに酒場へと向かった。前に来た時はドレイクに情報収集を任せて酒場には来なかったため、初めて足を踏み入れる場所だが、店内は閑散としている。

 隅の方でローブを被って項垂れている客が1人いるくらいだ。

 セシルたちはその客の席から少し離れた場所に腰を下ろして飲み物と簡単な食事を注文した。


「ところで、今更なんやけどセッシーは何で死んでもーたん?」


「話せば長くなるけど…」


 そう言ってセシルはまずこの世界で起きている現状と、それからエルフの隠れ里で起きた襲撃事件以降からアリューアル砂漠で生命の水を探し求めて悪魔と戦った経緯までを話した。


「なっが…ちょっと油断してたわ。めちゃめちゃコッテリなお話やなぁ…。まぁでも、これで合点がいったわ!なんでセッシーがそんなに戦えるんかと思てたけど、そういうことやな」


 イザナミが干し肉をかじりながら納得していると、急に背後からセシルが肩を掴まれた。イザナミが刀の柄に手をかけ立ち上がる。


「セ、セシルさん…ですよね!?」


 慌てて振り返るとそこには、隅の方でローブを被っていた客ーーグレイスだった。


「グレイス!!よかった!無事だったんだね」


「う、うう…それはこっちの台詞です…よかった。生きていてくれたんですね」


「なになに、知り合い!?焦るやん、もう!気配消しながら近づいてくるから暗殺者か思うたわ…」


 思いがけぬ再会に涙を流し、セシルにすがるようにグレイスはその場で座り込んだ。ひとまずグレイスを落ち着かせ、アウナスとの戦いで命を落とし冥土という死の国へ運ばれてから今に至るまでの内容をグレイスに話して聞かせた。


「で、僕をうっかり冥土に拉致した張本人がこのイザナミだよ」


「……なんか紹介の仕方に悪意を感じるんやけど…。どうも!冥土の死神、イザナミちゃん17歳です!」


 ーーおいおい、数百年は生きてるんじゃ…


「あ、私はグレイスと申します。それにしてもドラゴン退治ですか…なにはともあれ帰ってきてくれてよかったです。アソーさんとドレイクさんはどうなったのでしょうね…」


「ごめん、それはわからない。でも、イザナミの話だとジンはまだ死んではいないみたいだよ」


 安否不明であるが、まだ生きてはいる。そこに一縷の望みを賭け、3人は生命の水の回収と麻生たちの救出を行なうべく再びアリューアル砂漠へと向かうことにした。

 前回同様に砂嵐対策はグレイスに任せ、対アウナスはセシルとイザナミの2人が対応することになった。しかし、前回の敗因となったアウナスの砂地獄への対策を立てなければ同じ轍を踏むことになる。

 そこでイザナミから提案があった。


「その砂地獄とかいうの、流砂のことやろ?たぶん重力を操って作り出してるんちゃうかな?局所的に重力を変化させて岩盤に圧力かけて小さな地震を起こす。その地震で砂漠の下の地盤を液状化させることで、足元と接地してる表面の砂が陥没して呑み込まれるっちゅー仕組みやと思うんやけど」


「セ、セシルさん…この人、天才ですか…」


「僕も初めてイザナミを尊敬した…」


「なあ…ウチのことバカにしてるんやったら帰るで…って帰りたくても帰れへんけどね!!」


 イザナミの説が正しければ、アウナスは重力魔法で砂地獄を起こしている。であれば、砂地獄が発動した場合は砂の下の液状化した地盤を凍らせる、もしくは石化で固めてしまえば流砂は止まり抜け出すことができるーーということで対策することにした。


「次こそアウナスを倒す。行こう、アリューアル砂漠へ」

腕は立つのにどこかマヌケなイザナミちゃん17歳(詐称)、加入!

関西弁のアホなキャラがいるとやっぱ盛り上がりますね!←盛り上がってるの私だけかもしれませんが


両手に華となったセシル。次回、アウナスとの再戦へ。

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