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第三十六話 冥土印蛇蛮

閻魔から提示された任務ーーオルテシアへの転送を条件に日本の出雲の国に転生したセシルと、お目付役兼サポーターのイザナミ。

2人はその地を荒らす怪物、八岐大蛇を退治するため目的地へと向かうがーー


「イザナミって、戦えるの?」


「えっ!?急に何ですか!?ま、まさかセッシー、ウチに戦えと!?」


「いやだって、エンマに手伝ってやれって言われてたじゃん…」


「ええと、戦えなくもないんやけど…あまり気が進まへんというか…援護はするんで!」


 農道をしばらく歩いた後、天が淵へと続く街道に出た際にセシルはようやく気なっていたことを尋ねたが、やはりあまり期待できなさそうな反応であった。

 山々に囲まれた街道は人の往来がなく、道の草木は枯れ果てており寂れていた。見るからに郊外の田舎といった感じだが、セシルは一つ気になることがあった。


「このへんは魔物とかって出ないの?」


「魔物?あ〜物の怪のことですかね。出ぇへんこともないんですけど、今はほら…八岐大蛇が暴れとるせいでみんな鳴りを潜めてるって感じです」


 ーーなるほど。ということは、やっぱりドラゴンというだけあって相当な強さなんだろうな。


 強敵と対峙するにはあまりにも心許ないパートナーに、セシルは少しばかりため息を漏らした。

 しばらく歩くと、賽の河原から渡った川の大きさに比べれば劣るが、それでも湖と遜色ない広さの大きな川が見え始めてきた。


「あれがアマガフチかい?ドラゴンの姿は見えないようだけど…」


「あいつ、意外と頭いいんで川の中に潜って隠れとるんです。で、こちらが安心して川に近づいてきたら獲物をバクッ!ですよ」


 ーー首が8つもある上に狡猾とは骨が折れそうだ。


 川まであと数メートルほどというところでイザナミが足を止めた。見たところ川は穏やかに流れており、特に変わった点は見受けられない。


「ウチが川に向かって走って水面に衝撃を与えるんで、そしたらたぶん八岐大蛇が水中から出てきよるはずです。あいつは8本の首を同時に斬り落とさんと胴体に結界が張られていて心臓への攻撃ができず仕留められんので、姿を現したら一気に大技で全ての首を刎ねてください」


「え、ちょ、ちょっと待って。8本同時!?それ、もし1本でも刎ね損なったらどうなるの?」


「刎ねられた首を再生しながら残った首で攻撃してきよると思います。そうなると心臓は狙えへんので全部の首の再生待ちになって、さらには戦いが長期化するんでウチらが不利ですよね?なので、よろしゅう頼んます!」


 セシルが返事をするよりも前にイザナミは川へと走り出した。心の準備もままならないままセシルも仕方なくイザナミの後に続き、大鎌に魔力を込め始める。


「臨、兵、闘、者、皆、陣……」


 イザナミは走りながら九字を切り、川に向けて掌から波動のようなものを出すと、その衝撃波は間欠泉のように川の水面を噴き上がらせた。

 それに怒り狂った八岐大蛇がイザナミの狙い通り水中から姿を現した。しかし、大技を放つつもりで準備していたセシルは一瞬戸惑いを見せた。


「いや、これは……大きすぎる!!イザナミ!!僕の技じゃこの8本同時は無理だ!」


 現れた八岐大蛇はセシルが想像していたよりも数段大きかった。オルテシアにもドラゴンは存在しているが、その3倍ほどはある。もはや小さな山と言っても過言ではないサイズであった。


「嘘やろー!?ウチの頑張り返してくださいよー!!」


 衝撃波を放ってすぐ退避していたイザナミはまさかのセシルのお手上げ宣言に対して岩陰に隠れてブーブー言っている。返さなきゃならないほど頑張りもしてないだろ、と心の中で思ったセシル。しかし、彼も何もしていない訳ではなかった。浮遊魔法で八岐大蛇の目線の高さまで上昇すると、とにかく技をぶつけてみることにしたのだ。


「漆黒の闇より出し解放者よ、我が敵の御魂を現世より解き放て!!ヴィンデックス・アトラ・ノクティス!!」


 大鎌の刃先に魔力球が浮かび上がり、セシルの詠唱とともに弧を描いて垂直に振り抜くと、8つの巨大な漆黒の刃が八岐大蛇めがけて飛んでいく。しかし、やはりセシルの言った通り、それぞれが不規則に動き回る長い首を8本同時に落とすことは適わず、命中し落ちたのは3本だけだった。


「あちゃー3本かぁ…なっかなか厳しいなぁ。しゃーない。面倒やけど、ウチもやるしかないかぁ…」


 そんなことを呟きながらイザナミは虚無の空間から日本刀を取り出して腰に携えた。納刀したまま柄に手を掛け八岐大蛇に向かって走っていく。そして、大蛇(オロチ)の真下まで来ると天空に向かって飛び上がった。


「冥土印蛇蛮!!」


 ーーえ、メイドインジャパン?変わった技名だな…


 名前はともかく、その一連の動きはまさに刹那だった。イザナミは飛び上がると同時に抜刀すると、まず真上の首を落とした。そこから虚空を蹴って方向転換すると次の首、また次の首と落としていき、最後の首を落とすまでの時間はわずか2秒弱。しかし、落ちた首は4本だった。


「イザナミ…すごいな。リエリカの剣技よりも速い」


「え…ちょと待って……まだ1本残ってますやん!?アカン!計算間違えたー!」


 イザナミの言葉を聞いてセシルは褒めたことを少し後悔した。どうやらイザナミの技が至らなかったのではなく、8引く3を4と計算間違いしたために1本残ってしまったということらしい。

 落ちていた首は瞬く間に霧散して消滅したが、セシルが落とした3つの斬り口からはすでに首が再生を始めていた。


「本当に8本同時じゃないとダメなのか…」


「せやねん!ホンマに面倒なんです、あいつ!」


「うわっ!?びっくりした!」


 大蛇の真下から飛び上がっていたはずのイザナミはいつの間にかセシルの隣に立っていた。

 残った1本の首を今落としても再生の順番がズレるだけで仕留めることは出来ない。それ故に2人は全ての首の再生が終わるまでしばらく待つことにした。


「同時に8本は難易度高すぎない?もどかしいな」


「文句言うてる場合ちゃいますよ!攻撃、きます!」


 相当怒り狂っているのか、大蛇は口から見境なく火球を吐きまくっている。しかし、そこまで威力も速度もある訳ではなく回避するのは簡単だった。


「イザナミさっきさ、計算間違えたって言ってたけど…計算さえ間違えなかったら5本でも落とせたの?」


「ん〜どうでしょうね…いけたようないけんかったような?とにかく、不意打ちの初見で仕留めたかったんやけど、こうなってしまった以上はあいつもこちらを敵として認識してガンガン攻撃してきよるんで、ちょっと作戦を練らんとマズイかもですね」


 ーーイザナミは答えを濁したけど、あの動きなら…間違いなく落とせていた。残念なのは幼児レベルの計算が出来ないという頭の悪さか…


 攻撃を回避している内にセシルが落とした3箇所の首が再生し終えた。4本の首から放たれる火球は物量が増えたことにより当然、先ほどよりもその攻撃を回避する労力が増した。


「イザナミ、これ全部再生し終えたらどうすんのさ?こっちから攻撃する余裕ある?!」


「8本の首をウチが締め上げるんで、そしたらセッシーがスパッとイッちゃってください!」


 ーー簡単に言ってくれる…でもやるしかない!


 そしてついに全ての首の再生を終えた大蛇は全身が青く光り出すと、あたり一帯の温度が急激に上昇し始めた。誰が見てもわかるーー大技が来る、と。


「セッシー!その位置じゃこいつの広範囲攻撃から逃げられへん!!全力で防御を!!」


「え、防御って…作戦が違くない!?」


 大蛇の8つの口元に光が集まりだし、一気に放出された超巨大な蒼炎の波動砲は川を瞬時に蒸発させセシルに迫り来る。


 ーーイザナミっ!!これ全力の防御で何とかなるレベルじゃ……


 蒼炎は瞬く間にセシルを飲み込み遥か彼方の山まで突き抜けたーーかに思われたが、咄嗟に魔法障壁を前面のみに集約して展開したため直撃こそ免れたセシルであったが、波動砲の圧力で八岐大蛇からどんどん遠ざかっていく上に威力が強すぎて魔法障壁が破壊されるのも時間の問題だった。


 ーーくっ、ダメだ。火力が強すぎる…っ!このままでは…


 魔法障壁にヒビが入り始め、もはや絶体絶命と思われたが、その時セシルの耳に声が聞こえた。


「セッシー。諦めんのはまだ早いですよ〜。ウチがいるやないですか」


 魔法障壁とセシルとの間に入り込んできたイザナミ。波動砲の圧力で飛ばされたセシルを脚力のみで追ってきたのだ。イザナミは護符をばら撒き、幾重もの結界を作り出すと、結界に弾かれるように蒼炎の波動砲は空へと進路を変え昇っていったのだった。


「はぁはぁ…ありがとう、イザナミ。ほんとに危なかった」


「いやぁ…ウチも読みが甘かったですわ。再生してすぐ大技が来ることまでは考えが至らず。にしても、えらい遠くまで飛ばされてしまいました…ここまで来たら安全圏ですし、一旦、休憩しましょか」


 膝に手をつき息を切らしているセシルだが、イザナミも平気そうな口調で話してはいるものの、様々な術の使用に、追いつくためにここまで走ってきたこともあって相当体力を消耗している様子だった。

 2人は近くの岩に座り込み、再戦の機会を窺うことにした。


「やっぱ強いわ〜ウチとセッシーの死神カップルでも苦戦するなんて〜」


「カップルじゃないし、僕は死神でもなくなってるけどね」


「セッシー!ツッコミ上達してきましたね!それにしても…ふりだしに戻ってまいましたけど、どないしますかねぇ…あんなん2人で退治て、閻魔さまも無茶言うわ、ほんまに」


「うん。さっきの火炎攻撃がある限り、純粋な戦闘力では大蛇の方が圧倒的に上だよ。真っ向勝負では勝てない。何とか隙を作って全ての首を落とす奇策を考えないと…」


 黙り込む2人。火力が高い上に回避困難な広範囲の攻撃を回避しつつ8本同時に首を落とさなければいけない。超ハードモードも甚だしい条件に2人で打ち勝てる奇策。

 先に口を開いたのはイザナミだった。


蟒蛇(ウワバミ)って言葉があるんやけど、これは大蛇のことを表す言葉で大蛇が獲物を丸呑みする姿が転じて、大酒飲みという意味もある言葉なんですよ。そう!ヤツに大量の酒を飲ませてぐでんぐでんに酔わせる!そして討つ!どうですか!?」


「そのお酒はどこから持ってきて、どうやって飲ませるの?」


「……はい、今のナシで…」


 自信ありげに語った策であったが、セシルの疑問でその自信は秒で打ち砕かれた。イザナミは小声でブツブツと何かを呟いているが、セシルは思いついた案を語り始めた。

 八岐大蛇の身体は肥大化したオットセイのような体型をしており、手足は極端に短く腹ばい状態となっている。そこから蛇のような首が8本生えており、その長い首の自由度の高さが攻守の範囲を拡げている。それ故に1つ、2つの首を落とすことは簡単だが、そこからは残りの首に阻止されてしまい、首を全て斬り落とすタイミングがどうしてもズレてしまう。本体の移動速度は亀並みに遅いが、全ての首を落とさない限りは身体は結界に守られているため、トドメを刺すことも出来ない。それに加えて先ほどの防御不能な広範囲火炎攻撃。それらを踏まえてセシルが導き出した案はこうであった。


 セシルが八岐大蛇を挑発した後に囮となり空高く飛んでいく。セシルを狙って大蛇の首は必然的にみな上へと首を伸ばしていき、そこで蒼炎の波動砲を放つための"溜め"に入る。不規則だった首の動きを上を向かせることで規則的に揃えて一直線にさせる。その瞬間、イザナミが冥土印蛇蛮で一刀両断するーーというものだった。


「セッシー!!すごい!!それや!それでいきましょ!!」


「じゃあ、僕が先に向かうから、イザナミは少し遅れて来て首が上を向くまでは隠れておいて」


 セシルは魔力温存のために走って八岐大蛇の元へと戻っていった。


「ダッシュて。セッシーは元気やなぁ…。まぁでも、ウチもそろそろ本気出そかな。なんやおもろなってきたし…」


 走っていくセシルの後ろ姿を見届けると、イザナミは指を鳴らした。景色とはあまりにも不釣り合いだったメイド服が一瞬にして着物へと変わる。肩甲骨あたりまであった長い黒髪を器用にまとめていき、袖の袂からキセルを取り出して髪留めのように突き刺した。しかし、2、3本の毛束が無造作に飛び出ているあたり、そこはやはりイザナミらしさといったところなのだろう。

 着慣れないメイド服に肩が凝ったのか、招かれざる客人としばらく行動を共にしていたからなのか、髪をまとめてすっきりしたのかーーとにかく気の抜けた顔で2、3回首を傾げて音を鳴らした。そして、キセルが入っていた方とは逆の袖の袂からまんじゅうを取り出すと、包み紙を剥がして頬張る。3口ほどでまんじゅうを食べ終えると、着物の裾を帯に挟み込むようにたくし上げ青白く華奢な脚を露出させた。

 大蛇の首を落とした時の素早さ=脚力は凄まじいものであったが、腿から足首までなんと凹凸の少ないことか。それはこの脚が生み出した速さとは到底思えない細さであった。


 足周りもスッキリしたことで、ようやくイザナミもゆっくりと走り出した。波動砲によって抉られた跡がそのまま道となっており、八岐大蛇への居場所を指し示している。その道の両端にあったはずの木々や草、岩などは蒼い炎に焼かれ跡形もなくなっていた。それでもなお炎は焼き尽くすものを求めるかのように地面の土を燃やしている。

 大蛇が棲みついた頃からすでに八岐大蛇が発する瘴気で土地は荒れ始めていたが、ここまで被害が大きいともはや荒れているというよりも土地が死んだと表現した方が正しいかもしれない。

 失われたものの大きさに、怒りを胸に収めてイザナミは今度こそ必ず八岐大蛇を仕留めると心に誓うのであった。

タイトルの読みはメイドインジャパンでした、、、

これはメイド服を着ているイザナミがダジャレのつもりで適当に考えた技名で、本来はちゃんとした名前の技を持っています。

メイド服から着物に着替えた本気のイザナミさん。

次回きっと、ちゃんとした技名を叫んでくれるはず!

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