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第三十五話 死神、日本に転生する

冥土でイザナミと出会ったセシルは、冥界メガリスへと魂を返還してもらうべく冥土の国の管理者である閻魔に会うため川を渡り始めた。


「そういえば、まだ名乗ってなかったね。僕はセシル。よろしく」


「こりゃご丁寧に!よろしくです!セッシー!」


「……セッシー」


 賽の河原から小舟に乗って霧がかった川を渡り始めて数刻ーーエンマという冥土の主に会わなければならなくなった僕の不安を他所に、イザナミはずっと一人で喋っていた。この冥土ではなく僕が本来送られるはずだった冥界メガリスであれば、ハデスに頼んで現世に戻してもらうことも出来ただろうに。とりあえず、エンマというここの管理者に話をしてメガリスに魂を移してもらわなければ。


「聞いてくださいよ〜こないだ魂回収しに行ったんですけどね、回収先が引き篭もりの人やったんです!ほんでね、その人おうちへの未練がめちゃめちゃ強すぎて地縛霊になってもーてたんですよ!意味わからんくないですか!?家好きが転じて地縛霊とかまさに好きすぎて滅!ですやん!」


 意味がわからないのは君の方だよ。この子は本当にずっと何を言ってるのかさっぱりわからない。ニホンって国とはそれほどまでに文化が違うのだろうか。


「でねでね、しゃーないから無理やり連れて行こう思いまして、強引に引っ張ったんですけど、引っ張っても引っ張っても襖の上んとこの鴨居にしがみついて全然離れへんから、ウチもだんだんイラついてきましてね…背中に蹴り入れたったんですよ!ほんなら、逆ギレされてもーて…もっと優しくしろや!って。さすがにサヨナラしましたよね」


「え、諦めたの…?」


「いやいや!そんなわけ!理性にサヨナラしたんです!とりあえずタコ殴りにして腕斬り刻んで無理やり冥土に連れて去ってやりました!あっはっはっ!ほんま最近、変な魂多いですわ〜」


「……そう」


「感想短っ!?あれ…もしかしておもんなかったですか…?それとも…ここに連れてきたことまだ怒ってはります?」


「まぁ、それもだけど…君の話は意味がよくわからない…かな」


 僕の感想がよほど突き刺さったのか、箱に入れて空き地に置き去りにされた仔犬のようにしょんぼりとしてしまった。普段なら賑やかでいいのだけど、今はジンやグレイスのことも気にかかる。早くこんなところから出たいのに、イザナミときたら喋ってばかりで舟を全然進めようとしない。まだ対岸すら見えてこない。この川は一体どれだけ広いのだろう。


「イザナミ、あとどれくらいで着きそう?」


「え〜っと…どれくらい…ん〜たぶん、半日くらい?」


「そんなに!?」


 イザナミの話では、この川は"TDR"ほどの大きさがあるからもう少し時間がかかるとのことだった。だけど、そもそも基準にされている"TDR"が何なのかわからない。そして川を渡り切った後は足が棒になるくらいの距離を延々と歩くらしい。

 空は曇天で周囲は霧だらけ。川の水も濁っており底が見えず不気味だ。そんな時間の感覚が麻痺しそうな変わらない景色の中、水面を眺めていると水中から手が飛び出してきて小舟を掴んできた。しかも1人ではない何人もの手が次々と舟を掴もうとしてくる。


「ちょ、イザナミ!?なんだこれ?!」


「あー溺死した人らの魂ですね〜たまにあるんですよ。手踏んづけて払い除けたってください!」


 無茶を言う。ただ、黙って見ていても前に進めない。仕方なくモグラ叩きの要領で飛び出てくる手を踏みつけては舟から引っ剥がし続けた。


 ーー数刻後、ようやく対岸に到着したが不安定な舟の上で手を踏みつけるという非日常的な動きをし続けたことによって、僕の体力はごっそりと持って行かれていた。


「いや〜オツカレでしたね〜あんなに湧くのも珍しいんやけど、それをバッチリ払いのけるなんて、セッシーってばアッパレでしたよ!」


 何故だろう。アッパレって褒め言葉のはずなのに、無性にイラッとするのは。

 とにもかくにも、後はエンマのいる目的地まで歩き続けるだけだ。この娘と行動を共にするのは一刻も早く終わらせたい。


「そういや、閻魔さまってめちゃ怖いんでぇ…その、ウチのミスとはいえ、簡単には帰してもらえへんかもしれへんので、そこんとこ覚悟しといてくださいね…」


 なるほど。せっかく来た魂をそう易々と逃すつもりはないってことか。死者の世界の管理者はどこも同じだ。ハデスだって、きっと同じことを言うだろう。英傑と呼ばれる魂ほど死者の国にとって貴重なものはない。僕自身が英傑だとは言わないが、それでも元は神。自惚れている訳ではないけれど、貴重な魂であることは間違いないはず。


「その時は口添え、よろしくね」


「で、ですよねぇ…善処します…」


 霧で視界が悪い中、イザナミの誘導に従って足場の悪い岩山のような場所をただひたすら歩いていくと、見たことのない建築様式の大きな建物の明かりが見え始めてきた。


「あの建物に入ったら、ウチが説明するんでそれに合わせてもろてもいいですか?閻魔さまに会う手続きって何気に面倒なんで」


「うん、任せるよ」


 イザナミの言っていた通り、足裏の感覚がなくなるくらい歩き続けて辿り着いた場所は、朱色と金箔を使ったの異国情緒あふれる木造建築の大きな屋敷?砦?のような館だった。門の前に角を生やした人間が立っているが、かなりの強面だ。あれはどういう種族なんだろう。ひとまずイザナミのお手並みを拝見しようと僕は黙っていることにした。


「ゴクローさま〜イザナミが戻ったで〜。閻魔さまって今、いてはる?」


「おお、イザナミ様!よいところに!その閻魔様ですが…ここだけの話、なにやらこの冥土に別次元の魂が入り込んだとかで気が立っておられる様子なんです…。我々、鬼もその魂を捜索しろと命じられておりまして…というか、その者は?」


 別次元の魂ーーそれ、僕のことだろうな。気が立っているって言ってるけど大丈夫なのかな。ややこしいことにならなきゃいいけど。


「あ、ああ、へぇ…そうなんや…別次元の魂…ねぇ。た、大変やなぁ…そんなこともあるんやね…ははは。あ、こちらはウチの式神のセッシー!照れ屋さんやから、あんま話しかけんとったって!」


「は、はあ…」


 シキガミ?それが何なのかはよくわからないけど、めちゃめちゃこっち見てる。すごく怪しまれてるような気がする。一応通してはくれたけど、この後どう話を合わせたらいいんだろう。


「あの…シキガミって何?」


「ああ、式神はえーっと…使い魔?的なやつですね!」


 使い魔って。そんな雑な誤魔化し方でこの先、大丈夫なのだろうか。もうここまで来た以上、イザナミに任せるしかないんだけど。心配だ。

 板張りの一本道の廊下を歩いて行くと正面に部屋が見えてきた。木の枠に紙を貼り付けた引き戸のようなところが入口だろうか?イザナミはその前で立ち止まった。


「ここが閻魔さまの部屋なんやけど、ここに正座してウチの動きマネしてくださいね!ほな、いきますよ!」


 イザナミは正座して両手で引き戸の端に手をかけてスライドさせると、土下座をするように頭を下げた。


「イザナミ、只今戻りました。少しお話があるのですが、よろしいでしょうか?」


 イザナミと同じく頭を下げ、顔を上げると部屋の中にはテーブルで書き仕事をしている極彩色の派手な服装のオジサンがいた。服装は派手なのに顔がとにかく怖そうだ。ハデスは陰険な感じだけど、このエンマは見たまんまの怖そうな感じがする。


「イザナミか。話の前にお前に聞きたいことがある。この冥土に別次元の魂が迷い込んでおる。何か知らぬか?」


「は、はい、まさにそのことでお話が…こちらのセシルがその別次元の魂にございます」


「……はぁ。やはりお前の仕業か。何故そのようなことになった?」


「はい…別次元に飛ばされたと思われる日本人がこの者のすぐ近くにおりまして、その日本人と思って連れてきたら人違いでありました」


「バカ者!!なぜお前はそう"せっかち"なのだ!!それに何だその格好は!ふざけているのか!」


「あ、いや、えっと、これは別次元の方に対するお詫びを込めたサービスと言いますか…ウチは真剣です!」


 いや、その格好で真剣はないだろ。死神ジョークって言ってたし。エンマはイザナミに対して相当フラストレーションが溜まっていたのか、ずっと説教をしている。そろそろ僕の話も聞いてほしいのだけれど。


「待たせたな、セシルとやら。お前の魂だが…申し訳ないが、ここから本来の場所に移してやることは出来ない。お前は相当腕が立つと見える。日本においても今は英傑が必要でな。八岐大蛇という八つ首の龍…お前の世界で言うドラゴンが現世で猛威を振るっており、死者が絶えない。そこでお前は現世に輪廻転生し、その八岐大蛇を退治してほしいのだ」


 転生?僕がそのニホンって国に転生してしまったら、それこそ別次元のオルテシアで目覚めることは難しくなる。そんな無茶な申し出はさすがに受け入れられない。イザナミも叱られた直後でだいぶテンションが下がっているせいか、何の援護もない。


「ちょっと待ってよ。僕はそちらの手違いでここに来ただけなのに、討伐依頼っておかしいよ」


「何もタダでとは言っておらぬ。討伐してくれさえすれば、その蘇った身体のままお前がいた世界に送ることを約束する。どうだ?」


 そんな寄り道している時間はないっていうのに。しかし、パンドラが言っていた可能性の一つとして、僕が神の力を奪われる原因となった事件にハデスが何か関係しているとしたら、メガリスに行っても僕は蘇ることが出来ないかもしれない。生き返ることを確約されているエンマの依頼を受けた方が確実だろうか。


「わかったよ。約束は絶対厳守でお願いする」


「いいだろう。イザナミ、お前も連れてきた責任がある。一緒に行って手伝ってこい」


「ぅえっ!?ウチもですか!?わかりましたよ〜行きゃあいいんやろ!行きゃあ!」


 ヤケになるのもわからなくはないけれど、この娘は自分が全ての元凶だと自覚しているのだろうか。

 とりあえずエンマの依頼を受けるため、入口に立っていた強面の"オニ"という種族の従者に案内され、転生するための門へと辿り着いた。この門を潜るとニホンという国で転生するらしい。


「セッシーごめんやで。ウチのせいで変なことに巻き込んでしまいまして…」


「もういいよ。過ぎたことだし。ドラゴン退治、ちゃんと手伝ってくれれば」


 覚悟を決めて門を通り抜けると目の前が一瞬にして白く染まり、身体から熱のようなものが込み上げてきた。心臓が鼓動するのを感じる。どうやら、エンマの言っていたことが嘘ではなかったと、ひとまず安堵する。

 そして、次に気がつくとそこは畑のど真ん中だった。



「復活おめでとう、セッシー!生き返った感想はどう?どう?」


「いや別に。ふつーかな。で、ここどこ?どうして畑のど真ん中なの?」


「冷めてんなぁ…。ここは日本の出雲の国ってとこですかね。畑に出たのは…たぶんウチの行き先設定ミス…かな。あはは」


 ーーこの娘はまったく。そういえば、そもそもこの娘は戦えるのか?ドラゴン退治について来させられるくらいだ。たぶん大丈夫だろう。というより、聞くのが怖い…


「ほな、行きましょ!ウチがいるんで大船に乗った気でおってください!」


 その舟はきっとドロ舟なんだろうなーーそんなことを思いながらセシルは畑から出て農道を歩き始めた。八岐大蛇がいるという"天が淵"という川へ。

ここにきて日本に転生しちゃったセシル。

今更なんですが、普段は客観的視点で描いていますが、セシルが冥土に連れて来られてからの場面だけはセシルの一人称視点で描いております。

死んでしまったことで魂だけの存在になっているため、普段と違う表現にしようと思ってのことなのですが、文章が稚拙すぎて伝わってなかったらすみません、、、


ちなみに伝承のヤマタノオロチといえば、退治したのはスサノオノミコトという日本の英雄神ですが、実はセッシーだったという裏話も一緒に後世に語り継がれることになったとか、ならなかったとか。

それはまた、別のお話←これ言いたかっただけ

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