第三十話 砂の牢獄
突如として訪れた王都壊滅の報せ。
エルフの里のためにも生命水を手に入れるのか、王都へ戻るのか葛藤を迫られるセシルであった。
リエリカの悲痛そうな声で告げられた王都壊滅の報せ。
"そ、そんな…じゃあ、魔導学院も…。帝国の三魔将の仕業?"
"未確認ではあるけれども…おそらくは。いや…帝国の仕業ではないようだ。帝国が攻めて来た形跡はない。我々が王都に戻った時にはもう瓦礫の山だった。とにかく国王様、兵、住人…誰か生存者がいないかと必死で探していた折に、とんでもないものを見つけてな…瓦礫が空から降ってきて積もったような跡から、この世のものとは思えない凄まじい力で地中から王都全体を噴き飛ばしたような壊滅の仕方だった。そして、魔導士団の兵舎があったと思われる場所が起爆地点のようでな。地面が陥没して地下にあった見たこともない空間が剥き出しになっていて、そこにヘルメスの生き写しのような妙に生々しい石像があった"
"ヘルメスの像?それってまさか…"
"おそらく壊滅の原因となる何かを目撃したヘルメスが石化させられてしまったと見て間違いないだろうな"
今から砂漠へ出発しようというところでの大陸の勢力の均衡を崩す最悪の事態。セシルのこめかみから冷や汗が流れ落ちる。エルフの里の皆のためにも一刻も早く生命水を見つけ出して持ち帰りたい。しかし、王都が…ワッツたち友人のいる魔導学院が一瞬にして滅んだなどと聞いたのに、それを無視して砂漠に向かえる訳もない。セシルの葛藤を察してかリエリカは言葉を続けた。
"こちらのことはひとまず我々に任せてほしい。君は生命水を見つけ出してエルフたちに届けてあげてくれ。こちらではもう、瓦礫を撤去しつつ生存者を探すくらいしか今は出来ることがない。生命水を届け終えたら合流してくれればいい。とりあえず君の耳に入れておきたくてな。忙しいところすまなかった"
しかし、自身が所属し守護する国が滅び、トップである国王までもが生死不明という状況で心が傷まないはずがない。リエリカの心遣いに感謝しつつ断腸の思いでセシルはアリューアル砂漠に向かうことにした。
村を出た馬車の中でセシルは王都を滅ぼしたのが何者なのかを神妙な面持ちで考え込んでいた。ウルド帝国の三魔将であるヴァサーゴやルナも強大な力を有していたが、あのクラスの悪魔でも王都という広大な敷地の街を一瞬で滅ぼすことは不可能に近いだろう。それこそ、最高神ゼウスに匹敵する力でもなければ。
「な、なあ、セシル?腹でも痛いのか?すっげぇ顔色悪いぞ?」
麻生が心配そうに尋ねる。ドレイクやグレイスも同じような目でこちらを見ている。
「あ、ご、ごめん。大丈夫。少し考えごとをね…」
「そうか?まぁムリすんなよ。何かあったら相談にのるからよ!あ、恋の悩みはパスな!」
「うん、ジンは不器用だもんね。恋バナならグレイスとするよ」
「私ですか!?私もそこは苦手分野というか…」
「冗談だよ。ありがとう、2人とも」
出発の初日に比べて皆も緊張してきたのか、それともセシルの様子を気遣ってか馬車の中は沈黙が続いていた。
そして、進み続けること数時間ーー昼下がりにとうとう荒野を抜けて砂漠地帯に到着した。
「これがアリューアル砂漠…見渡す限り砂しかありませんね」
「砂漠だからそりゃそうだろ…でも見た感じ、やっぱ目的のサボテンはもっと進んだところにしか生えてなさそうだな」
4人は馬車を降りて荷物を担ぎ、御者に別れを告げて歩き出した。幸いなことに空は雲で覆われており予想していた暑さよりは幾分かマシであったが、それでも歩いているだけで小汗をかくくらいには気温が高い。
「歩きにくい上にこうも暑いとどんどん体力が削られていくね…みんな、大丈夫?」
「ワシは慣れとるから大丈夫だ。しかし、グレイスの嬢ちゃんは辛そうだの」
「い、いえ、私も大丈夫です。里の皆のことを思えば、これしきのこと…」
陽の光の届かない深い森で暮らしてきたグレイスにとっては、やはりこの劣悪な環境は相当堪えるものがあるのだろう。陽が落ちるまで進み続ける方針は変えられないが、こまめに休憩をとりながら地道に進んでいくことにした。
「こうも周りが同じ景色だと、どの方角に進んでるのかわかんねぇな…」
「一応、コンパスで随時確認はしているから、このまま南西に進んで行けば、明日の昼前にはアストロペクチの群生地に辿り着くはずだよ」
しかし、ここまで不自然なほど魔物にも魔獣にも遭遇しなかった。まるで嵐の前の静けさのように。日が傾き砂丘を黄金色に染める。現在地こそ不明だが、砂嵐も起きることなくおよそ予定通りの地点までは進むことができたと、セシルたちは足を止めて野営するための準備を始めた。
「微妙に肌寒くなってきたな…さっさとテント立てて休もうぜ。もうクタクタだ」
「陽が完全に沈んだら気温はマイナスになるからの。しっかり防寒して火を絶やさんようにせねばな」
セシル、麻生、ドレイクの3人で見張りを交代しつつ仮眠をとることにして、野営地を完成させた4人は早めの晩餐を済ませて休むことにした。
深夜ーー焚き火の前でブルブルと震える麻生と見張りを交代するためにセシルがテントから出てきた。
「寒そうだね…ジン」
「これマジで寝たら死ぬやつだわ」
苦笑いするセシルにバトンタッチして麻生は逃げ込むようにテントへと入っていった。
夜の静寂の中で薪の燃える音だけが聞こえてくる。ドレイクが砂の上では火が焚けないだろうと、作り上げた鉄皿と台座のおかげだ。立ち昇る焚き火の煙を目で追っていくと昼間曇っていた空が嘘のように満天の星の海が広がっており、明日は暑さが厳しくなりそうな晴れ模様だ。
ーーヘルメスは石にされ、学院のみんなも消息不明…弟のヒュプノスとも喧嘩別れしたままだし、どうしてこんなことに…
独りでいると悪いことばかりが溢れるように頭の中を埋め尽くしていく。そして、やはり頭から離れないのは王都を滅ぼしたのは悪魔なのか、それとも神に等しい力を持つ何かーーということだ。自身の心内だけでなく、まるで太古にあった巨神族との戦の時のような、天界、地上、冥界、すべてを覆い尽くす不穏な空気。憎しみと喪失感で常に不安を駆り立てられ、焦燥感ばかりが増していく。
ーーダメだ。今は明日の生命水探しに集中しなきゃ…他のことは考えても詮無いこと。
頭を抱えて俯き、舞い散る火の粉を無心で眺める。柔らかい砂を鋭利なもので突き刺すような音。
ーー砂を突き刺す……え、な、何だこの音は!?
咄嗟に我にかえり、セシルは立ち上がって周囲を警戒する。星明かりのおかげで焚き火の照らせる範囲外も真っ暗闇という訳ではなかったが、今のところ音だけでその音の発信源は何も見当たらない。
「みんな、起きて!何か物音がする!」
セシルの声にドレイクとグレイスがテントから飛び出てきた。麻生は眠ったままのようだ。
「…物音とはどんな?魔物か?」
「砂の上を突き刺すような音…聴こえない?」
「聴こえます。これは…はっ!セシルさん後ろ!!」
セシルが振り返ると大型のサソリが大きな鋏を構えて忍び寄ってきていた。
「セルケトじゃ!!尾の毒に気をつけるのだぞ!!」
セシルは後方に飛び退きつつ大鎌を召喚し、セルケトに向けて振り下ろす。しかし、セルケトは大鋏で鎌の刃を挟み込み、セシルの攻撃を止めた。グレイスはセシルが尾に刺されないように矢で牽制しつつ、動きの止まっているセルケトに向けてドレイクが一気に距離を詰め、尾の付け根の外皮の隙間となる部分に向けて斧を振り抜いた。紫色の血飛沫を噴き上げながら尾は切り離され、セルケトはその痛みで挟んでいたセシルの鎌を放した。その瞬間、鎌はギロチンのように急降下し、セルケトの身体を縦真っ二つに両断した。
「2人ともありがとう。どうやらここに来たのはこの一匹だけのようだね」
「一匹でよかったわい。これが群れになると、なかなか厄介だのう」
「そうですね。大鋏には十分注意しないと…」
ひとまず去った難局。ドレイクたちはテントに戻り再び休むことにした。セシルも腰を下ろし、改めてセルケト対策の立ち回り方を頭の中でシミュレーションするのであった。
その後、セシルと見張りを交代することもなく、朝までぶっ通しで寝続けた麻生は何事もなかったかのように起きてきた。
すでに起きていた3人は白い目で麻生を見る。
「ん…どうし…あっ!!!わりぃ!!セシル!!見張りの交代…忘れてた…」
「今日回収する生命水は全部、ジンが持ってくれればそれでチャラにするよ」
エルフの里の被害者分の生命水は1人コップ一杯分は必要となり、全員分をざっと見積もっても4L弱は必要となる。つまり、野営用の荷物に加え4kgプラスとなるということだった。
「お、おう…パワー系はま、任せとけ…」
テントを畳み荷物を片付け終えると、一行はアストロペクチ群生地へと足を進めた。
まだ午前中だというのに気温はすでに35度近くあり、一行の足取りは昨日よりも重かった。
「やべぇ…干からびる…」
「グレイスは大丈夫?」
「はい…」
暑さのせいで皆の口数が減り、さらに小一時間ほど歩くと全員が無口になっていた。とはいえ、目的地はもう目と鼻の先。あとはアストロペクチを見つけ出して生命水を採取すれば目的は達成である。
しかし、目的のサボテンよりも先に目視できる距離に空を覆う影が目に入った。
「あれは……」
「いかん!砂嵐じゃ!!急ぐぞ!」
ここまでですでに暑さによって体力をごっそりと削られていたが、そんなことは言っていられない。4人は一斉に走り出した。息を切らしながらもアストロペクチがないか周囲に目を配る。
しかし、時速最大50kmで襲来する砂嵐から逃れられる訳もなく、一行は瞬く間に飲み込まれた。
「前が!前が全然見え…うぷっ!口に砂が!」
風速約13km/sで吹き荒ぶ砂嵐の中で口を開ければ当然、否が応でも入り込んでくる。ストールで目元以外を覆っていても砂粒の猛威は容赦なく視界を塞ぎ、4人の警戒を緩ませた。そこにどこからともなくセルケトたちが現れる。
セシルだけが魔力感知でその存在に気が付いたが、他の3人は砂に耐えるので精一杯でまだ気付いていない。
ーーマズイ。今、襲われたら反撃はおろか防御もままならない。どうにかしないと…
セシルは両手に携えた大鎌を頭の上で高速に回転させ、気流を発生させた。立ち昇る気流は砂嵐の威力を相殺とまではいかなかったが、わずかに軽減させ目を開けていられるくらいには弱まった。
「みんな、敵襲だ!!」
セシルの呼び掛けに3人はすぐさま反応し構えたが、すでに最も恐れていた無数のセルケトに囲まれるという事態に陥っていた。
「なんじゃこりゃあぁ!!もう囲まれてんじゃねーか!!」
「グレイス!飛ぶんだ!!上から援護を!ドレイクとジンはとりあえず目の前のセルケトをお願い!」
セシルは指示こそ出したものの、砂嵐の猛威を軽減させるので手一杯でセルケトに対応できない。3人は指示通り動きだしたが、セシルの前にもセルケトは迫ってきており、このままでは攻撃を受けてしまう。絶体絶命かに思われたその時だった。
麻生が時を止めるスキル"ザ・ワールド・タイムレス"を発動した。セルケトの動きから空中で打ち付ける砂の一粒一粒まですべてが停止している。麻生は一気に駆け出して、セシルを掴み静止した砂嵐の中を全力疾走した。そして、砂が覆い尽くすエリアの手前でセシルをエリアの外へと投げ飛ばした。
「お前がやられちゃ俺ら終わりだからな…頼んだぜ、マイフレンド!」
その瞬間、時が動き出し軽減されていた砂嵐が元の威力を取り戻し、セシルと麻生の間を砂塵の壁が隔てた。
「ジン!!」
ーー砂嵐対策への読みが甘かった…今すぐ助けに戻らないと、中はもはや身動きが取れる状態じゃない!
セシルはなんとか砂嵐の中に戻ろうと再び大鎌を構えた。しかしその瞬間、砂嵐の中から声が聞こえた。
「レオボルト・レイ!!」
グレイスが修練窟で身につけた大技レオボルト・レイは、獣を模った雷撃を放つ魔法攻撃である。そして、この雷撃によって極度の乾燥地帯であるこの場所だからこそ発生した強力な静電気は砂嵐の中で氾濫する粒子を吸い寄せ、結果的に砂を伴わない強風だけとなった。
視界が開けたことによって、麻生とドレイク、そして合流したセシルとともに一気に反撃に出てセルケトを駆逐していく。半数以上を倒し、絶望的な劣勢から持ち直した一行はそのままの勢いでセルケトの包囲網を突破しようとしていた。
「ボウヤたちやるわねえ…まさか静電気を起こして砂嵐を鎮めるなんて、お姉さんビックリしちゃったわよ〜」
声のした方向に視線を向けると、そこにはセシルがヴィジョンで見たような人の形をしていながら、サソリのような尾を持つ人影が立っていた。
なんとなくそれっぽい風に説明していますが、実際に砂漠で静電気なんて起きるのか謎ですし、静電気が発生したとして砂嵐から砂だけを抜き取って強風に変えるなんてことはたぶん不可能でしょう、、、
ただのフィクションなので、そこはもう雰囲気で「へぇ〜」くらいに流していただけるとスムーズです!←何が?
セシル達の前に現れた魔物ではなさそうな人影。
果たして、何者なのでしょう、、、




