第二十九話 名もなき村にて
国境を越え、始まった馬車旅。
ほぼノリと勢いで新たに加わったドワーフのドレイクとともに目指すはアリューアル砂漠ーー
関所を抜けて数刻ーー草木がほとんどない荒野をただひたすらに進むセシルたち。
「なるほどのう。アストロペクチから採れる生命水か…その品種、ワシも聞いたことくらいはあるが、見たことはないな。なにせ、アリューアル砂漠なんて危険すぎて誰も近寄らん。サソリの魔物も危険だが、もっと危険なのもあるかもしれんぞ」
「へぇ、そうなんだ…何がヤバイの?」
「砂嵐と砂地獄だ。砂嵐が始まると視界が遮られて何も見えん。そこで砂地獄に一歩でも足を踏み入れようものなら、地中に引き摺り込まれる」
「サソリよりタチが悪ぃじゃねーか…」
この中の誰1人として砂漠を旅したことない以上、最大限に警戒して挑まなければ命を落とす危険がある。いくら強くなったとはいえ、退治することのできない自然の猛威には抗えない。想像以上の高難易度に一同は気を引き締めなおした。
日が傾き始めた頃、ようやく帝国領に入って最初の村に到着した。
「今日はここで休もうか。ここを過ぎたら砂漠までの道のりにはもう街も村も何もないからのう」
「…ということは、ベッドで眠れるのは今日だけということですね……」
アリューアル砂漠までは国境の関所から2日かかる。つまり砂漠までの道のりはここが最後の村ということであった。ドレイクの話ではウルド帝国は帝都付近に街が密集するよう分布しており、その他の地域ではなかなか人の住める土地がなく、村や集落がいくつか点在しているのみだという。それにより自ずと帝都付近の街との僻地の村では貧富の差が激しくなっていた。
「ワシは酒場に行ってくる。宿の方は頼んでおいてもよいか?」
「オッサンまだ夕方だぞ…こんな早くから飲むのかよ」
「バカタレ!明後日には死ぬかもしれんのだぞ!飲めるうちに飲んどく…それが男ってモンじゃろ!」
「ハハ…まぁいいじゃない、ジン。案内してもらえるだけでもありがたいんだし。本当ならドレイクは今頃、王国領で職探ししていたはずなんだよ?それをとんぼ返りになるのを承知で僕たちについて来てくれてるんだ。好きにさせてあげなよ」
「セシルは話がわかるのう!どこぞの脳筋と違って」
「テメェにだけは言われたかねえよ!」
ドレイクと別れた3人は宿で部屋を借り、セシルと麻生はグレイスと別れて部屋に入ると腰を下ろして慣れない長旅にため息を漏らした。
「ずっと馬車に乗ってるだけっつうのも疲れるな」
「でも、砂漠地帯に着いたら馬車では進めないから徒歩になる。今日はまだ楽なほうだよ」
砂漠では気温だけで体力を奪われるため極力、戦闘を避けて生命水を見つけ出さなければ帰路に支障が出る。明日からのことを思うと気が重くなる2人であった。
麻生は壁に向かって逆立ちをしながら腕立て伏せを始め、セシルはベッドに横になり天井を仰いでいた。
すると、再びセシルのヴィジョンが発動した。
激しい砂嵐の中、サソリの群れに囲まれその中で何者かと対峙している。視界が悪く何者なのかはわからない。しかし、その人物から伸びた尾っぽのような物が地中から這い出してグレイスの脚に絡みつき、砂中に引き摺り込まれるーーそんな映像が見えた。
ーー敵はサソリの魔物だけじゃない…?
セシルは起き上がり、麻生が不思議そうに見つめる中、隣のグレイスの部屋に向かった。
「セシル、どうしたんだよ?」
「少し気になることがあって。グレイスと話してくるよ」
少し顔色が悪いような気もしたが、麻生は気に留めることなくトレーニングを続けた。隣の部屋の扉をノックしてグレイスと合流したセシルは砂漠での戦闘について話を始めた。
「グレイス、落ち着いて聞いてほしい。神としての力は失くしてしまっている僕だけど、1つだけ残っているチカラがあって。それは死が訪れる人のその直前の映像が見えるチカラなんだよ。で、さっき砂漠で君がサソリのような尻尾を持つヒトの形をした何者かに地中に引き摺り込まれる映像を見た」
あまりに突拍子もない話にグレイスは息を呑んだ。
「もちろん、それは決定事項じゃなくあくまで予定だから、回避することは可能なんだ」
「な、なるほど…では足元に気をつければいいんですね?」
「それもだけど、もし魔物が現れたらグレイスは"飛んで"ほしい」
「え……と、飛ぶ?」
「浮遊魔法は使えない?」
「使えません…」
「うん、じゃあ今から教えるから。練習しよう。浮遊魔法は風属性だから、エルフの君ならすぐに覚えられるはずだよ」
つい最近、修練窟の試練で初めて魔法が使えるようになったというのに、なかなかの無茶振りじゃないだろうかとグレイスは心の中で思った。
部屋を出て麻生に出かけてくると伝え2人は宿を出て村の外に向かった。
村を出てすぐの場所でグレイスの浮遊魔法の練習が始まった。
「まずは全身で大気の流れを感じて。そして、その大気で身体を持ち上げるようなイメージをする。停滞している大気を地面から空に向かって吹き上がるような」
「わ、わかりました…」
なんともざっくりとした説明にグレイスは困惑しつつも言われた通りに頭の中でイメージを立てた。
ーー大気が下から上へ。下から上…下から上…
僅かだが、グレイスの銀色の髪がふわっと揺らめく。
「そう!それ!その感じ!それをもっと強く!多くの大気で!」
「は、はい…」
集中し始めるグレイスの周りにつむじ風が起き始める。風はやがてグレイスを取り巻き、目に見えない竜巻のようにグレイスの身体を数センチほど浮かび上がらせた。
「浮いた!!それを繰り返し練習して人1人分くらいの高さまで飛べるように頑張ろう!」
普段、感情の起伏が少ないセシルが珍しく熱くなっている。そして、彼女の浮遊の練習は日暮れまで続いた。
「セ、セシルさん…もう…限界…です……」
「うん、そうだね。お疲れさま。なんとかモノにはなったから、明日の移動はグレイスは飛んで移動してみようか」
「えっ!?」
セシルは思いのほかスパルタだった。しかし、これは砂漠での戦闘で自らを危険から守るためであることを分かっているが故、グレイスはセシルの言葉に従うことにした。
宿に戻ると麻生はトレーニングに疲れて半裸のまま床で寝落ちしており、酒場から帰ってきていたドレイクはテーブルに向き合って何かを作っていた。
「ドレイク、それ何を作ってるの?」
「フハハ!秘密兵器だ!何が出来上がるかは砂漠に着いてからのお楽しみじゃ!」
どうやら砂漠で使う何からしいが、今のところ何に使用するものなのかは見ただけではわからなかった。
グレイスの練習に夢中で気にしていなかったが、そろそろ夕飯時の時間。セシルは麻生を起こし、部屋でくたびれていたグレイスも誘って酒場にに繰り出した。
「砂漠を徘徊しているサソリの魔物はさておき、もしかするとそれ以外にも魔獣、最悪の場合それを使役する悪魔もいるかもしれない。ウルド帝国は三魔将なんてのがいるくらいだから、悪魔がいたとしてもおかしくない土地だ。ひとまずグレイスには浮遊魔法を覚えてもらったから、空からサソリを掃討してもらいつつ、僕たちは地上でサソリ以外の敵にも警戒しながら進んでいこう」
テーブルを囲んでセシルが作戦について話しているが、真面目に聞いているのはグレイスだけだった。ドレイクは無駄にデカい声で笑いながら酒を飲み、麻生は肉を食うのに必死である。
「セシルは真面目だのう!敵は思うようには動いてくれん。臨機応変じゃ!臨!機!応!変!」
「オッサン声でけぇし、酒くせぇよ。ちゃんとセシルの話聞けよ!」
ーージンもね…
「もし、そのサソリ以外の敵が魔獣ではなく悪魔だった場合、簡単には討伐できないと思うのですが、その時はセシルさんが?」
「うーん、そうだね。その時の状況にもよるけど、悪魔なら僕が仕留めるよ」
「そのことなんだが、昼間この村で何人かにサソリの魔物について聞いておいた。魔物の名前は"セルケト"というらしいのう。大型犬ほどの大きさで、獲物を見つけると十数匹が一気に湧いて出てくるようでな…サソリだから当然、外皮は硬い。一匹仕留めるのに時間がかかる故、囲まれんように気をつけた方がいいかもしれん」
情報共有を済ませてセシルたちは店を出て宿に戻り、各々が初めての砂漠戦に向けて立ち回り方を考えながら夜は更けていった。
翌朝ーー出発の準備を進めていると、セシルの頭の中に声が響いた。
"セシル君?リエリカだ。今、念話で君にだけに話しかけている。落ち着いて聞いてほしい。王都が……壊滅した"
最後の最後でぶっ込んでしまいました。
学園モノとか作品詳細に記載しておきながら、学園感ゼロで王都消滅ファイナルアンサーでした。←は?
今回はあまりにも起伏のないお話なので、2話まとめて更新します。では、続きもよろしくお願いします!




