4
駅から十分ほど歩いて、励はようやく家の前まで来た。
いつものように玄関の扉を開ける。扉は開いていた。玄関には母の靴があったので、母が家に居ることが励には分かった。
「ただいま」と言って、励はリビングに入る。リビングのソファで母は眠っていた。
励はもう一度、ただいまと言う。ややあって、寝ていた母が目を覚ました。
「おかえ……って、励!?」
すぐに励に気付いた母が飛び起きて言った。
「母さん、ただいま」
励がそう言うと、彼女はソファから立ち上がり、励を抱きしめた。
「励……あんたどこ行ってたの!! お母さん、本当に心配したのよ!」
彼女は怒りと悲しみと安堵で、励にぶつかるように言う。
「母さん、ゴメン。でも、聞いて!」
励は母の顔を見て真剣に言った。
「何よ」
「塾があったあの夜、僕、知らない男に誘拐されたんだ……」
励が正直にそう話すと、彼女の顔は蒼白になった。
「誘拐? 本当なの……?」と、母は訊き返す。
励は頷く。「本当だよ。因みにね、誘拐された場所に羽鳥さんもいたんだ!」
励がそう言うと、「羽鳥さん? 誰だったっけ?」と、母が訊いた。
「同じクラスの女子だよ。ほら、塾の前、車の中で話したでしょ?」
「そう言えば、そんなこといってたっけ?」
「うん」
「そっか……。それじゃあ、その子と励が誘拐されてたのね……」
母はそう言った。
励は首を振る。「ううん、他に四人」
励がそう言うと、「四人も!?」と、母はビックリする。
「そう」
「そう……なんだ。それじゃあ、あの事件は本当だったんだ……。なんで励まで誘拐されちゃうの……」
母は泣きそうな声で言う。それから、まもなく彼女は嗚咽交じりに泣いた。
「でも……でも……、励が……無事に帰って来てくれて……良かった……」
母は泣きながらそう言った。
「あ、そうだわ! 励が帰ってきたこと学校に連絡しておかなきゃ!」
しばらくして、母は言った。「あと、警察にも!」
母は学校と警察へ電話を掛けた。
一時間後には、励の家に警察官の男性が二人来ていた。
警察官に誘拐された時の話を詳しく聞かせて欲しいと言われ、励は事情を説明した。
一通り全ての話をし終えた後、励は男が殺害されたことを思い出した。それについて言おうか迷ったが、やめておいた。「どのように帰ってきたか?」と質問され、男がいない時間を見計らって、子どもたち全員で逃げたと話した。幸い、貴重品は奪われていなかったので、歩いてバス停を探し、バスや電車で帰ってきたことを話した。警察官の二人はもちろん驚愕していた。
三十分程、事情聴取を受けた後、二人の警察官は帰って行った。
午後七時を回った頃、お風呂に入った後、励は母に夕飯に呼ばれ、ダイニングテーブルの自分の席に着いた。
「わあ、おいしそう!」
夜ご飯は励の好きなハンバーグであった。
「でしょ? お代わりもあるから、いっぱい食べてね!」
母が笑顔で言った。帰って来た時とは機嫌が違う。
「いただきます」
励は手を合わせて、早速、ハンバーグを一口頬張った。
「うん、うまい!」
肉汁が口の中で溢れ出し、肉のうまみが感じられた。
「おいしい?」と、母が笑顔で訊く。
「最高!」と、励は親指を立てる。
久々にまともなご飯が食べられて、励は嬉しかった。しかも、母の手料理である。それから、ご飯も一口食べる。炊き立てのその白いご飯も美味しかった。付け合わせのブロッコリーやニンジンなどの野菜も食べる。その野菜もなんだかおいしく感じられた。
ハンバーグを平らげて、励はもう一つそれをお代わりすることにした。
「ねえ、母さん」
ふと、励が口を開く。
「なあに?」と、母は訊く。
「あのね……さっきの話の続きなんだけど」と励が前置きすると、
「誘拐の話? だったら、その話はもうおしまい」と、母が断りを入れる。
励がためらいながら「ちょっと聞いてほしいんだけど」と言うと、「じゃあ、何?」と母が訊く耳を持つ。
「実はね、僕たちを誘拐した犯人がね、今朝、ペンションで殺されていたんだ!」
励がそう言うと、母はビックリした顔をする。
「え? 本当なの?」
「うん、本当」
「うそ……」と、母は言葉を失う。
「これって、事件だよね?」と、励は母に訊く。
「ええ……」
「母さん、警察に連絡しなきゃ!」
励がそう言うと、母は目を丸くする。
「連絡しなきゃって……、励、さっき警察の人に言わなかったの?」と、母が訊き返した。
「うん。さっきは言いづらくて、言い出せなかったんだ……」
励がそう言うと、「そう。分かった」と言って母は席を立ち上がる。それから母はすぐにダイニングにある受話器を取り、電話を掛けた。




