私の子
リンゴーン、リンゴーン
どこまでも高く広がる青い空へは、澄みきった九月の空気を私たちの肌に感じさせてくれる。
鉛の鐘の音がいくつも重なり響き合い、澄んだ音がこの空に吸い込まれていく。
同時に色とりどり鮮やかな風船が、ゆらゆら独特の起動を描いて、我先にと空の高いところを目指して飛んでいくのが見えた。
鐘がなり終わる頃には、すっかり風船の姿が見えなくなった。
ざわざわと九月半ばの冷たい空気に頬を赤く染める参列者たちは、それぞれ手に花びらを手渡され、ウォルナットで出来た背丈の二倍はある大きな扉の向こうから、本日の主役が出てくるのを今か今かと待ちわびた。
九月半ばであるが、奇跡的に今日は上着がなくても外で過ごせるくらいの温かい天候に恵まれた。
それでも人によっては肌寒いと感じるくらいだが、昨日までの秋らしい寒さは今日に限ってどこかに行ってしまい、雨もすっかり晴れ上がり、まさに祝いの日に相応しい天候になった。
「これも全部、日頃の行いのお陰だねと」皆が口を揃えて言っているのを耳にした。
皆キラキラとした笑顔と共に男性はクリーニングからあがりたてのパリッとのりがきいたスーツに白いネクタイを結び、女性は各々の好きな色で体をまとい、フリルやレースで華やかに着飾っていた。
「みなさまお待たせいたしました。それでは新郎新婦のご準備が整いましたので、こちらの階段からみなさまにご挨拶をさせていただきます。みなさま、お手にされている花びらをどうぞ新郎新婦へのはなむけとして、高々とシャワーのようにお願いします」
甲高い司会の人の声がして、みな一斉にドアに視線を送る。
さぁ、主役のお出ましだ。
ギギギと重い扉が開き、明るい陽の光が新郎と新婦のシルエットを浮かび上がらせた。
今日は結婚式。
人生で最も輝く誓いの日。
幸せが始まる日だ。
「流山ちゃんめっちゃ綺麗だね」
「なんか、女度が増したって言うか、色っぽくなったって言うか」
「ねー、なんか凄みがましたよね?やっぱり男?」
ざわざわと雑談が盛り上がる披露宴会場で、矢継ぎ早に質問の攻撃を受けたのは、私、千羽子だった。
「いやー、変わってないよ、何にも」
「えー、そうかなぁ。だってなんか肌艶とかいいし、なんか言葉の節々に余裕があるし、なんかうちらの間から一抜けした感じあるよね」
そう言ったのは、ピンク色の膝丈のスカートがよく似合っていて、口紅をしっかりとした赤で華やかに染めている小倉台ちゃんだ。
結婚式でもメイクの手は抜かずにしっかりと気合いをいれて、次の瞬間には男のナンパを誘うような勢いを感じさせる。
栗色の髪の毛は今日はきちんとセットされており、まるでお姫さまのような見た目である。
「分かるー。なんかね、余裕あるよね?」
そう続いたのは、穴川ちゃんだ。
穴川ちゃんはチャームポイントの真ん中分けのボブカットは変わらないもの、耳元にはきれいなエメラルドグリーンのバレッタがついていて、淡いグリーンのドレスの色によくマッチしている。
小倉台ちゃんとは異なり、メイクは変わらず薄いもののしっかりとした顔立ちが映える余所行き用の顔になっていると思った。
「ねー」と小倉台ちゃんと顔を見合わせて相づちを打ったとき、無意識に左の耳に髪をかけたその薬指には、キラリと光を集めるかのように光輝くダイヤモンドが目に入る。
穴川ちゃんは、結婚を隠していた彼氏とは完全に縁を切って、営業先のイケメン課長とめでたくゴールインをしたのは、昨年のことだった。
相手は35歳の名門大学卒業の商社マンで帰国子女の経歴を持ち、会社の筆頭稼ぎ頭の人一人なんだそうだ。
私たちも何回か一緒に食事をしたけれども、人柄の良さは文句なしで、誰もが認める優秀なひとだった。
もう何年かすると海外に赴任するらしく、穴川ちゃんもその赴任に合わせて今のこの会社を退社し、旦那さんについていくのだそうだ。
初めての赴任先はブラジルらしく、いまからブラジルの文化を学んでいるのだとか。
さらに言えば、穴川ちゃんに結婚のことを隠していた彼氏は、その後奥さんに穴川ちゃんとの不倫がバレて離婚をしたそうなのだが、なんとその後穴川ちゃんとの復縁を求めてきたのだとか。
無論、穴川ちゃんはその申し出を断ったのだが、さらにすごいのが、相手の奥さんから穴川ちゃんに謝罪の申し出があったのだ。
「うちの元夫がすみません」とお詫びに来てくれたらしいのだが、なんとさらに驚いたのが今ではその奥さんと穴川ちゃんは趣味のボーリングで意気投合をして二人で土日に一緒に遊びに行くほどの仲になったのだとか。
「人生ってわからないね。最悪だと思ったら、次の瞬間に最高になったりさ。でも、生きていて、諦めなくてよかった」
穴川ちゃんのそのときの言葉を私はいまでも忘れない。
私の人生もそうだった。
最愛の人と巡り会えたのに、もう少しで恋人同志になれたと思ったのに、次の瞬間に自分が産んだ子供だと言われ、その人との未来を剥奪された気がした。
でも、私も諦めなかった。
諦めなくて、今ここにこうして明るい気持ちでいる。
「ママー」
後ろから私を呼ぶ声がする。
「なにー?お手洗い?」
「うん、パパがね、つばさで大変だからママと行ってって」
「わかった、我慢できる雛子?」
「うん!」
「ごめん、ちょっと席外すね。二人は先に飲んでて」
「はーい!二児のママは大変だね、いってらっしゃい」
小倉台ちゃんと穴川ちゃんは、私たちに笑顔で手を振ってくれた。
「雛子、お手洗いすぐそこだから」
「はーい」
式場は広くて、初めてきた場所だったけれども、チャペルからの移動中にお手洗いの場所を確認していたので、迷わずに進むことができた。
これも育児の負担を軽くする秘訣だと、私は何度も心の中で思った。
独身の頃なんて、トイレの場所を確認しながら式場を歩いたことなんてなかったし、どこに子供が走れる場所があるかとか、どのこ場所が危険だとかそんなことは一切考えたことはなかった。
育児は仕事とは全く異なる。
仕事も育児も思うようにいかないのは同じだが、育児ほど自分のペースでできないことはない。
なんでも相手は子供だし、初めは言葉も通じない。
なんでもイヤイヤしてしまう反抗期のような嵐の日々も、仕事の忙しさに比べると可愛いものだった。
それが二人となると、大変さは単純に二倍ではなく、三倍・四倍にもなる。
育児は一人でするものではないと、毎秒私は感じていた。
親やパートナーとの協力がなければ、母は自分を失ってしまう。
「雛子、お手洗いだよ〜」
結婚式場ならではの豪華な装飾が施されたドアを開けようとした。
「あ、ちーちゃん」
女子のお手洗いの手間にある男子のお手洗いの中から出てきたのは、黒髪の癖っ毛を揺らす背の高い男性だった。
長い前髪は眉毛の下まで伸びているが、清潔感はその肌の白さや顔立ちの綺麗さから滲みでいていた。
さらに言えば、優しい目元だったり、常にはにかむような口許は人柄のよさすら感じることができる。
「あ、たーくん」
「ごめん、翼が駄々こねちゃって、雛子まで手が回らなくて」
「ううん、ありがとう、ごめんね無理させて。友達の結婚式まで着いてきてもらって」
「いやー、しょうがないよ。二人はママっ子だし、俺一人でも見切れないのは正直なところだけど、俺も千葉夫妻にはお世話になったし参加したかったんだよね」
「むしろ一緒に来てくれてありがとう、翼も雛子にも良い経験になると思うし、連れてきて正解だよ」
お手洗いの前で私たちが立ち話していると、後ろから他の招待客がお手洗いに向かってきているのが見えたので、私たちは邪魔にならないように脇に避けた。
「じゃあ、雛子のお手洗い行ってくるから、先に席に戻ってて」
「うん」
二歳になったばかりの男の子をよいしょと抱き抱え、披露宴会場に戻っていった。
ここにいる招待客の中で誰よりも背が高くて、モデルのような体型をした私の夫は、男女問わず視線を一人で集めているようだった。
独身女性は、この高身長で整った顔立ちの男性が既婚で子持ちだと分かると、残念そうな表情をするのだが、開き直ったように「目の保養」と言わんばかりにじっと見つめているのだった。
大変な育児にも積極的に参加してくれて、さらに去年は一年間育児休暇も取得してくれた。
こんなに献身的な男性を私は旦那以外知らない。
「ママ~?」
「あ、ごめんね、行こっかー」
見とれていたのは参列者の女性だけではなく、私も同じだった。
初めてあったときから、私は彼から視線を外せない。
朱塗りのお手洗いに向かって、いそいそと私たちは進んだ。
同期の中でも一際仲が良かった千葉ちゃんが結婚するのは、本当に自分事のように嬉しかった。
私は一生結婚をしないと決めたので、こうした教会や結婚式場に足を運べるのは、友達の結婚式くらいだったし、純白のドレスを見るとまるで自分も挙式をあげているような気持ちになるので、結婚式は大好きだったし、心が満たされる自分も好きだった。
「千葉ちゃん、きれいだったね。ご両親への手紙も本当に感動したし、泣いちゃった」
式場から自宅に帰る車の中で、何回も千葉ちゃんの花嫁姿を思い出しては、胸に熱いものを感じていた。
後ろの座席では、二人の気持ち良さそうな寝息が聞こえている。
確認のために後ろを振り替えると、二つの天使のような寝顔がチャイルドシートにすっぽりと覆われていた。
「本当に良い式だったよね。俺もなんか感動した」
「ねー、ほんとね」
そのあとは、なぜか私とたーくん(旧大鷹くん)は黙って車に乗っていた。
たーくんは、夕日に照らされながら、真っ直ぐと道路を見て真剣に運転を続けている。
私はサイドミラーを見ながら、とりとめのないことを考えていた。
今日の夜ご飯は翼と雛子が好きなオムライスにしようとか、たーくんの背広を明日クリーニングに出そうとか、そういえば明日は燃えるごみの日だとか、月曜日には新人社員のモチベーションアップ研修をするんだったとか、久々に気合いを入れて履いたヒールのせいで足が痛いとか考えた。
一通り考えたときに、口を開いたのはたーくんだった。
「ちーちゃん、結婚式やっぱり挙げへん?」
耳に心地のよい関西弁が、私の心にしっとりとたーくん言葉を落としていく。
「ううん、いいの。なんかね、こだわりがなくなったんだ。昔は私も純白のドレスを着てみんなの前で祝ってほしいって思ってたし、それが両親への親孝行だなんて考えてたけど、いちばんは見栄と焦りで結婚したかったんだって気づいたんだ。みんなに“おめでとう”って言われるのがステータスだと思ってたし、結婚こそが幸せの形だと信じてたの。
でも、たーくんと出会って、幸せの形はひとつじゃないって分かったら、結婚に対する憧れとかがゼロになったんだ。むしろ、この世界でたったひとつの私たちだけの夫婦の形が、最高なんだって。世の中のみんながしている結婚の形じゃなくて、今この私たちがもっているこの幸せこそが、私がずっと求めていたものなんだって知ったの。他と比べなくても良い。自分だけの幸せで良い。形にとらわれない私たちだからこそ、結婚式もいいかなって」
「ちーちゃん…」
たーくんは、私の名前を読んでしばらく黙った。
私たちは、法的には家族になる。
血縁関係として、たーくんは私の子供であり、私はたーくんの母である。
しかし、今は夫婦という間柄と二人で認識し合って生きている。
戸籍もそのままで、私は流山、たーくんは大野の姓を名乗っている。
たーくんの父親は恐らく私のお父さんだけれども、もう誰でも良かった。
それはこの24年間隠された事実を知るものが、みんなそう思っている。
夫婦といっても、公式に認められるものではないと私もたーくんも分かっていたので、役所に届け出をするわけでもなく、夫婦で同じ姓を名乗るわけでもない。
夫婦のような肌と肌が触れあうような営みもなければ、お互いに汗ばむように求め会う日もない。
唇同士でのキスなんてしないけれども、たまにお互いの頬を合わせたりそれぞれの頬に軽く触れるくらいのキスしかしない。
手を繋ぐこともあるが、それは「家族として」の手を繋ぐ行為であり、それぞれのもう片方の手には子供がいる。
しかし、不思議なことに性欲に関することは、たーくんに対してはすべて浄化されてしまうのだ。
彼を見ているだけで、心が満たされて、その先に行こうとは思わなくなった。
ただ、たーくんは男なのでときには欲情するらしいが、別に誰でも良いわけではないみたいで、そうしたお店にいったりもしなければ、しばらくトイレに籠ってスッキリした顔で出てくるだけの日々で良いそうだ。
たーくんはよく、「ちーちゃんのお腹に性欲を置いてきた」なんて冗談を言うくらいだ。
仕事で疲れたとき、お互いに強くぎゅっと抱き合う。
これだけで、私たちは満たされる。
夫婦だから、男女だからという理由で交わらなければいけないことはないと知った。
新しい夫婦の形を私たちは築いたのだ。
長年、坂井先生が大切に温めていた私の受精卵は、再び私の体に戻してもらい、翌年にはなんと二人の元気な双子が生まれた。
それが、翼と雛子である。
血液鑑定をしたら、父親はたーくんで母親は私だ。
遺伝的には、しっかりと私の両親の遺伝も確認できる。
家族間同士で生まれた事実は変えられない。
社会的には許されない間柄だとは認識していたが、坂井先生か、受精卵の話を聞いたときに、私は本能的に「生みたい」と感じた。
未来のことは分からないけれども、少なくとも数年は私はたーくん(大鷹くん)のことを忘れられずに過ごすだろうという確信があったし、もしかしたら一生引きずって生きていくかもしれないなんても思っていた。
もうここまできたら、普通の恋愛なんて出来るわけがないし、「私四歳のときに子供を産んだんだ」何て言って結婚や交際を快諾してくれる人は恐らくほぼいないだろう。
それであれば、今ここで生きようとしている受精卵を受け入れ、新しい命として産み出すのが私の役目だと思ったし、子供への無償の愛だけで一生生きていけると感じたので、先生の話はすぐに受けようとした。
シングルマザーでも世の中の援助を受けながらなんとか頑張れば母子でも生きていけるだろうし、贅沢はできないもののそれなりの幸せは見いだすことができる。
疎遠になっていたお父さんや関係がぎくしゃくしていたお母さんとも縁を取り戻して、子育てをお願いすることまで考えて、坂井先生に出産の意思を伝えた。
あとから聞いたけれども、たーくんも同じ気持ちだったし、生まないという選択肢はそもそも無くて、私が生まないと言っても、他の人に生んでもらうようにお願いするつもりだったらしい。
たーくんも、私と結婚が難しいなら、後世に命だけでも残して、シングルファザーとして生きることを決心していたらしい。
私たちは似ている。
それは家族だからかもしれないけれども、愛でつながっているからだと私は思いたい。
翼と雛子は順調に育ち、私たちの覚醒とも言える、早熟での成長期や妊娠に関わるようなことは、今のところ確認されていない。
二人には私たちのような人生ではなく、普通の人生を歩んで恋をして結婚をしていってほしいと願っている。
私とたーくんが失った幼少期に両親の愛情で育つというかけがえのない時間を与えてあげたい。
いつか、翼と雛子が大きくなったら、「なぜママとパパは結婚していないの?」と聞いてきたり、ママとパパの本当の関係を知って、私たちのことが嫌になることもあるだろう。
「好きでママとパパの子供になった訳じゃない」とか言われることもあるだろうし「気持ち悪い」と他の子供から思われるかもしれない。
それでも、どんなことがあっても生きていく。
私とたーくんが与えられるすべてをこの二人の子供に注いでいく。
それが私たちできることだったし、私たちが求めていたことだったから。
空っぽの器でも、愛だけでも入っているのといないとでは全く違う。
いつか翼も雛子も反抗期が来るだろうし、性格の不一致で私たちから離れていくかもしれない。
隠しているたーくんと私の関係もいつか明るみに出て、悲しい思いをするかもしれない。
友達が彼らを嫌いになるかもしれないし、マスコミに追いかけられるかもしれない。
それでも私たちが愛した事実は消えない。
きっといつか、翼と雛子を助けてくれることがあるかもしれない。
愛さないことよりは、愛されたことの方が、何か、きっと。
夢にまで見た結婚は、こうして私の中で幕を閉じた。
しかし、これが私にとっての最高の結果なのだ。
まさか自分が4歳で子供を産んでいたり、5歳のときの受精卵を24歳で着床させて双子の子供を授かるとは思わなかった。
憧れていた結婚よりも、いまは最高のものを手に入れていると感じている。
他の誰にもできない、私だけの人生だと今は感じることができるからだ。
この考えまでにいたるまでに、地獄に突き落とされたような気分だったが、たーくんが変わらずに私のそばにいてくれたので、自分の人生が明るい方向へと進むことができた。
心と心がつながっている。
それだけで、こんなにも幸せなのだ。
形ばかりの結婚なんて、他人からの見栄えを気にするようなものだ。
法律だけで縛った関係から、幸せは生まれるわけがない。
描いていた結婚像とは違うけれども、こうして大切な人と二人の子供にまで恵まれて、最近では両親との仲も戻りつつある。
自慢の息子と、元気を塊にしたような子供たち。
でも、大丈夫。
私譲りの運の持ち主だから。
きっと大変な人生でも、なんとかうまくやり切ってくれる。
だって、私以上に大変な幼少期なんてこの子たちは過ごしていないのだから。
「私の子、だからね」
彼らの幸せのために、私は生きる。
今も、そしてこれからも。
最愛の人が走らせる車は、どこまでも続く幸せへの道にように感じた。
鮮やかに染める夕日の赤は、私が好きな色だ。
生き生きとしていて、生きる活力に満ちていて、めでたい色だ。
結婚式のお色直しは、やるならこんな色かななんて考えながらたーくんの顔をずっと眺めた。
この時が、ずっと続くように。
私の周りの人々が、ずっと幸せであるように祈りながら。




