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【完結】私の子  作者: 小野花壇
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新しい親子の形、愛のカタチ 20歳の息子と24歳の母

部屋を飛び出しても、現実の物事は何一つ変わらないことは分かっていた。

それでも、飛び出したのはあの空気から少しでも早く抜け出したかっただけだった。

子供のように部屋を勢いで飛び出しても、この突きつけられている事実が変わることもなければ、さらに悪化することだって容易に想像がつく。

けれども私は飛び出した。

レストランを抜けて、しばらくあてもなく走った。

周りの豪華な装飾が逆に自分をみすぼらしく感じさせた。

そういえば、自分は裸足だったと立ち止まったときに気が付いた。

ひんやりとつめたい大理石の床が、足の裏から体温をじわじわと奪っていく。

振り返っても、そこには不思議そうに私を見る見知らぬ人がいるだけで、私が本当にいてほしい人はそこにはいなかった。

こうして、私は一人で死んでいくのかもしれないとふと心に考えがよぎると、それだけで堪えてきたものがあふれ出しそうになる。

なぜ。

なぜ、大鷹くんは、私の子供なの。

普通の恋愛も許されないのだろうか。

男女が出会って、恋をして、幸せな未来を思い描くだけなのに、こんなにも障壁が多いのか。

なぜ。

私はあてもなく、裸足でホテルの中をさまよった。


「ちーちゃん」

どのくらいの時間が経ったが分からないが、後ろから私を呼ぶ愛しい人の声がした。

振り返る前に、後ろから包むこむように抱きしめられた。

服越しでも分かる人の体温は、非常に温かく、私の冷えた体をじんわりと温めてくれた。

「遅くなって、ごめん。ちょっと話してて。靴履いて、風邪ひくから。寒いやろ」

大鷹くんは手に持っていた私の上着を優しく私の肩にかけてくれて、靴も揃えて私の両足の前においてくれた。

そして私の手をつかんで、体を支えて、靴を履くのを手伝ってくれた。

周りの人が物珍しそうに私たちを見てきたが、大鷹くんはそんな稀有な視線も気にすることなく、私の目だけを見てくれていた。

「さ、いこか」

「あ・・・」

自分からレストランを飛び出したものの、残してきたお父さんお母さんが急に気になってきた。

「お父さんとお母さんには、今日はもう帰ること言うといたよ。しばらく東京にいるみたいやから、何かあったらまたすぐ会えるで」

大鷹くんは私の気持ちを察してくれたのか、そいいうと私の手を引いて、駐車場に向かおうと言った。

周りからは、普通のカップルにしか見えないはずだ。

だれが、4歳差の親子だと思うだろう。

だれも思わないはずだ。

私は大鷹くんへの変わらぬ思いをどこに持っていけば分からないまま、彼に手を引かれるまま後をついて行った。

冷静になる余裕もない中、このあとはどうするのか、全く分からなかった。

それでも、大鷹くんは変わらずに私に笑いかけてくれたので、少しだけ、心に余裕が生まれそうな予感がした。

私たちは、行き交う人々の隙間を抜けて、駐車場に向かった。


レンタルしたレンタカーの返却時間は、予定であればもっと遅かったものの、都内を車で走る予定は無かったので、そのままその足で返却することにした。

その後については、車の中で軽く話をして、一旦は今日は大鷹くんの家に泊まることにした。

明日の予定は、もともと大鷹くんのお父さんに会うことになっていたが、大鷹くんのお父さんは実は私のお父さんでもあったのでわざわざ会うことはないのでこの予定はスキップした。

明日はまるまるフリーになったわけだが、その先の予定についてまでは話にあがらなかった。

なんとなくなりゆきで、大鷹くんの部屋に来てしまった。

本当なら、きっといまごろ私たちは恋人同士になり、二人仲良く明るい未来に向かって心弾ませていたはずだ。

ところが、今は二人は親子だという事実を目の前に提示され、彼に触れて良いものか否かも迷っている自分がいる。

大鷹くんの部屋は、初めて来たときと同じようにこざっぱりと片付いていて、まるで時が戻ったかのようだった。

あのときは、お互いに何も知らなかった。

お互いに燃え盛るお互いの気持ちを熱く火をくべていただけだった。

いまでもこの熱い気持ちを沈下させた方がいいのかもしれないが、大鷹くんの優しさに触れるたびに、止めるどころか増していく。

やっぱり、私はこの人が好き。

目の前で、先ほどコンビニで買ってきた二人分のお弁当が入ったビニール袋を机の上に置いて上着をかけようとしていた。

「大鷹くん」

訳もなく、彼の名前を呼びたくなった。

「ん?なあに?」

首を傾けて、癖の強い前髪を揺らしながら、こちらを振り向く。

「大鷹くんは、どう思っている?」

意図もなく話しかけたので、急いで口から出た質問はこれくらいしかなかった。

「んー、せやなぁ。気持ちはちーちゃんと同じやで。いまさら親子や言われてもなー」

大鷹くんは困ったような顔で、でも笑いながら答えてくれた。

「でもホンマに親子やったら、ちーちゃんともう恋人みないなことはできへんな、きっと。でも、でもやで。一緒にはおれるって俺は気づいたんや。別にちーちゃんとは恋人になるのが目的やなくて、ずっと一緒に幸せな形が作れればって思っとったから、ある意味でチャンスやって感じたな。ちーちゃんと恋人みたいなことできんのは、ほんまに残念やけど」

彼はそう言うと、「おいで」と両手を広げた。

私は吸い込まれるように、彼の広げた両手の先にある胸にゆっくりと溶け込んだ。

「私、ずっと親子になったら、大鷹くんと離れないといけないって思ってた。でも、大鷹くんはそうじゃない、私と一緒に入れることを考えてくれたんだね」

「せやで。まあ、考え方次第やから、いろんなこと言う人いると思うけど、俺は別にちーちゃんが母親でもかまへんで。むしろ、ちーちゃいのに命がけで俺を産んでくれてありがとう」

大鷹くんは私を抱きしめながら、頭をぽんぽんとなでてくれた。

これは、友達でも恋人でもない、親子のスキンシップ。

そう。

新しい親子のかたち。

私たちは、部屋に入り込む夕日のオレンジ色を浴びながら、お互いに気持ちが落ち着くまで、ずっとずっと抱き合っていた。

もうこれ以上、二人に最悪が訪れないように。


その夜、私たちは同じベッドの中で眠りについた。

お互いに暗黙の了解のように、恋人同士がするような接触は全くしなかった。

ただ、大鷹くんはその白くてたくましい腕を私の方に伸ばしてくれて、ありがたく私は腕枕をさせてもらった。

「これって本当はお母さんがするんじゃないのかな」

とぼけて聞いた見たら「今日は俺がおかんや」と一緒にボケかえしてくれた。

ハハハと二人で暗闇の中で笑いあって、昔のようにまた話をした。

他愛もない話で何一つ振り返っても思い出せないものばかりだが、楽しいという気持ちでいっぱいだった記憶がある。

まだ、正直現実を飲み込み切れていないが、今ある現実を大切にするという点では、この会話が私たちの最大限の努力の結晶だ。

暗闇の中で大鷹くんが、どこかに向かって話始めた。

「今日な、ちーちゃんがいきなり部屋から出てったとき、ほんまはすぐに追いかけたかってん。でもな、お母さんちーちゃんがいなくなってから号泣しだして、もう俺もどうすればええか分からんくて。でも、ちーちゃんを追いかけない選択肢はないって俺の中では決めててん。それで、ちーちゃんは俺に任してください。お母さんたちが思っているようなやましいことはこれから一切しません。親子として付き合っていくので、安心してくださいって自然に口から出てて俺自身びっくりした。今でもこの事実が嘘なら、いますぐにでもちーちゃんのこと抱きたいって思ってねんねんけど、お母さんが震える手で俺に母子手帳とかいろいろ書類渡してきたときは、さすがに気持ちがしゅんってなったわ。でもな、俺な、当分ちーちゃんのこと好きやねん。当分って多分一生やけど、これってマザコンなんかな、俺」

私に言っているのか、自分自身に言っているのか分からないような大鷹くんの言葉は、私への愛にあふれていると感じた。

「マザコンかもね」

私は首の横にある心地よい大鷹くんの腕枕を堪能しながら、ふざけて言ってみた。

「ほんまにー?なら俺一生マザコンでええわ」

ハハハと二人で笑った。

そして大鷹くんは、私の方に向き直って、ぎゅっと私を抱きしめてくれた。

そのあとに、私のおでこに軽くキスをしてくれた。

「これは親子の愛のカタチ」

「うん」

短く私も答えた。

そして私も目の前にある大鷹くんの白くてきめ細かな肌の首筋に唇を当てた。

大鷹くんはさらに身体を自分の方に引き寄せて、抱きしめてくれた。

「あんな、お父さんが、もしよかったらって当時のちーちゃんが俺を産んだ時の先生を紹介してくれてん。明日時間あるみたいやから、一回その先生のところ、言ってみいひん?」

声のトーンが真面目な色になっていった。

「うん、いいよ」

正直、私は強い眠気に襲われていて、内容をよく把握できていなかったが、彼が言うことなら間違いないと思って、何も考えずに即答をした。

嵐のような一日だった。

頭がまだ追いつかないが、体力も限界を感じていた。

私はふっと意識が遠のいて、そのまま眠りの海の奥底深くに沈んでいくのだった。


その晩、私たちはずっとずっとお互いを離さないように抱きしめあって眠っていた。

朝が来ても、離れなかった。

もう二度と離れるまいと、ずっとお互いの肌に触れていた。

まるで、母がお腹に胎児を宿すように、大鷹くんを守るように私は身体を丸くベッドの上でうずめていた。

ベッドの上には、男女ではなく、たった一組の親子がいるだけだった。

20歳の息子と、24歳の母親という、だだの親子が。

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