親子の男女が行く先には
大鷹くんの輪とした横顔を見て、あらためて「あぁ、この人を好きになってよかった」と感じた。
彼が私の子供であることを除いて、すべてが完璧だった。
愛し合っている二人なら、もはや親子の血縁関係なんて必要じゃないのではないかと思い始めたが、それは“世間体”という概念が大きく立ちはだかる大問題だった。
恋人でもない友達でもない私達。
いきなり家族と言われても、それは絶対に信じたくないし、信じられない。
まだ、この展開がお母さんの無邪気な嘘であって欲しい、今日がエイプリルフールか何かだと私は願ってやまなかった。
「ただ、本当に僕は千羽子さんが好きです。いまでも嘘やないかって疑ってます。本当は昨日の僕の誕生日に付き合う約束をしてました。いきなりこの気持ちに蓋をしろって言われても、結構無理があります」
大鷹くんは、やっぱりすごい。
彼ならどんな人とでもうまくやっていけるし、私以上の綺麗で仕事もできる女性との方が、きっとお似合いなのかもしれない。
こんな立派な人を産んだのが私だと思うと、少し自分を誉めたいと感じた。
「ちなみにさ、仮に大鷹くんが私の子供だったとすると、誰が父親になるの?」
私は話題を変えたくて、さらに言えば大鷹くんが私の子供ではないという確証を探るべく、お母さんたちに質問を投げ掛けた。
「あぁ、それね、言い忘れていたわね」
そうそう、とお母さんは鞄からボロボロになった茶封筒を取り出した。
「要らないかもしれないけれども、一応渡しておくわね。検査結果にか変わるすべての書類」
テーブルの上に差し出された書類は、優に5センチはあったと思う。
封筒の蓋からは、白い紙が顔を覗かせていた。
すっとお母さんは両手でこちらに書類を押したが、私も大鷹くんも手には取らなかった。
代わりに質問を続けた。
「先生は何て言っていたの?」
どうせこの書類を読んだところで、理解できることとできないこと、大半は理解できないことではあるが、より混乱するだけだと察した。
それであれば、口頭で説明を受けた方がいい。
「あぁ、そうね。血液検査の結果は、この封筒に入っているけれども、千羽子と鷹志くんは100%の確率で親子に当たるわ。私達も千羽子の体から鷹志君が出てくるところを直接見たから間違いはないわ。
そうね。父親よね。これがね、未だに誰か分からないの。科学分析だと結果がつかめないって先生がおっしゃってたわ。でも、お父さんが“父親”ではないのは確実。ただ、千羽子とは血が繋がっているから、遺伝子的にはお父さんに通じるものがあるけれど。
私も未だに信じられないけれど、お医者さんが言うには、可能性の話だけれども、大鷹くんは千羽子の双子の一人なんじゃないかって。何らかの弾みで、本来受精した受精卵が千羽子の体に入って、そこで細胞分裂をせずにとどまり、千羽子の成長に合わせて大きくなっていったんじゃないかって。ただ、これも先生のあくまでも見解で、当時の医療技術だと血縁関係の証明だけが限界だったの。さらに詳しい検査を進めると、要因が分かると言われたけれども、幼い千羽子を病院に通わせて、点滴や採血ばかりの日々を過ごさせるよりは、他の子と同じように公園で遊び廻った方が幸せだと思って、先生のお話はお断りしたわ」
「そんなことあり得るの。お母さんの作り話なんじゃないの」
少し強い口調で私は責めるようにお母さんに言った。
「そうよね。気持ちは分かるわ。あぁ、千羽子のへその周りにうっすらと傷があるわよね。それは当時帝王切開したときの傷よ。若いときだから傷の治りも早くてほとんど傷がない状態だけれども、まだあるはずよね」
ごめんねさいね、とお母さんはポツリと最後に言った。
煮え切らない気持ちがふつふつと沸いてくるのが分かる。
「千羽子とお風呂にはいるとき、いつもその傷が目に入るの。その度に、なんで、何でうちの子がって思ってしまって。ごめんねさいね、本当に。千羽子を普通の子に産んであげられなくて。それから千羽子にどう接していいか分からなくて。ごめんなさい」
そしてお母さんは、喬が外れたように、しくしくと静かに泣き始めた。
あとからあとから流れ出てくる涙は、お母さんが胸の中に留めておいた24年分の涙なんだと感じた。
止まらない涙はそのうち海になってしまいそうだった。
海になったら、そのままその海で体を沈めてしまいたかった。
親子でない確証を得たかっただけたのに、親子である確証に近づいてしまった。
私は痛むはずのないへその辺りの傷が気になり始めた。
そういえば、昔からうっすらとした傷があった。
昔転んだときにできた傷だと勝手に思っていたのもあって、お母さんに傷のことを聞いたことはなかった。
聞いていたら何かが変わっていたのかもしれないが、それはお母さんをより傷つけていたはずだから、むしろ聞かないことが最善だったのかもしれない。
それでも、私は心の奥底に煮えたぎるマグマのような衝動を押さえられなかった。
人間は理不尽なことが降りかかると、淡々と受け入れるか、荒々しく逃走するかの二択だと思う。
私は大鷹くんが好き。
ただ、それだけ。
私は信じない。
「私は、信じない」
私は荒々しく逃走する側の人間だった。
それまで握っていた大鷹くんの手を振り払って、私は部屋を勢いよく出た。
「千羽子!」
「ちーちゃん!」
後ろから私を呼ぶ声がする。
でも、振り向かなかった。
この気持ちをどこにぶつけたらいいのか分からない。
私は子供のようにその場から立ち去ることしかできなかった。
いや、子供の方が素直に質問をしたり物事を受け入れようと柔軟に対応するかもしれない。
私は子供以下だ。
そんな私が、人の親になるわけない。
好きで親になったんじゃない。
望んで好きな人の母親になんてなってない。
あぁ、神様、どうして。
私は無我夢中でどこかに走った。
靴なんて掃いてない。
どこか、この現実から隠れられる場所を探してさ迷った。
しかし、そんな場所なんてどこにもないことを知りながら。




