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【完結】私の子  作者: 小野花壇
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四歳の母

母は私の理解具合を図らずに、そのまま話を続けた。

「もちろん、通常の分娩とはやり方は違った。臨月で生むには千羽子の体が耐えられるかが一番の論点だったから、それは避けることにした。未熟児と、一般的に言われる体重と月齢だったけれども、それでも鷹志くんは懸命に生きた。

生まれた直後は、先生から“万が一のことがあるかもしれません”と言われていたけれども、そんな言葉は嘘のように、大きくなっていった。

集中治療室で、たくさんの管に繋がれているけれども、鷹志くんの鼓動は力強くて、ぎゅっと握られた両手の拳がいつも頼もしかったのを覚えているわ。

それに、通常未熟児として生まれた場合は、成長しても体格が他の子供よりも小さい場合があるみたいだけれども、鷹志くんはいまではこんなに大きくなったのね。

子供の手のひらくらいの大きさしかなかったのに、ホントにね」

お母さんは嬉しそうだった。

ふふふと、目元が緩んでいて、さっきよりかは緊張が抜けているように思える。

「千羽子の体調が一番危険視されていた。未熟児のケアの経験はお医者さんたちもたくさん持ち合わせていたけれども、四歳の母へのケアはまったくの初心者で世界的にも前例が少ないので、あらゆる手を尽くしてくれた。

千羽子は、持ち前のガッツで、1か月後には退院することができて、さらに半年後には走り回れるほどに復活した。それが何よりの希望だった」

私は、まだ何も言わずにお母さんの話を聞いていた。

「大変だったのは、そのあとのこと。誰にも話していなかったはずなのに、どこからか話が漏れていて、家に帰る頃には我が家に新しい命が芽生えたということで、近所の人がたくさん押し寄せてきたわ。

昔ながらの住宅街だったし、町内会にも入っていて、近所付き合いもそこそこやっていたのが、仇だったのかもしれない。

しかし、みんな不思議がっていたのは、“私が妊婦ではなかったこと”だ。

お腹も大きくなることもなかったし、私が生んだわけではないので、当然よね。

でも、ことを荒らげたくない私たちは、“未熟児で千羽子を生んだ”ことにした。そうすれば、お腹が大きくならないことも解決する。

さらに言えば、千羽子が子供を生んだことで、“お父さんが千羽子の子供の父親”という嘘を払うことができた。

みんなは四歳差の弟ができたねと、千羽子に言っていたけれども、もちろん千羽子にはその認識はなかったから、“弟?”といつも聞き返していた。みんな口を揃えて“弟がまだ分からないか”と勝手に解釈してくれていたのはありがたかった。」

お母さんはまた話を続ける。

「お医者さんからは、戸籍としては登録が望ましいのはそのまま千羽子の子供として申請することだと言われたわ。けれどもその決断が後々にどんな結果をもたらすかまではお医者さんは予見できなかったけれども、厄介なことになることくらいは助言をしてくれた。

そこで、私たちは正式に鷹志くんを我が家の長男に、千羽子の弟にした。

はじめのうちは平穏だった。お医者さんも最善を尽くしてたので、千羽子が子供を生んだことは“医学的事例”として記録しますと扱ってくれた。

私たちもいずれは子供が欲しかったので、コウノトリが運んできてくれたギフトだと思って、大切に育てていく決意だった。

けれども、未来はどうなるかなんて誰にも見当がつかない。

誰かが千羽子が生んだ子供だと想像か誰かから聞いたのか分からないけれども、そういった噂が広がるようになっていった。

無論、そうしたこ言葉には耳を貸さなかったけれども、いつしかそうした“話題”はたくさんの蛇足がついて、“他所からもらってきた子供”“旦那が子供にいたずらをしてできた子供”“嫁と間男との子供”なんて、言われるようになった。

正直、いずれは隠し続ける真実が明るみに出ることがあるとは思っていたけれども、こんなにも早く話が出回るなんて想像できなかった。

さらに最悪なことに、マスコミが家にも押し掛けてきて、どこかの編集者から鬼のように電話がかかってきた。どこから仕入れた電話番号なのか、それを聞くのが怖かった。たぶんだけれども、知り合いがお金に目が眩んで、売ったのかもしれない。それを知ったところで、誰も幸せにならない。追求するのはやめた。一時間ごとに着信されるたくさんの電話、近所の人の目、家の前に常に知らない人がいる。もうここいいる理由も価値もないと感じた。そして、私たちはこの土地をあとにすることにした」

ここまでいうと、お母さんは再び下を向いて、沈黙した。

当時のことを思い出しているのだろうか。

すぐに言葉が続くと思ったけれども、なかなかお母さんは言葉を出さなかった。

その様子を見たお父さんが、お母さんの方を見て、優しく背中をさすった。

優しい人なんだな、と感じた。

お母さんが言葉に詰まっているようなので、今度はお父さんが話し始めた。

「そのあとは、家と土地を売って、新しい場所に移り住んだ。新築の家だったから、なかなか良い値段で売却できたのもあって、資金は潤沢やった。

もちろん、仕事も変えたが、はじめのうちはなかなか良い仕事が見つからなかったものの、家を売ったお金でしばらくは働かなくても家族四人で生きていけるだけの資産はあった。

東京から離れたいというのが、母さんの希望やって、俺のふるさとである大阪にいくことにした。マスコミの足がつかないようなところを探して住んだ。

けれどもマスコミの粘り強さといったら、そりゃあもうピカ一で毎日張られていたよ、家の前を。

それもあって、幼少期だけれども千羽子も鷹志もあまり外で遊ばせてやれなかった。

夜、といっても、深夜に近いが、マスコミがいない時を狙って公園で遊ばせることくらいしかできなかった。

もちろん、保育園にも幼稚園にも通わせられなかった。

それでもすくすくと育ってくれる二人を見ると、幸せだった。

仕事はなんとか派遣でつないで、食いぶちには困らなかったのは幸いだった。

だが、やはりマスコミたちは会社の同僚にうまくつけいって、情報を集め出した。俺はそれが予想できていたから、家族の話題は避けて、できるだけ明るい話をしてその場を取り繕った。

大阪での生活が一年ほど続いたとき、致命的な事実が起こった」

「致命的な事実?」

大鷹くんが思わず間に入った。

お父さんが話しているから、相づちが打ちやすかったのかもしれない。

「あぁ、そうだ。

マスコミがな、ついに出したんだよ、変な記事をさ」

私は週刊紙に乗る自分の写真と嘘で塗り固められたモノクロの記事をイメージした。

「あることないこと全部好き勝手書かれてたさ。何かの小説かドラマかと思ったよ。こんなこと、あるはずないって思わせても、あいつらには人権を守るっていう脳がないから、ほぼ特定できる形で、週刊紙が売れるために話をでっち上げていったんだ」

週刊紙が書いた内容は、想像もしたくないほどひどそうだったので、私は想像することすら辞めた。

「その記事が出てからっていうもの、また近所にマスコミが溢れ帰るようになって、もちろんそのアパートにはいられなくなったし、大家に言われるまでも自分達から身を引いたがな。それに、派遣の仕事も打ちきりになった。理由は聞かなかった。聞いても仕事が続けられるわけでもないし、続けたい希望はなかったからな。

そしてまた新しい家を探して、移り住んでを三回くらい繰り返した。

千羽子が小学生になるころには、マスコミのストーキングも落ち着いてきた。他にネタができたのか、それとももう俺らからはネタがとれないと思ったのか、どちらにせよありがたいことだった。それもあって、千羽子を小学校に通わせることができた。

しかし、ここまで頑張ってきたが、俺と母さんは正直参っていた。

幸せな生活だったし、お互いに今でも愛し合っているが、喧嘩は前より増えたし、気分の浮き沈みも激しくて、お互いに良い距離がとれなくなっていった。

それもあって、千羽子の小学校入学と同時に別居することにした。

その方が社会的にも良かった。

お母さんのたっての願いで千羽子は岩手の小学校に通わせて、そこで育てたいと言ってくれた。

鷹志は俺がきっちりと面倒を見るということで、話はすぐについた。

そして、それぞれ離れながら暮らすことになった」

「私のせいで、お父さんとお母さんが別居したの?」

初めて私は二人の話に口を出した。

なんだか質問が嬉しそうな顔とやはりそこを聞いてくるのかという切ない顔が合わさった表情をしていた。

「違うよ、千羽子」

お父さんが優しく、ゆっくりとした口調でいった。

「夫婦っていうのは常に一緒にいるわけではない。苦楽を共にはするがお互いに必要なときは一緒に励まし合う存在になる。離れていても気持ちは変わらない。

実際、離れてからでも、こうして毎月会うことにしている。時間が許せば、また母さんはとは一緒に暮らしたいと思っている。それに、鷹志が二十歳になったらこの事実を伝えて、可能であれば昔のように四人でひとつ屋根のしたで暮らしたいと申し出るつもりだった。

しかし、もう二人が出会っているなんて、想像できなかったよ。結果的にはこうなってしまったが、事実としては伝えることができて良かった」

「お母さんは、お父さんが嫌で別居したんじゃないの?」

「それは違うわ千羽子。お父さんを愛さなかったときなんて、一日もなかった。時間が許せばずっと一緒にいたかった。けれども、お母さんね、疲れちゃったの。ごめん。大阪にいるだけで心が塞がってしまって。

岩手にいくのを提案してくれたのはお父さんなの。自分の生まれた土地なら鋭気を養えるだろう、実家の手も借りられるだろうって。もともと東京にいたいという意思もなかったし、大阪にいるより岩手の方が心が休まると思ったの。

お父さんが“ダメな旦那のふりをするから”って言ってくれて、ようやくここまで元気になることができた。

それでも、なぜ千羽子が?って思わない日はなかった。けれども時間が解決してくれるって。

おかげで、岩手に移り住んでからはマスコミも来なかったし平和な日日だったわ」

「大阪にはちょくちょくきたけどな」

お父さんが冗談めかして言った。

ふふ、とお母さんが笑った。

お父さんのこの明るさが、いつもお母さんを照らしてくれたんだなとふと感じた。

「よかった」

よかった。

二人の別居の原因がずっと分からないままだった。

もしかしたら、私が原因なのかもしれないと物心ついたときからずっと思っていたので、ひとつ安心できた。

「俺、ずっと、小さい頃からお姉ちゃんみたいなひとがいるって思ってたんです。それは、ちーちゃんやったんだっていま知ってなんか納得できました。いや、納得はできてないけれども、なんか、府に落ちた気がします」

「大野は、俺の名字で別居しなければ、千羽子も大野千羽子立ったんだ。でも、母方の姓を名乗っておけば、後々の問題も面倒にならないと思って流山を名乗らせてたんだ」

そこまでいって、お父さんは深々と頭を下げた。

「すまん、千羽子。俺にはあのときできる最大限だったんだ。いきなり、別居して片親として本当に辛い思いをさせたと思う。母さんから話はまめに聞いていたから、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。だから、これから、父さんとしての役割を果たさせてくれないか」

「いやいや、いいよ、お父さん。私は自分のせいだと思っていた別居の理由が別にあったなら、それだけでよかった。それに、まだ、大鷹くんが私の子供だって言われても実感がないし理解ができないし、正直お母さんの話もまだうまく飲み込めてないから、未来の話はもう少し先が良い」

そうだよな、とお父さんは小さく呟いた。

それは私ではなく、まるで自分自身に言っているかのようだった。

ここで、一旦は昔話が終わった。

なぜ私が四歳で妊娠をしていたかについては、またあとからお母さんが教えてくれた。

心のモヤモヤは晴れないけれども、いまは、こうしてまたお母さんとお父さんが一緒になれているので、それはよしとしたいと思う。

しかし、問題はここからだった。

過去は良い。

過ぎてしまったことは、変えられない。

私たちは未来に生きていくしかない。

つまり、私と大鷹くんの今後についてだ。

「あの、つまりだな、千羽子と鷹志は」

お父さんが言葉を細かく区切って話し始めた。

「二人は、付き合ってはいないんだよな?」

迷ったあげくに、直球で聞いた方が後腐れないと言った風な聞き方だった。

私にとっては回りくどく聞かれても、回答がうやむやになるだけなので、この聞き方の方が好感が持てた。

しかし、持てたのは好感だけで、その先は嫌悪感しかなかった。

私は大鷹くんの方を向いた。

彼も私を見た。

私としては付き合っていると言いたい。

現にずっとそう思ってきたし、今もそう思っている。

しかし、正式に「いまから付き合おう」と何かの形で線引きしたわけではない。

私たちがしたのは、夜の旅館の一室で、お互いの肌を触れ合わせただけのこと。

キスもしてなければ、告白もない。

私は流れに任せて胸を出しただけで、大鷹くんは男らしく感じた性を下半身で表現していただけだ。

どう答えるのが良いのだろうか。

悩んでいるのを察した大鷹くんが話し出した。

「付き合うつもりで会っていました。昔も今も。ちーちゃんことは、本当に好きです。今まで出会ってきたどの女性の中でもちーちゃんは素敵で、俺の一番最初に付き合って結婚するのは、ちーちゃんやって今でも思ってます。」

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