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【完結】私の子  作者: 小野花壇
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家族を守るためにとった最善の決断は、子供にとって最悪の決断だったのかもしれない

お母さんは重苦しい口を開いて、空気中のどこかにある言葉を探して繋いでいるようなたどたどしい感じがした。

昔話を思い出しているからだろうが、それははっきりと覚えている事実を、言うのをためらうがゆえに言葉に詰まっているような印象だった。

お母さんの話は私が生まれたときから始まった。

「千羽子が生まれたのはいまから二十四年前。私とお父さんが結婚してから一年後のことだった。千羽子は順調に普通分娩で生まれてきてくれて、私たち家族に幸せをたくさん運んできてくれた。始めの数年は、特に何か気になることもなく、みんなと、他の子供たちの同じように成長していった。

けれども、異変、というか気になることができたのは、三歳になってからだった。

千羽子のお腹が他の子よりも膨らんでいることに気がついたの。ちょうど三歳児検診と重なったのもあって、お医者さんに聞いてみたの。でも、お医者さんは異常ないって。お医者さんが言うには、この時期の子供は等しくお腹が出やすいし、運動量も増えてくるとおのずと引き締まってきますよ、と。それに千羽子はよく食べる子供だったから、余計に心配は要らないですよ、と。そのときは、お医者さんの言葉を聞いて安心したわ。はじめての子供だったし、私たちはそのときお互いの実家を離れて東京で二人だけの育児だったから、周りに相談できる人もいなかったから。お父さんは、大阪で、私は岩手。お互いの両親は頼りにできなかったけれども、精いっぱい育児をしていた。今思えば、あの時、もうひとつの千羽子の変化もお医者さんに聞いてみるべきだった。そうしたら、でも、いや、未来は変わらなかったかもしれないけれど」

お父さんは、お母さんの話をじっと聞いていた。

どこか見ているはずだが、それがどこか分からないような視線の合わせ方だった。

私の昔を思い出しているのだようか。

表情は、固かった。

「もうひとつの変化とは?」

隣に座る大鷹くんがお母さんに質問をした。

変わらずに、私の左手をぎゅっと固く握っていてくれている。

「もうひとつの変化は、ね。始めは気のせいだと思ったの。でも、致命的なことがあって、言うのが怖かったのかもしれない。それに、そのあとやっぱり不安になって、かかりつけの子供病院の先生に見てもらったの。

千羽子はね、生理がきたの。三歳になってすぐに。それが、生理だったと分かったのは、千羽子のおむつについていた微量の出血を調べてみたら、経血だってことが分かったの。でも、分かったところで、未来は変わらなかった。それに、お腹はどんどん大きくなるばかりだった。

お医者さんも心配して、お腹に腫瘍ができているかもしれないからって、大きな病院に紹介状を書いてくれたの。内蔵から出血してしまって、それがおむつについたのかもしれないって、最初は想定していたみたいだから、手術を早めにすればなんとかなるって。少しだけ、安心したわ。治る病気なんだって。その腫瘍を取り除けば、千羽子は他の子と同じように、元気で普通な女の子なんだって思った。

そして、東京にある大きな病院に行った。人間ドックで入るような大きなレントゲンの機械に入っていく三歳児は、とても不安にさせるような光景だったのを今でも覚えているわ。それに、あの機械に入ると、千羽子が永遠に帰ってこれないんじゃないかって、変なことも考えてしまって。それでも検査は無事に終わった。検査にはお父さんも付き添いで来ていたのだけれども、先生の部屋に呼び出されたのは、なぜか私だけだった。何か嫌な予感がした。お父さんが呼び出されない前向きな理由を必死に考えようとしたけれども、答えはでなかったわ。

そして呼ばれた部屋で、検査結果を聞いた。当たり前に耳を疑ったわ。冒頭に、“お子さんは、胸などが膨らんだり、体毛が生えたり濃くなったりしたことはありませんか。それも大人のように、子供のようではなく”と聞かれた。それは三歳児検診で私が聞けなかった千羽子のもうひとつのからだの変化だった。“はい”と私が答えると“やはり”と短く返答された。そして、言われたの。“お子さんのお腹に、お子さんがいます”って。どんな冗談よ、と思ったわ。そんなことないです、本当ですかと何回聞いても、先生は首を横に振るばかりだった。

先生はレントゲン写真を見せてくれた。白黒に写るその写真の中には、くっきりと赤ちゃんの部屋が黒く写し出されて、真ん中に白く丸い影も写っていた。“これが赤ちゃんです”、と言われた。その写真は私が千羽子を生むときに、産婦人科でよく見ていたものだったので、私自身も見間違えることはなかった。第一子ができて、毎日毎日愛おしく眺めていたんだもの。いまでも千羽子のお腹の中にいたときの写真は鮮明に思い出せる。

先生は淡々と言ったわ。“世界的に見れば非常に珍しい事例ですが、同じように幼児が妊娠した事例は報告されています。大変失礼な質問をさせていただくことをご了承いただきたいのですが、ちなみにお子さんとお父さまとのご関係は問題ないですか”。先生が私だけを医務室に呼んだのはこれが理由だったの。“世界的な例を見れば、言いにくいのですが、お子さんのお父さんがお父さんであるケースがあります”。先生は私の沈黙をつなぐために、言葉を繋げてくれたのかもしれないけれども、それは私にとっては逆効果だった。もちろん、お父さんがそんなことをするはずはないと思っていたし、血液検査の結果、違うと証明されたけれども、その言葉を聞いた私はもうその後何も考えられなかった。先生が続けて何かをいっていたけれども、そこで私の集中力は途切れて、ただひとこと、“文章でいただけますか”とお願いして、部屋を立ち去ったことくらいしか覚えていない。

そのあと家に帰って、お父さんの二人で先生が作った書類を読んだ。お父さんも衝撃的な事実に言葉がでなかったわね。もう、この世の終わりのようだった。元気な千羽子。当たり前に走り回って、当たり前におままごとをして、“ママ”と呼んでくれる可愛い子供。でも、お腹には新しい命が宿っている。さらにその新しい命の父は分からない。

先生の書いた文章の中には、お願い事が二つあって、ひとつ目はこのまま妊娠を継続させて子供を産ませるべきか、生ませるなら帝王切開になること、二つ目は生まれたあとに家族内の血液検査をして血統を確認したいかを決めてほしいということだった。私たちは悩みたかった。しかし、期限は三日後だった。なぜならば、四日後には“胎児として扱わなければならない”時期にはいるような胎児の成長ぶりだったからだそうだ。中絶をするなら、三日後が期限です、とそこには書かれていた。

まず、文章を受け取った当日はお互い口を閉ざしてしまったので、それぞれ結論を考える形になった。仕事はもちろんお互いに休んだ。けれども、お互いにこのことを、話題することはなかった。避けていたのよね。私はもちろんお父さんがそんなことするはずないって思っていたし、どう考えてもそんな時間はなかった。千羽子とお父さんが、二人きりになることなんてまず当時はなかったし、仮にそうしたことがあったとすれば、もっと千羽子に変化があるはずだったから。

翌日になっても、私たちは口を固く閉ざして、回答期限の三日後になった。あっという間に時間が流れたのを覚えている。仕事をしている三日後とは、時間流れが明らかに早かった。目の前で元気に遊ぶ千羽子を見ていると、本当にあなたのお腹には赤ちゃんがいるの?と聞きたくなるほどだった。赤ちゃんという存在をようやく認識し始めたばかりのこの子に、何が起きているのか、時間が経つほどに分からなくなっていった。

回答期限の日、朝病院から私の携帯電話に着信が入っていた。かけ直すと、看護師さんが出て、“ご存じかと思いますが、本日が期限となります”と言われた。“はい。本日中には回答します”とそれだけ言って電話を切った。

お父さんがその姿を見て、“話そう、母さん”とお互いにテーブルにつかせてくれた。

私が気にしていたのは、千羽子がこれからも無事に生きていけるかだった。父親が誰だとかはどうでもよかった。もしも産んだら、誰が育てるのか?無論四歳になる千羽子には無理だ。そうなると、実家にも助けを求められないので必然的に私になる。それは良いのだが、その後千羽子はどう生きていく?そればかりが、気がかりだった。どんなにひた隠しにして言っても、いずれ千羽子が子供を生んだ事実はどんな形であれ、明るみに出てしまう。それに、子供が子供を生んだとなると、それは奇異の目に晒されてしまう。もしも、生まない選択肢をしたとすると、その子の命は一生奪われてしまう。千羽子はもしかしたら生みたいかもしれない。でも千羽子に聞いたところで、千羽子はこの現実をまだ上手に理解できない。それに、生んだとすると、赤ちゃんが大きくなったときに、“父親は誰だ”という問題に必ず直面する。当たり前に生んだあとも、“父親は?”という質問を必ずされるし、いの一番に疑われるのは、お父さんだ。この話がどこからか漏れるとマスコミやらなんやらに追われる日が来るかもしれない。そうさると、私たち家族は終わりだ。最悪この地を追われるだろうし、仕事も首になるかもしれない。そうなると、子供二人を養えるわけがない。実家は、田舎ということもあり、田舎こそそうした手に足がついた噂話が蔓延し、実家にも迷惑をかけてしまうので、実家は絶対に頼ることができない。いっそのこと、海外でも移住すべきか。どうする?どうする?

ちなみに、私が中絶を選択したくないと思ったのが、ちょうどその頃、仲が良い会社の同僚の子供が胎内で死産したというのを本人から直接聞いたからだった。同僚は子供が欲しくて欲しくて、何年も妊活をしていて、病院にも通ってようやく新しい命に目が咲き始めたばかりのとき、心音が聞こえないと言い渡されたのだ。子供が欲しくてたまらない同僚。子供がいるのにどうしたらいいか分からない千羽子。大人の判断で、この小さな命を奪って良いのか。赤ちゃんは必死に生きようとしている。神様からの贈り物をなかったことにすべきなのか。私には答えがでなかった。

お父さんは、どこか落ち着いているようすだった。

ダイニングテーブルの上でゆるく手を組んだ形で起きる、しゃんと姿勢を正し、優しい視線を送ってくれた。

その表情を見たら、なんだか、一気に悩みから解放されたきがした。

あぁ、そうだ、私何を悩んでいたんだっけ、と。

どんなときも、この人のことを信じて、この人と一緒に乗り越えていくんだったって、思い出したの。

最初に口を開いたのはお父さんだった。

“母さん、ほんまにすまん。迷惑かけた”

お父さんはすごくすっきりした顔と声をしていてね、なんだか答えがもうすでに決まっているようだった。

“なぁ、母さん、いろいろ考えくれたんやろ。ほんまにありがとう”

“私まだ、答え決まってない”

“なんや、一人で答えだそうとしてたん?一緒に考えようや。俺ら夫婦なんやし”

そう言って、大きくて骨張った手を私の方に差し出してくれた。

手を握ろうと言ってくれているのだと思って、私も自分の手をお父さんに向かって差し出した。

テーブルの下から挙げた私の手は思っている以上に震えていた。

その様子を見て、お父さんが“なんや、寒いのか?”と聞いてきたのをよく覚えている。

私は思わず笑ってしまって、一気に緊張が抜けたのを思い出したわ。

そしてその日の午前中いっぱい二人で話して、結論を出した」

ここまで言って、お母さんは一息ついた。

そして既にぬるくなったお茶に口をつけて、また一息ついて話を続けた。

「鷹志くん、あなたを生むことにしたの。もちろん、生んだのは千羽子なのだけれども。そして四歳の夏に、千羽子は母親になった」


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