運命の告示。こんな残酷な嘘はあるのだろうか?
大鷹くんの体は、予想通り白くて滑らかでそれでいて筋肉がしっかりとついていた。
着痩せするタイプだなと感じた。
服の上からでは分からない男らしさを感じることができて、私は一つ幸せな気持ちになった。
こうして彼といると、ひとつ新しい発見がある度に幸せを感じていける。
それが一生続くとなると、それはもう言葉には表せない幸せだった。
キスはまだかと、ずっと待っていた。
こんなにも耳や肩、首にはキスをしてくれるのに、肝心な唇や胸にはなかなかしてくれなかった。
どうやら焦らされているようだ。
初体験にしては、何やら経験を感じさせるような玄人ぶりが伺えるが、もう彼が本当に初体験を経たかどうかなんてもうこの際どうでもいい。
私のものにさえなれば、あとからなんとでも言える。
「ちーちゃん」
何度も私のことを呼んでくれるこの愛しい人。
「キス、してもいい?」
聞かなくてもしてもいいよ、と内心思ったものの、素直に「もちろんだよ」と答えた。
大鷹くんは何かを躊躇うような表情を一瞬浮かべた。
それは欲を必死に制御するための苦悩の表情なのか、はたまたそれはまた別のことか。
それでも、私は彼を受け入れる準備をするだけだ。
いつの間にか下の下着にも手をかけている彼がいた。
もうくるところまできた。
あと数十分後には、お互いに満たされた二人が布団の上で荒い息を整えているんだ。
そう思うだけでも、十分に興奮した。
あと1センチ。
鼻と鼻が触れ合う。
お互いに同じ角度で顔を傾けたからだ。
少しだけ二人で笑って、いざ、キスをする。
キスをした、と思った。
けれども、私達は一瞬時を止めた。
ブブブ、ブブブと何かが震える音がどこかから聞こえる。
私達は音のする方に顔を向ける。
おかしい。
携帯電話の電源は切ったはずだ。
「旅館の方かな?無視してもええかな」
大鷹くんはそう言って私の手をぎゅっと握って、また二人の世界に入ろうとした。
けれども、その振動音は決して止まらなかった。
さすがに違和感を感じた私達は一度体を起こして、音がする方をさらに見やった。
「…携帯電話?」
「…せやろな。でも、切ったんやけどなぁ、なんでやろ」
そういった瞬間、お互いに「あ」と思い当たる節を見つけた。
「会社の携帯電話かも」
「俺もそう思った」
しまった、とお互いに不覚と感じた。
プライベートの携帯電話は切ったものの、会社の携帯電話までは意識が向かなかった。
「どうする?出る?」
「せやなぁ、こんな時間やし、急ぎかトラブルやと思う。一応見るだけ見るかな」
「うん」
私も念の為に自分の会社の携帯電話を確認しにいった。
大鷹くんは、トランクス一枚で、私は布団の上にある浴衣をさっと着て、前だけ隠れるように簡単に羽織って自分の荷物を見に行った。
鞄の中で点滅と振動を繰り返す携帯電話を見つけた。
「ごめん、私だ」
「すまん、俺だ」
同じタイミングで電話?
そんなことあるだろうか。
誰からだろうと画面を見ると、そこには、「お母さん」という文字が表示されていた。
「父さんや」
「え?大鷹くんも?」
「ちーちゃんは?母さん?なんやこんな時間に」
胸騒ぎがした。
会社のトラブルではないことが分かり、安堵するはずなのに、ざわざわと胸を騒ぎ立てる何かを感じた。
「出るね、急ぎだと思うから」
「俺も出るわ」
それぞれ声が邪魔しないように、違う方向を見て長い呼び出し音に答えた。
「もしもし?お母さん?何?どうしたの?」
私はかなり怪訝そうな声で出た。
「千羽子、いまどこにいるの?」
「どこって、外だけど。何?」
電話口のお母さんの声は、とても焦っているように聞こえた。
「外ってどこ?」
「あー、松島だよ。旅行に来てて」
「…松島?誰と」
沈黙が妙に怖い。
「えっと、彼氏だけど、どうして?」
なんだろう、この誘導尋問のような会話は。
「彼氏か。ちなみに彼氏どんな人?」
「どんな人ってこの前言った人だよ。覚えてない?」
「…大野くん、だっけ?」
「そうだよ、よく覚えているね。ところで要件あったんじゃないの?」
お母さんがなぜ電話をしてきたのか、意図が全く掴めない。
「千羽子、大野くんとどこまでいったの?いつから付き合ってるの?」
「なに?お母さん。いきなり結構大胆なこと聞くね。ちなみに今日から付き合うことにしたの。だから、まぁ、その、これからだよ」
娘の込み入った話にまで介入するなんて珍しい。
「あぁ、良かった…」
電話口からお母さんの安堵する声が聞こえた。
良かった?どういうこと?
「お母さん、ちょっとどういうこと?」
そう言うとお母さんはすぐに、
「あ、ちょっとだけ待って」と言って、誰かと話しているような声が電話口の奥から聞こえた。
なに、どういうこと?
しばらくすると、お母さんが電話口に戻ってきた。
「ちょっと、千羽子、驚くかもしれないけど、よく聞いて。いい?今から話すこと、冷静に聞いてほしい。千羽子のために言うから。いい?」
「え?なに、ちょっと改まって。どういうこと?サプライズか何か?」
胸のざわめきは天井がないらしく、さらに沸き立っていった。
「あのね、驚かないで、驚くかもしれないけれど」
「うそ、お母さん、なに」
お母さんの声がいつになく聞いたことがないような他人の声になった。
「あのね…」
そこから私は記憶がない。
お母さんの言葉は、信じがたいという言葉で片付けられるものではなく、なぜ、どうしてと、どこにもぶつける事ができない気持ちがただただ自分の中で渦を巻いていただけだった。
だって、信じられる訳がない。
いや、あるはずがない。
あり得るはずがない。
だって、どう説明するのだ。
どう説明できるのだ。
私が、大鷹くんを産んだ母だということを。
大鷹くんは、私が産んだ子供だという事実を。




