運命の日の始まり。彼の腕の中で抱かれる私は
運命の日は、一週遅れてやってくるらしい。
予定がずれたのだ。
本当ははじめての温泉旅行の前週に行うはずが、大鷹くんのお父さんの出張の予定がずれてしまい、なんと温泉旅行の次の日になった。
元々混雑を避けるために、金曜から一泊二日の予定だった。
大鷹くんのお父さんは日曜日にくる。
いずれにしても、私も大鷹くんも問題はなかった。
いつ会うにしろ、私たち二人が交際するのは決まっていることだったし、どちらが不定をしない限りは、付き合う未来は変わらない。
私も大鷹くんに一途だし、大鷹くんも私に一途だ。
それに、逆に運が良かったと思っている。
正式に交際をしてから向こうの父にあった方が話はスムーズだし、きっと見映えもいい。
未成年と交際紛いのことをしている社会人はどうしても形見が狭い。
手さえ触れていないほどなピュアな付き合い(といっても、恋人未満友達以上)をしていても、いくら口で言っても信じてもらえないだろう。
どうせ、もう付き合って済ませることはある程度済ませてきたんだろう?と思われるのが関の山だ。
そう思われても致し方ないし、思われて当然と24歳の私は思うけれども、実際に20歳を目前にした19歳の男の子に手を出していないことは真実だ。
それも、彼の誕生日を過ぎれば、私たちの関係は進んでしまうのだけれども。
そういうなり行きで、運命の日は延長された。
空いてしまった予定には、なんと急遽ではあるが大鷹くんの友達と食事をすることになった。
しかも、先日愛知での結婚式を挙げたあの夫婦とだ。
なにやら二人は遠距離恋愛だったらしく、奥さんは東京、旦那さんは愛知と離れて暮らしながらも愛を育んでいたらしい。
お互いの出身地が愛知であるので、愛知で挙式をしたが、旦那さんが仕事で東京に籍を移すのをきっかけに東京で正式に新居を探すのだという。
新婚夫婦はキラキラしていてとても眩しかった。
でも見ていて全く苦痛ではない。
むしろ、もっと視界に入れていたいほどだ。
光輝くお互いの薬指にはめられた結婚指輪は、なんとも言えない輝きを放ち、二人の輝かしい未来を祝福しているようだった。
もっと早く会えていたら、結婚式に呼んだのにとも言ってくれた。
大鷹くんと二人で出席する結婚式はさぞ楽しいだろう。
新婚パワーをもらうと、私も結婚をさらに強く意識せざるを得ない。
けれども、その未来は確実に近づいている。
私は夫婦と大鷹くんのやりとりを見つめながら穏やかな気持ちで過ごした。
何よりも嬉しかったのが、大鷹くんが知り合いを紹介してくれたことだ。
自分の知人を紹介してくれることなんて、今まで付き合ってきた人にはなかった。
影の恋人なのだろうか?とも思った時期もあった。
しかし、今は違う。
彼はしっかりと私の存在を認めてくれて、他者にも認識させてくれている。
こんなに嬉しいことはない。
大鷹くんは、私を認めてくれている。
それだけでも、心が満たされる。
そんな素敵な休日を過ごして、いざ温泉旅行の日になった。
「ちーちゃんの浴衣姿たまらんわー」
景色が速く過ぎる感覚が気持ちよかった。
宿がある宮城県仙台市へと私たちは車を走らせていた。
運転手は大鷹くん。
私は助手席。
会社の福利厚生で借りたというレンタカーを颯爽と乗りこなして、私たち一行は順調に目的地に向かっていた。
「大鷹くんも背が高いし、絶対似合うよ。想像しただけで好き」
「浴衣着て一緒に写真撮りたいわ。ええやろ?」
ドキリ。
わたしの胸の鼓動が高鳴る。
大鷹くんとのツーショット。
そういえば、彼と一緒に写真を撮ったことはまだなかった。
あんなにもデーもを重ねていたのに、写真を撮る流れにならなかったのは不思議である。
きっと、一生の思いでになる。
今日は運命の日。
特別な日。
大鷹くんの誕生日。
私たちの、交際記念日。
平日ということもあって、高速道路は空いていた。
車道を走る長距離運転の大型トラックを横目に、大鷹くんは軽々としたドライビングテクニックで車を走らせていた。
「車の運転上手いね。慣れてるかんじがする。普段運転してるんだっけ?」
「せやなー。都内が仕事エリアやけど、埼玉とか千葉とか神奈川とか駅から遠いところのお客さんにも会わへんといけんから車使うてるなー。歩くと時間かかるしタクシーだと割高やから、会社でも来るまで行けって。タイムイズマネーやからな、俺らの仕事は」
「今度私にも運転教えて」
「もちろんやで!早速来週から特訓やな。代わり番こに運転して大阪までいく?」
後半はもう笑いながら話していた。
「あはは、いいよ。今度は私たちから大鷹くんのお父さんに会いに行こ」
「そらありやな。父さんに食い倒れるまでおごってもらおうや。ちーちゃんは俺の父さんよりも酒強いから余裕やろうな」
車内は和気藹々と盛り上がっていった。
どうしてこの人とはこんなにも話が止めどなく溢れていくのだろう。
大鷹くんと話し始めると、夜がいくつあっても足りない。
波長が合う、とはまさにこの事なのだろう。
そして運命の相手とは、まさにこの人なのだろう。
運命の人に、出会い方や愛され方や過去の経歴は全く関係ない。
運命の人同士が出会って、恋をする、そして結ばれる。
私たちの出会いは、出会い系アプリだったけれども、幾人といるアプリ上で出会えたのは仏前だ。
出会い方こそ、少し人に大きな声で言えないようなところはあるが、それは他人には関係ない。
現に私たちはこんなにもお互いを求め、愛し合っているから。
出会い系で出会ったから本気の恋ができないなんて、誰がいうのだろう。
それは、出会ったことがない人がいう戯言である。
合コンで出会ったって、ナンパで出会ったって、お見合いで出会ったって、それは正真正銘の出会いである。
出会いの形に嘘はない。
どんな形であれ、私たちは出会うべくしてであったのだ。
窓の外を流れる景色をぼんやりと見ながら、これまでの大鷹くんとの出会いを振り替えってみる。
今日私は、今となりにいる大野鷹志くんと付き合う。
きっと、恋人としての一線を越える。
お互いにそれを望んでいる。
今日から始まる私たちの新しい人生。
まるで今日という日を祝福してくれるかのように、空はどこまでも澄みきっていて、清々しかった。
大鷹くん。
あなたが好き。
心から好き。
この気持ちは、ずっと変わらない。
だからあなたも、変わらないでいて。
私は大好きな人を愛おしく眺めた。
「あと一時間くらいで着くなー。ちーちゃんといるとあっという間に時間過ぎるわ。魔女みたいやな」
サービスエリアでアイスクリームをお互いに食べながら一息ついていた。
大鷹くんはずんだソフト、わたしはずんだとバニラのミックスにした。
仙台名物のこの枝豆をペーストにして砂糖で味付けをした味は、地元の岩手にいたときも何度か食べていた味だった。
地元を思い出すと、自ずと実家のお母さんのことを思い出す。
今日という日が過ぎたら、すぐにお母さんに報告しよう。
恋人ができたと。
せっかく宮城まで来たので、旅館のチェックアウトをしたあとにタイミングが合えば岩手の実家まで行って会いに行ってもいいかもしれない。
もっと、大鷹くんと先に進みたい。
最早今日プロポーズされても良いくらいだ。
「魔女みたいって誉められている気がしないなぁ」
「もちろん誉めてる誉めてる!」
大鷹くんは口にずんたソフトをつけながら、必死に弁解をした。
もしもすでに私たちが付き合っているなら、私は彼に口づけをしてその口についたずんたソフトを取ってあげるのに。
それもあと12時間後には、自由にできる。
時刻は11時。
きっと夜の今ぐらいには、彼の腕の中で抱かれている。
それがどんなに尊くて嬉しいことか。
「魔女なら大鷹くんと一生一緒にいられる魔法かけるよ」
「そんな魔法いらんよ。魔法なんて無くてもちーちゃんとはずっと一緒におるよ」
大鷹くんは真面目な顔になって私を見つめてくれていた。
いつの間にか口についていたずんたソフトはなくなっていた。
こんなにも私を好いてくれる彼にどうしたら私の思いを伝えたり、愛を注いでくれる感謝を蔦選られるだろうか。
魔法でも何でもいいから、彼との幸せがいつまでも続きますように。
「ありがとう。魔法使いはどっちかと言えば、大鷹くんの方だよ。出会えて本当に良かった。どんな魔法を使って、私のこと探したの?」
「あんな、ちーちゃんに会えますようにーって」
ニカッと歯を出して私の好きな笑顔を見せてくれた。
「さーてと、そろそろいこか?」
「そうだね」
私は残ったソフトクリームを急いで食べようとした。
「ああ、すまん。急がんでええよ。お昼は仙台でええよな?」
「うん。駅前にある美味しい牛タン屋さん。平日だしたぶん混んでないと思う。そのあとは、予定通り松島周辺を散策してチェックインだね」
ドキドキが止まらなかった。
早く大鷹くんのものになりたい。
正式に大鷹くんの女になりたい。
あと数時間後の私自身に、私は胸をときめかせていた。
ランチで行った牛タン屋は、平日でもかなり混雑していた。
でも、混んでいるからこそ入りたいと大鷹くんは言ってくれたので、行列に並ぶことにした。
一度お母さんと仙台に一緒に来たときに入ったことがある店で、とても美味しかった記憶があったので、機会があればまた入りたいと思っていた。
幸いにして、平日の昼ということもあり、サラリーマンが客の大半を占めていたので、お客の回転率がよく10分ほどで着席することができた。
「ちーちゃんおすすめある?」
「やっぱり牛タンセットかな。特上いっちゃおう。車運転してくれたお礼にごちそうするよ」
「ほんまに!おおきにー!んじゃあ特上で」
さすがに東京からぶっ通しで運転をしてくれた彼を労わないわけにはいかないし、ここは先輩として年上として威厳を張るところだ。
このお昼が、恋人未満友達以上の最後のランチになるのだから。
年収は、大鷹くんの方が多いことは知っている。
しがない中小企業でブラックと言われるこの会社に勤める私の給与はなかなか苦しいものがあるが、大鷹くんのお陰で昇給を視野に入れることができたし、昇格も狙える位置に来た。
本当に神様みたいな彼だ。
お供え物ではないが、やはり感謝はどんな形であれ伝えたい。
「いやー、ほんまに牛タン旨かったわー。あんな旨い牛タン今まで食べたことない。なんか柔らかすぎて牛タンやないと思ったくらい」
午後の散策として、松島の海が見える公園に来た。
さすが観光地ということもあり、お土産が買える路面店がずらりと道沿いに並び、道路もきれいに整備され、写真を撮るところもしっかりと用意があり、私たちに観光地に来たことを認識させてくれる。
海風が気持ちいい。
私の髪をゆっくりと撫でていく。
大鷹くんにも、髪を撫でてほしい。
たくさんでなくていいから、その大きくて長い指で私を触って欲しい。
足の爪先から頭のてっぺんまで、もうすべてあなたのもの。
好きにして欲しい。
彼がどんな風に私を愛してくれるのか。
そして私はどんな風にその愛に応えられるのか。
この日が決まってから、その事を考えない日はない。
早く、早くと急かしても、時間は進まない。
今は目の前にいる彼を最大限好きでいることしかできないが、それだけでも幸せだ。
それなのに、これからもっと大きな幸せが待っているなんて、どうしても想像してもしたりない。
少し長くなった黒髪の前髪が風に揺れている。
大鷹くんは癖っ毛だ。
私も彼のことは言えないが、そこそこの癖っ毛である。
ふわふわの彼の髪は、まるで子犬のように弾んでいる。
もしも、そのときが来たら、私から彼をリードすべきだろうか。
やっぱり年上ということもあり、彼よりは経験があるはずだ。
聞いた話からでしか判断はできないが、彼は今まで交際した人はいない。
つまり、文字通りに受けとれば、彼はまだ経験を持っていない。
ともすると、こちらから手を取って行くべきか。
いや、待てよ。
この間大鷹くんの部屋で彼に押し倒されたとき、彼は主導権を握ってことを始めようとしていた。
つまりは、彼に身を委ねるべきだろう。
下手に私が口を挟んで彼の折角の気持ちを台無しにしたくない。
ここはひとつ、私も初心に戻るべきだ。
恥ずかしながらも、もう頭の中が彼との初めての経験を妄想すること以外受け付けなくなってきてしまった。
ランチで牛タンを食べるときですら、「この牛タンと大鷹くんの舌はどちらが柔らかいか」とか「ごはんをがつがつ食べる人はせっかちの人が多いけれど、大鷹くんは違うな」とか「そのテールスープを飲む口で私の肌を吸ってくれるのか」なんて有らぬことを考えてしまっていた。
そうなると、いよいよ彼の顔を直視できない。
「ちーちゃん、フェリー乗る?」
「え?あ?あー、そうだねー、次いつ出発?」
「今出たばっかりだから、次は30分後かな。ちなみに、遊覧時間も30分やって」
「なるほどね。ちょっとチェックインの時間に間に合わなさそうだから、明日乗ってみる?」
夕方くらいにお母さんの仕事終わりを狙って連絡をして、もし行けそうなら午後に岩手に向かえばいい。
明日の朝10時にはチェックアウトだから、宿を出た後でも十分にフェリーは間に合う。
フェリーのあと、どこでごはんを食べるかは探さないと。
「せやな。旅館でゆっくりしよか。あー、ちーちゃんの浴衣姿を拝めるなんて最高な夜やなー。たくさん写真撮ってみんなに自慢せなあかんな。ほんで、スマホの待ち受けにするねん」
大鷹くんは万歳をしながら、楽しさを全力で表現している。
「夜ご飯も楽しみやなー。確か部屋で食べれるんよな?カニ楽しみやわ!ちーちゃんとカニ!最高!」
海風を受けながら、大鷹くんは気持ち良さそうに背伸びをする。
Tシャツの間柄ちらりと見えたお腹にまたドキリとしてしまう。
(私ってば、やな女…)
下心しかない自分は本当に恥ずかしいくらいに単細胞だ。
からだのすべての細胞が彼を欲している。
早く、私を女にして。
早く、彼を私の子にして。
そうして、いざ運命が決まる旅館へと私たちは向かっていった。




