愛は空気だけでも伝わるのだ
「この間の結婚式、めっちゃ良かったわー!感動した!ちーちゃんにも見せたかったー」
興奮して少し鼻の穴が広がっている目の前の私の未来の恋人は、顔を高揚させていた。
「あんな、まず挙式のとき、新郎と新婦がキスするやろ、そしたらそのタイミングで上の添乗ががーっと開いて!そさしたら、めっちゃきれいな空やん。ブルーハワイって感じやろ。ほんでな、スタッフさんが来て、風船渡してくれてな、みんなでせーので手離して。めっちゃきれいやったなー。見てこれ。そんときの写真」
大鷹くんは身をテーブルに乗り出して、私にスマホの画面を見せてくれた。
色とりどりの風船が、雲ひとつない真っ青な空に向かって飛んでいくワンシーンだった。
まるでプロのカメラマンが撮影したのようなその写真は、この日挙式をした夫婦を祝っているような、日頃の行いのよさを形にしたような、そんなメッセージさえ読み取ることができた。
「ほんでな、このあともすごくって、なんと新郎と新婦がお色直しで登場するときに、バンド演奏ではじまってん。これにはやられたーってなったわ。旦那の方が友達やねんけど、共通の趣味で知り合ったみたいでな。夫婦でバンドやるってレベル段違いやって思ったわ。ほんで、いちばんやばかったんは、新婦の父さん!よく見るのは、新婦の母さんが手紙読んでるときに泣くやろ?その逆やってん!まさに男泣き!これにはやられたわ。もう友達もみんな号泣。あとでみんなで握手しに行ったわ。そんくらいごっつ感動した」
楽しそうな彼を見て、私は幸せを感じた。
私が期待していたのは、彼が私との結婚を少しでも意識してほしいというものだったが、それは叶わなくても、何よりも彼が生き生きと幸せそうで嬉しい。
彼の幸せが、私の幸せでもあるから。
大鷹くんのスマホには、幸せそうな結婚式の写真がたくさん撮影されていた。
みんなの笑顔は、キラキラと輝き、この一瞬を精一杯楽しんでいるのが伝わる。
写真を振り替える大鷹くんの目もキラキラと光輝いていた。
写真に写る彼の友人であろう人々は、見た目からも私よりも若いと思うような容姿だった。
大鷹くんと同い年だとすれば、みんな二十歳前後といったところか。
私よりも四つも年の差がある。
そう思うと急に自分が一気に年を取ったように感じてしまい悲しい感情が込み上げてきた。
来年には25歳である。
四捨五入をするともう三十である。
もう恋愛も仕事もチャンスは逃せない年齢になってきてしまっている気がする。
「ちーちゃん?」
「あ、ごめんごめん。それで、他はどんな感じだったの?もっと聞かせて」
「俺ばっかりしゃべってごめんな。ちーちゃんの話聞きたい。ちなみに、俺ちーちゃんには、黄色か水色のドレス着て欲しいなー。あ、でもピンクも意外性があってええかも。なぁ、今度一緒にドレスとか見に行かへん?」
「えー、気が早いよ。きっと挙式の予定決まってないと、見せてくれないよ。冷やかしになっちゃうもん」
「ほんなら、決める?」
「…?え?」
「決まってないなら、決めればええんやろ?」
「そ、そうだけど」
急に視線が真面目になる。
「なぁ、俺、ちーちゃんのこと本気やから、ちーちゃんと付き合いたいとも思っとるし、結婚したいとも思っとるから」
この人は、どこまで私を幸せにしてくれるのだろうか。
私の胸が熱くなるのを感じる。
同時に目頭にも熱を感じる。
「ありがとう」
それしか言えなかった。
本当はもう挙式の日取りを決めたいし、こんな中途半裸な関係じゃなくて、早く正式に恋人になりたいし、人前で堂々と手を繋いでデートをしたい。
でも、私たちは恋人じゃない。
お互いに我慢すると決めて、ここまできた。
あと二週間我慢すれば、今までの努力が報われる。
三ヶ月も待てたのだ。
あと二週間なんて、あっという間だ。
「大鷹くん、好き」
人前でこんなことを言うのは人生で初めてだった。
でも、押さえきれなかった。
言葉が勝手に出てきたのだ。
肌に直接触れられないなら、せめて、言葉だけでも許してほしい。
大鷹くんの心に少しでも触れていたい。
いつでも温かいあなたの心。
あなたのその心に触れるだけで、私は生きていける。
「ちーちゃん、俺も。好きやで」
彼も言葉で私の心に触れる。
どこまでも優しい言葉で私の心をそっと包む。
ここがカフェでも何でも関係ない。
私には彼がいればいい。
彼さえいてくれれば、何もいらない。
大切な彼。
私の恋人。
賑わうカフェの店内で、私たちは不思議なくらいずっと目線だけを合わせていた。
ずっとずっと、目線だけ。
それだけで、心から激しく抱擁しているのと同じくらいの強さを感じた。
胸がぎゅっと締め付けられるリアルな力強さを味わっている。
愛は、空気だけでも伝わるのだ。
ずっとずっと、私たちは店内で抱き合っていた。
目線を絡めて、お互いを抱き続けていた。




