幸せを、ください。太陽のように光輝いていなくても良いから。
大鷹くんのお父さんと会うことを決めてから、幾日か経った。
あと一ヶ月で、大鷹くんと正式に付き合うことができる。
彼の二十歳の誕生日に、私たちは新しいスタートを切る。
それがどんなに尊くて、愛おしいものなのかを私たちはしっかりと理解している。
会瀬を重ねても、決して触れることがない肌は、すべてを物語っている。
お互いにそろそろ自制も限界である。
もういつたかが切れてもおかしくはない。
ぎりぎりのところに、私たちは立っている。
それでも、お互いの約束を破らないように、相手を尊重しながら生きている。
大鷹くんのお父さんと会うのは、彼の誕生日のちょうど一週間前の土曜日になった。
この日はお父さんが大鷹くんの家に泊まることになるので、少し早めに集合して、デートをして予約の店に行こうということになった。
土曜日の夜に、東京に着くらしいので、その足でお店に来てもらうことにした。
幸いにして、荷物は多くないとのことだったが、大鷹くんは気を利かせて池袋でそこそこ良いお店を予約してくれた。
あまり移動がないように、との配慮はさすがだなと感じた。
実の父であっても、配慮を欠かさないところは見習うべきところであり、彼の好きなポイントのひとつだった。
私もお母さんに優しくしたいな、と思うようになり、たまにこちらから電話を掛けるようになった。
「最近変わったね」とお母さんによく言われた。
「よっぽど素敵な人と付き合ってるんだね。大野くんってどんな人なの?」と大鷹くんのことをすごく気にかけてくれている。
名前もしっかり覚えてくれている。
こんなの初めてだ。
今までも、付き合った人の話をお母さんにしたことがあったけれども、名前なんて一度も覚えてくれなかった。
当時の私たちの関係が冷えていたこともあるだろうし、どうせ別れる人の名前を覚えていてもという理由もあったかもしれない。
相手を魅了する大鷹くんの力は、本当に底知れないなと圧倒されるばかりだ。
電話をするときは、専ら大鷹くんの話で持ちきりだ。
どこで生まれて、何をしていて、容姿はどんな風で、性格はどんなかを細かく伝えた。
その度にお母さんは「うん、うん」とひたすら頷いている。
いつか、お母さんにも大鷹くんを会わせたい。
きっと気に入ってくれるはずだ。
そうしたら、片親同士の私たちはようやく本当の家族になれる気がする。
あわよくば、二人の親が意気投合して付き合うこともあるかもしれない。
しかしそれは、私と大鷹くんが結婚できなくなるということだから辞めてほしいけれども。
彼から私が大好きな中華の店にしたよ、と連絡が来たときには、もう早く付き合いたくて仕方がない気持ちをより加速させた。
ありがとう、神様。
大鷹くんをこの世に産んでくれて。
もしも大鷹くんと兄弟だったりしたら、彼と付き合うことすら叶わない。
赤の他人でよかったと心から思ったのは、生まれて初めてだ。
私はできる限り、良い印象をもってもらうために、美容室に行くことにした。
安月給でいの一番に削るのは、私にとっては美容代だった。
最低限の清潔さを保てれば良いと考えているので、シャンプーは時に100円ショップのものだったりするし、ヘアーカットを見よう見まねで自分でもやったりする。
いつでも手入れできるように、髪は肩につくぐらいにしている。
シャンプーやドライヤーが楽になるようにショートカットにしていた時期もあるが、逆にショートカットだと延びる度にヘアーカットをしなければならず、メンテナンスに手間と時間がかかっていた。
ミディアムくらいがちょうどいい。
そんな私が意を決して、美容室に行くのだ。
これは革命の他何者でもない。
友達の結婚式に行くときだって、ヘアセットは自分でやっていた。
何年ぶりかわからない美容室に緊張しながらも、少しでもよく見られるように努力をすることにした。
結婚式と言えば、今日は大鷹くんは愛知県にまで友達の結婚式に参加するとのことだった。
つまり、今日は私にとって本当のフリーな日であるので、美容室を予約したということもある。
結婚式。
私の憧れ。
大鷹くんは、結婚についてはどう思っているのだろうか。
少しは刺激をされて、私との結婚を現実的に考えてくれていれば嬉しい。
大鷹くんとの結婚生活は、幸せでしかないと確信して言える。
彼のお嫁さんになる人は本当に幸せなのだ。
そうこうしているうちに、美容室に行く時間が迫っていた。
私は急いで靴を履き、玄関をあとにした。
私、そろそろ幸せになって良いよね。
神様、どうか普通の幸せで良いので、私に優しくしてください。
外は気持ちが良いくらいの秋晴れで、優しく降り注ぐ太陽の光は生きる元気を与えてくれる。
その先にある未来も、こんな素晴らしくなくて良いから、ありふれた幸せをください。
家族がほしい。
あたたかな、家族が。
私の望みが叶うように、襟を正してくれた大鷹くんに恩返しがしたい。
私という幸せを彼に届けたい。
千羽子の心は苦しいくらいに大鷹くんでいっぱいだった。
そういえば、大鷹くんは愛知での結婚式のあと、翌日も友達と遊ぶらしかった。
つまり日曜日も私はフリーだ。
いつも大鷹くんがそばにいてくれた休日だったので、一人で過ごすのに違和感を感じる。
何をして良いか分からなくなる。
そうだ、私たちが出会ったあのアプリを久しぶりに見てみよう。
始めてやり取りした思い出を振り返ってみよう。
私は夜は少しだけ良いワインを買って、アプリを肴に一杯やることにした。
それは、今までただ酔うためだけ、現実から自分を切り離すために飲んでいたお酒ではなく、思い出を味わうためのお酒だ。
自分を成長させてくれた大鷹くんに感謝しかない。
私は、幸せで涙が出そうだった。
でも、涙はまだ流さない。
本当に大事なときに取っておく。
大鷹くん。
あなたが、好き。
本当に好き。
心から愛している。
この先、どんなことがあっても、あなたを愛し続ける。
もうなにも怖くない。
何があっても、怖くはない。
そう、何が、あっても。




