これは神様の試練なの?それとも罰なの?
頭に落雷が落ちてきたような衝撃だった。
なにも考えられない。
目の前の大鷹くんが幻想のように見える。
付き合えない。
嘘をついている。
これほどまでに信じてきた人なのに、どうして?
私は混乱した頭で大鷹くんの声に耳を傾けることに必死だった。
大鷹くんも結局松谷さんと同じなの?
男の人は、裏切るものなの?
「ちーちゃんさん、聞いとる?」
地球の裏側から話しかけられているような声の遠さだったがなんのとか聞き取ることができた。
「あ、う、うん。聞いてるよ」
「ごめん、ちょっと立ち話もなんやから、どっか入らへん?
」
「そうだね」
わたしはこの後に待ち受けている大鷹くんの嘘の告白が永遠に来なければいいと願った。
そうしたら、いままで通りの楽しい二人でいれるのに。
ショッピングモールの雑踏のなか、二人は静かに歩いた。
腰を下ろしたのはカフェではなく、近くの公園のベンチだった。
カフェに入ろうかという案も出たが、この話は他の日とに聞かれたくないという大鷹くんの意向で人気ができるだけ少ないところを探して歩いていたところに、たまたま公園を見つけた。
昼過ぎの公園には幸いにして誰もおらず、遊具が寂しそうにこちらをみているように思った。
普段であればたくさんの子供たちで賑わう公園に、言葉数が少ない二人の男女がぽつんといる。
公園のそばを通るのは、自転車に乗った主婦のような人や年配のひとばかりで、本当に静かな場所だった。
「ごめん、ちーちゃんさん。ずっと言わへんとって思てたんやけど、タイミング見失ってもうて」
「ううん、大丈夫」
何が大丈夫かは分からないが、反射的に大丈夫と答えた。
「俺のこと嫌いになるかもしれへんけど、それならしゃあないって思うから言うな。そもそも俺が悪かったんやし」
遠くの遊具を眺めながら、低い声で言った。
わたしもすぐとなりに座っているのだけれども、その距離は地球何周分も遠いように感じた。
あんなに近くにいたのに。
「それで?どうしたの?」
なかなか切り出せずにいたので、私から話を促してみる。
「あんな」
「うん」
「俺、ほんまは19歳やねん。嘘の一個目がそれ。ほんで、大鷹っていう名前本名じゃないねん。それが二個目。それが俺のついた嘘。ほんまにごめん」
「…それだけ?」
「え?」
「嘘ってそれだけ?」
「うん」
「なーんだー。心配して損したよ」
私は体の力が一気に抜けていくのを感じた。
「もっと壮大な嘘かと思ったよー。びっくりした。そのくらいなら気にしなくてもいいのに」
「え、許してくれるん?」
目をぱちくりさせる彼は狐につままれたような顔をしていた。
「そうだよ。別に気にしてないよ、年齢も名前も」
私は大鷹くんに顔を向けて、安心してねという意味も込めて笑顔を送った。
「年齢は正直驚いたけど、名前はアプリ上での話だから本名とは思ってないよ。それにわたしのちーちゃんも本名じゃないしね。出会って三ヶ月経つけどそういえばお互いの名前知らなかったね」
「ほんまにごめん。悪気は全くないんや」
大鷹くんは大きいからだを小さく丸めて何回も謝った。
「びっくりしたなぁ、ほんとにもう。嘘つくなら、実は子供がいましたとか奥さんがいますとかそういうのにしてよね」
余裕が出てきたのか、わたしから冗談をいって彼をなごませようとしていた。
「そんな嘘はつかん!もしそうなら俺最低やん」
「最低にならなくてよかった。それに大鷹くんは、最低じゃないから」
少しずつ彼が元気になっていくのが目に見えて分かる。
シリアスな雰囲気から彼の特徴である温かくて元気な印象に周りの空気が包まれていく。
「ちなみに聞いていい?」
「なに?」
「名前は別としてなんで年齢を24にしたの?」
「それはなー」
少し息を吐いて答えを整えさせているようだった。
もうなにも偽らなくても、あなたはあなたなのよ、と励ましてあげたかった。
「まず20歳以上やないと、あのアプリに登録できひんくて。あとは」
「あと?」
それだけでも十分に納得できる理由だったのに、まだ続きがあるようだ。
「俺のな、前話したかもしれへんけど、生き別れた姉ちゃんが俺の四つ上やってん。せやから、なんか姉ちゃんと同じ年が気になるちゅうか、憧れてるちゅうか、それで24にした」
「言ってくれてありがとう」
どこかで、お姉さんが生きているといいな、と願った。
いつか三人でスカイツリーに遊びに来ることを想像した。
「ほんでな、ちーちゃんさん」
「なに?」
「今日、他にも話したいことあってん」
今度はなんだろう?
続けて大鷹くんが話す。
「俺が二十歳になったら、良かったら付き合うてくれへんか」
「え…」
「嘘ついててほんまに悪かったと思てるし、ちーちゃんさんに嫌われたと思っとったけど、嫌われても告白したかってん。それくらい好きやねん。俺が二十歳になるまであと3ヶ月。十一月の誕生日が過ぎたら、俺の彼女になってくれへんか」
まさかの告白だった。
胸がドキドキしすぎて痛い。
急に世界が宝石のように輝いて見える。
答えは決まっていた。
「もちろん。喜んで」
「ほんまに!ほんまに!」
大鷹くんがベンチから立ち上がり叫んだ。
「ほんとだよ。声大きいよ」
「いやー、今日がんばってよかったわー!」
ガッツポーズする彼がとても眩しくて愛しいと感じた。
あと三ヶ月。
三ヶ月したら、私たちは交際を始める。
恋人として、時間を刻み始める。
それがどんなに尊いことか。
そしてそれがわたしたちとってどれほど罪なことか。
運命は確実に動き出していた。
わたしは、恋人になって二人で歩く姿の想像ばかりしていた。
そしてもっと恋人らしいことを重ねていく姿を。
幸せは底知れないと感じた。
どんどん幸せの器が大きくなる。
一度大きくなった器は、急には小さくなれない。
もっともっと幸せで埋めたくなる。
大鷹くん。
あなたが、好き。
「忘れとった。俺の名前、大野鷹志。鷹の志って書くねん。略して大鷹やねん。よろしくな、ちーちゃんさん」
「鷹志くん、よろしくね」
「なんかこそばいから、大鷹でええよ。みんなにもそう呼ばれとるし」
「ありがとう。わたしは、流山千羽子。千の羽に子供の子」
「名前までかわええの。反則や」
「あはははは」
私たちはつかの間の幸せを精一杯感じていた。
それが永遠ではないことを後々に知る。
神様は、わたしにこれから試練を与えるのだ。




