その瞳に写された幸せなわたし
千羽子は押上駅への電車に揺られていた。
今日は土曜日。
金曜日の疲れを肩にどっしりと感じながら、朝九時の電車に飛び乗った。
昨日の夜はだいぶ終電間際まで粘ったせいもあり、家に帰って息つく間もなく寝てしまった。
その甲斐があってか、朝は早起きをすることができた。
朝食にコンビニで買ったパンをかじり、今日のデートの服を用意する。
今日は、大鷹くんとスカイツリーで一緒に買い物をする日だ。
どうやら大鷹くんがお父さんに東京のものをプレゼントしたいと言うとこで一緒にものを選ぶことになった。
千羽子も東京が長いわけでもないが、たまには実家の岩手のお母さんへ何かを送っても良い気持ちになっていたので、大鷹くんが選んだとものと同じものを送ることにした。
仲が良いわけではいが、大学卒業まで女でひとつで育ててくれたのは紛れもない母だ。
たまには親孝行をしてもバチは当たらないはずだ。
今日は少しだけ気合いを入れてスカートを履いてみた。
会社では履くことはない丈のスカートの裾がひらひらと千羽子の膝の上で踊る。
余所行き用の、大人びたタイトなシルエットは千羽子を色っぽく仕上げてくれているだろうか。
みんなでホテルランチをしたときに履いた以来のピンクのスカートは電車の明かりに反射してキラキラと光った。
今日は気合いを入れなければならない。
そろそろ大鷹くんの真意を聞きたいのだ。
焦っていると言われればそうかもしれないけれど、千羽子はここで足踏みをしていたくはないと感じ始めていた。
まだ完全にぬぐいさっていない大鷹くんの出会い系アプリのサクラ説。
仮に彼がサクラでも、そうでなくてもどちらでもいい。
私が知りたいのは、今後私とどうなりたいかだ。
大鷹くんと連絡を取りはじめて約三ヶ月になる。
初めて出会ってからは二ヶ月だ。
彼は確実に私に人生の潤いを与えてくれた。
だからこそ、問いたいのだ。
千羽子と大鷹くんの未来はあるのかということを。
今回はお酒を抜いて挑む大切な日だ。
お互いが素面で話さなければならない。
大鷹くんの答えが今日決まる。
今日の帰り道は悲しみに暮れているかもしれない。
それでも前に進むためには必要な過程だ。
千羽子はどきどきが止まらない胸を押さえながら、押上駅のホームに降り立った。
待ち合わせ場所は、スカイツリーの一階にあるカフェの前にした。
いきなり本題は持ってこない。
今日のメインはあくまでも大鷹くんのお土産選びだから。
その買い物が終わって、食事をして落ち着いた頃にカフェに入って今度は千羽子の本題を持ち出す。
それまではデートを思いっきり楽しもう。
周りにはきっとどこにでもいる恋人同士に見えている。
千羽子はそう自分に言い聞かせて、まだ見ぬ恋人の姿を待った。
待ち合わせの9時30分を10分も早く大鷹くんは姿を現した。
「おはよう、ちーちゃん」
大きな声で大きく手を振る大きな男の人が近づいてくる。
その身長の高さもそうだが、彼のオーラや整った顔が何よりも目立つので周りの女子は視線を外すことができない。
恋人がいる女の子でさえ彼氏の目線を交わしながら大鷹くんに視線が送られる。
こんなに注目されると、やはり相手、つまり千羽子にも当然視線がいく。
千羽子は大分見られることに慣れた。
それは本当に慣れだ。
はじめは、私なんかが大鷹くんといていいのだろうかと小さくなっていたが、いまではどうどうとした立ち振舞いだった。
どうよ、わたしが大鷹くんの相手なのよ、と自信もついてきた。
だからこそ、確信がほしい。
本当にこの人が私の子とを好きだと言う確信が。
買い物は順調に進んでいった。
大鷹くんは無邪気にお土産コーナーに入っていって、これはどうだとかあれはどうだかとおしゃべりしながら品物を選んでいた。
わたしはといえば、大鷹くんが選んだものと同じものを買うだけなので特にこだわりは無かった。
大鷹くんはお父さんと仲がよくて羨ましいな、とただそれだけ思った。
わたしはお父さんと久しく会えていない。
本当に会っていない。
最後に会ったのは、別居すると決まった日。
あまり顔も覚えていない。
写真も持っていない。
なぜならば、お母さんが一枚も実家の岩手に持ってこなかったからだ。
わたしはまだ幼かったので当時のことをよく知らない。
きっとお父さんに関わるすべてを捨てたのだ。
アルバムもプレゼントも思いでも存在も。
お母さんはお父さんの話題を避けたがる。
もしもわたしにお父さんがいて、他の女の子と同じように過ごせていたのならば、きっと松谷さんのような人に傷つかなかったし、もしかしたら今ごろ誰かと結婚していて子供もいるかもしれない。
そんなありもしない未来を夢見ても仕方がない。
わたしはこれからくるべく新しい未来を切り開くのだ。
「なぁ、こっちとこっちやったらどっちがええかな?」
大鷹くんに話しかけられて、ハッとした。
わたしは、わたしが進むべき未来にかけるのだ。
「こっちの方がお父さん好みじゃない?」
笑顔を振り撒きながら、困り顔の彼のもとへ駆け寄った。
「ちーちゃんさん、ほんまありがとう!めっちゃええの買うたわ!」
大鷹くんは満面の笑みで喜びを表現していた。
まるでほしいおもちゃを買ってもらった小学生のようだなと思った。
純粋で真っ直ぐでそれでいて気を遣える。
きっと大鷹くんのお父さんは優しい人なんだ。
もしも大鷹くんと結婚することになったら、わたしのお義父さんになるのだ。
ご挨拶をする日が楽しみだ、と想像を膨らませるのだった。 「気に入ってくれてよかった。わたし、あんまりお父さんに記憶がなくて、どんなのがいいか分からなかったけど、大鷹くんの気持ちがあればお父さん、なんでも喜んでくれると思うよ」
二人で選んだのは江戸ガラスの涼しげなグラスだった。
お父さんには青色、わたしはお母さんへ桃色のグラスを選んだ。
一年中使えそうなグラスには繊細な装飾が施されており、高級そうなたたずまいは、お母さんの好みだと思った。
大鷹くんのお父さんはよくお酒を飲むようで、こういうグラスを持っていなかったという記憶からたまにはおしゃれなグラスで一杯飲んでほしいという思いが込められていた。
「ほんまありがとう。ちーちゃんさんのそういうところ、ええなって思うで」
「冗談でもありがとう。大鷹くんに言われると嬉しいよ」
「冗談なんかで言わへんで」
「素直に受けとるよ、ありがとう」
この人はどこまでも澄んでいる。
わたしとは違う。
「あ、きたでー。ごはんやー。朝食べてへんねん」
「じゃあいっぱい食べよう」
定員さんが大鷹くんへオムライスを提供した。
わたしはレディースセットのパスタにした。
楽しいランチが終わったら、ここからが勝負どころだ。
賑わう店内とは裏腹にわたしの心はどんどんと静かになっていった。
「せっかくやから、ちょっとぶらっとして帰らん?」
予想通りの展開となり、ランチを終えたわたしたちはスカイツリーをもう少しウィンドウショッピングすることにした。
「もちろんだよ」
「なぁ、変な話やけど、お揃いのもの買わへん?」
突然の申し出に驚いた。
「え?お揃いのもの?」
「いややった?」
「ううん、全然!むしろ嬉しい。いままでそういうのしたことなくて」
「ほんまに?俺もやねん。ほんなら、初めてのオソロのもの選ぼうやー。何がええかな~」
やっぱり大鷹くんはわたしのことをきちんと好きでいてくれるんだ。
安心感が後から込み上げてきた。
「俺な、いままで誰とも付き合うたことないねん」
「え?そうなの?」
意外だった。
こんなにもモデルように周りを魅了して、人柄も奥深い大鷹くんが誰とも交際をしたことがないとは。
「いままで告白とかはされてきてん、こう見えてな。でもなんかピンとこんちゅーか、好きちゃうのに付き合うのもおかしいやん。それでここまできてもうて。周りの友達は気づいたらみんな彼女おるやん。俺なんか変に焦ってしもうて、友達にあのアプリ勧められてな。そしたらなんか妙に惹かれる人おって、いまそん人とデートしてる!」
大鷹くんの黒くて大きい瞳がわたしを写している。
「その人、めっちゃ幸せだね」
「ほんま?ならええんやけど。俺、でもその人とは付きあえへんねん」
「…?」
突然のことに再び固まってしまった。
「付き会えないってどう言うこと?」
「ほんまにごめん」
大鷹くんが立ち止まって、わたしの方に向き直る。
「ちーちゃんさん、ごめん」
「どうしたの?いきなり」
何がどうなっているのだ。
「ちーちゃんさんのこと、言いなって思うけど、俺最悪な子としてんねん」
さっきまでの陽気な雰囲気から急にシリアスな場面になった。
「聞いて。俺な」
固唾を飲んだ。
「嘘ついてんねん、ちーちゃんさんに」
大鷹くんが言っていることが何一つ理解できなかった。




