#7<ボードゥアン4世>
中東の砂漠は80%が岩石砂漠の荒れ地だ。
乾燥地帯はアルカリ性土壌であり、植物の育たない不毛の地だ。
砂塵でなく、濛々たる土煙が舞っている。
イスラム軍兵士A「み、みえない!まったくみえない!」
イスラム軍兵士B「くそっ、こうなりゃヤケだ!グサッ」
イスラム軍兵士C「グホッ、どこ狙って斬ってやがる!」
26000人の軍団がパニックになると恐ろしい事態を招いていた。
見えない敵に向かってやたら剣を振るう者。
とにかく全速力でラクダを盲進させる者。
ひれ伏して神に助けを求める者。
イスラム軍兵士A「やめ、いでえ!このやろう!ザクッ」
イスラム軍兵士B「ギャウッ誰だ?ころす!バッサリッ」
イスラム軍兵士C「ヒイッ!うしろからとは卑怯者めっ」
同士討ち、同士討ち、ひたすら同士討ちだ。
同士討ちの阿鼻叫喚地獄がそこに広がっていた。
親衛隊は正気を保っていたが、それとて限界がある。
親衛隊A「サラディン閣下!一刻も早く脱出して下さい」
親衛隊B「伝令も死に、ラッパ手も逃げだし、銅鑼も盗まれました」
親衛隊C「もうパニックです、一刻も早く後方にお逃げ下さい」
サラディン「逃げるな!体制を整えろ!ええい、逃げるな!」
叫び喚くサラディン。
親衛隊は暴れる彼を、一番足の速いラクダの背に押し上げた。
サラディンは競技用の一番速いラクダに乗せられ、からくも窮地を脱した。
サラディンは、残存兵と供にエジプトに逃げ帰る事になったのだ。
後で状況を把握したサラディンは静かな怒りに燃えた。
敵はたったの300人だったのだ……。
サラディン「おのれ、ボードゥアン4世、今度こそ泣かしてやる!」
2年後、今度はボードゥアン4世が負ける番が回ってきた。
ガラリア海の沿岸部での戦いにおいて、彼は進軍中、サラディンの天幕を見つけた。
即座に防御陣を打ち破ってみると、天幕は空っぽだった。
ガラリア海の沿岸部の村や畑に、襲撃と略奪に出掛けていたのだ。
ボードゥアン4世「略奪には3日は掛かるだろう」
当時、征服地の略奪は3日が許されていた。
その日の夜、エルサレム軍は油断して休憩の陣を取っていた。
そこにサラディン率いる大部隊が襲いかかってきた。
ボードゥアン4世「バカな!略奪を途中で切り上げただと?バカな?」
サラディン「引っ掛かったな!略奪がワナだったのだ!」
準備の出来ていないエルサレム軍に、サラディン率いるイスラム軍が襲いかかった。
すでに自力で馬に乗れないほど衰弱していたボードゥアン4世。
あやうく虜囚になる所を、1人の護衛の騎士に助けられ、危機一髪で危地を脱した。
数ヶ月後、ヨルダン川の要所「ヤコブの浅瀬」。
今度はここに、ボードゥアン4世は砦の建設を始めた。
サラディンの支配地、ダマスカスに日帰りで進撃出来る位置だ。
こんな所に砦を築かれたら、サラディンの首に匕首を突きつけたに他ならない。
サラディン「許さん」
「だが戦は無益だ、まず金で解決出来るか、やってみよう」
サラディンは穏便に事を済まそうと6万ディナールの金貨を積み上げた。
ボードゥアン4世「戦を無益との分別は分かるが受け取る気はない」
サラディンはさらに10万ディナールもの金貨を積み上げた。
だがボードゥアン4世は、そんな程度で砦の建設を止めるつもりはなかった。
イスラム偵察隊「止まりません、築城は着々と進んでおります!」
サラディン「やはり止めるつもりはないようだ」
サラディンの側近にカラークーシュなる者がいた。
カラークーシュ「私に妙案があります、お任せを」
サラディン「城塞建設の名手だったな」
「作るも名手なら壊すにも妙案有り、か」
「まあ、やってみせい」
カラークーシュ「はっ」
彼は実際に、砦を遠巻きにして巡ってみた。
カラークーシュ「攻めるには、砦を巡る城壁が厄介だ」
「これを無くせば、砦は丸裸になる」
城壁基部には基礎石が敷かれ、流失を防ぐ為、被覆石で覆われている。
その上にアスファルトが敷かれ、そのザブトンの上に城壁が乗っかっている。
この城壁基礎まで掘り進み、土壌を取り除き、木を井桁に組んだ支えに替える。
あとはその木の井桁を燃やせば、支えを失った城壁は、自重で坑道に崩壊する。
砦の城壁は、小石混じりの砂壌土の上に築かれている。
カラークーシュ「ゆえに崩れやすい為、この作戦に向いている」
丘の上にある城塞構造は見晴らしも良く、地上戦では有利だ。
だが地下戦となると足下は死角となり、無力と言うほかない。




