#14<大西洋へ>
サラディンの地中海艦隊。
それはアル=アーディルが率いる大艦隊である。
サラディンの弟、アル=アーディルは兄から艦隊庁の新設を命じられた。
それまでは地中海にエジプト船団はあっても艦隊と呼べるモノはなかった。
アーディルは家令のフサームッディーン・ルゥルゥに命じて艦船の建造に入った。
板材を縫い合わせる伝統の造船に、限界を感じていたルゥルゥ。
彼は、十字軍のコグ船に目を付けた。
竜骨に肋財を付けた頑丈な構造、釘を使った堅固な締結が目を引いた。
ルゥルゥ「これだ、しかし帆の構造は我々の方がいい」
こうして東西いいとこ取りの帆船による艦隊が出来上がった。
彼は知る由もないが、これは当時の最新最強の帆船であった。
大西洋の荒波をも乗り越えられる、外洋帆船の艦隊だ。
現在ではキャラベル・ラティーナ船と呼ばれている。
ルゥルゥ「この船ならいける!」
彼の心にふつふつと探検心が沸き起こった。
アーディル「なにい、東回り航路の探検に旅立ちたいだと?」
艦隊庁の本部宮殿でルゥルゥはぶちまけた。
ルゥルゥ「地球は丸く、一周する事が出来るのです」
「ピタゴラスは前6世紀に地球は球状であると説明しています」
「ヘロドトスもプラトンも地球が丸いと考えていました」
「アリストテレスは地球に引力があり下の人が落ちない事を想定しています」
アーディル「引力?証拠は?」
ルゥルゥは机の上の果物の皿からナラの実|(原始メロン)を取った。
それを手に持ち、そっと手を離した。
ナラの実は床に落ちて果肉と汁が床に飛び散った。
ルゥルゥ「これが引力です」
アーディル「お前……なんか凄い事発見してないか?」
ルゥルゥ「地球が丸いなら、大西洋の向こうにはインドがあります」
「現在の西回り航路は遠く、東回り航路は近いと思われます」
アーディル「むむう、スパイス貿易は我が国家経済の要だ」
「アラビア半島のアデンまでの陸路の通商は金も掛かる」
「帆船だけで行けるなら、これに越したことは無い……」
ルゥルゥ「新航路が発見出来れば、スパイス独占も可能でしょう」
アーディル「よしっ、探検船は3隻出す事を認める」
「それ以上は無理だ」
「地中海の海の覇権に我が艦隊からそれ以上は裂けん」
「期限は1年間だ、確かめてまいれ!」
ルゥルゥ「はっ」
3隻が大西洋に探検に出発する事が決まった。
モロッコのタンジェで船員を集める。
船員は屈強で、風雨に物怖じしない勇敢な者ばかりである。
だが宗教心に厚く、伝説や風説に弱い所があった。
船員A「ヘラクレスの柱の向こうには魔境がある」
船員B「海のふちは滝になっていて、その先は無だ」
船員C「赤道には炎が燃えていて通れない」
いくら理を説いても頑として受け付けない。
そこは高給を代価にして乗ってもらう事にした。
ルゥルゥ「反逆はしないと誓うか?」
船員A「そんな迷信は信じません」
船員B「もらった代金の分はキッチリ働きます」
船員C「あなたの命令に従います」
外洋はカナリア諸島以西はもう島影はない。
そこで航行には天測航法を用いる事にした。
カマルというヒモを用いた箱形の装置は古代からあった。
それはすぐに目盛りをつけた角材の組み合わせとなった。
古代ギリシャのヒッパルコスは地球を天球と同じ球形とみなした。
そしてそれを360分割して1度を60分、1分を60秒と見なした。
プトレマイオスは実際に経度を地図に書き記している。
ただ前人未踏の地は白紙であった。
つまり大西洋のどの位置にいるかは分かっても、何処にいるかは不明だった。
だがインドに着きさえすれば、その地図も完成するだろう。
3世紀から中国で使われていた方位磁針(羅針盤)が舟に積み込まれた。
これで方位はどちらに向いているかは一目瞭然だ。
時計は11世紀に宋で作られた脱進機付きの時計台があったが大きすぎた。
イスラムでは時計は盛んに研究されていたが、まだ携帯式はなかった。
こうして船団は出発した。
大西洋には数々の諸島がある。
カナリア、アゾレス、マデイラだ。
それらのベルベル人の島々に立ち寄った。
カナリア諸島で最後の補給を行った。
いよいよその先は未知の海原である。




