#13<ルネサンス消滅>
ボードゥアン5世も「らい病」に罹患していた。
だが今は、リファンピシンがある。
発症する前に快癒した。
本人は子供だった為、罹患も快癒も気付かなかった。
ボードゥアン4世が生存し、在位中な為、第三次以降の十字軍はエルサレムに来ない。
ボードゥアン4世「エルサレムの守りは堅固、盤石である」
「救援、増援の類いは不要である」
第三次十字軍はイングランド王リチャード1世が率いるはずであっった。
イングランドは王族の父子兄弟間のいさかいで狂っていた。
末弟ジョンへの偏愛に狂った父ヘンリー2世との確執。
父親を逆恨みし、フランス国王フィリップ2世に臣従し敵対した。
この父ヘンリー2世も、元フランス貴族がイングランド王になったものだ。
イングランド対フランスというよりは、フランス対フランスが睨み合った。
いわばアンジュー帝国の御家騒動といった格好である。
やっとイングランド無政府時代が収まったと思ったらこの有様である。
リチャード1世「戦闘と冒険が大好きだ」
「十字軍にどうしても行きたい」
リチャード1世は1度言い出したら、もう後には引かない。
勝手に出立してドイツ王フリードリヒ1世と陸路で合流。
フリードリヒ1世「なんか、いやな予感がする」
リチャード1世「神聖ローマ皇帝がなにをいう」
シチリア島でフランス王と合流し、海路アッコン(パレスチナ)を目指す。
だが途中で嵐に見舞われ、フリードリヒ1世は溺死してしまった。
乗り気で無かったフィリップ2世もフランスへ引き返した。
しかも漂着したキプロスで総督に軍団を人質に取られてしまう。
リチャード1世「ぐぬぬ……」
キプロス総督は十字軍を恨んでいた。
「強盗騎士」が暴虐の限りを尽くしたからだ。
その名はルノー=ド=シャンティヨンという。
リチャード1世は船を失い、部下を失い、敵性国家の中で孤立していた。
それを助け出したのは、なんとサラディンの地中海艦隊であった。
25隻の戦艦がキプロスを急襲。
リチャード1世と部下全員を救出した。
シチリア島までサラディンは全員を送り届けた。
「もう来ちゃダメだよ」
サラディンはそう言ったかどうかは分からない。
だがその時点で第三次十字軍は消滅したのだ。
十字軍遠征消滅は、欧州の未来を1つ消した。
第三次十字軍以降がなくなり、欧州はイスラム文化に接触しなかった。
つまり、イスラム文化の「欧州への新しい風」は吹かない。
イスラム圏内に保存されていたユーグリッド幾何学、プトレマイオス天動説。
ヒポクラテスやガレノスの医学書、アリストテレスの哲学書。
十字軍が持ち帰る筈だった優れたヘレニズム文化の息吹。
イスラムの知識がルネサンスの旺盛な活力となるはずだったのだ。
なんと、欧州ルネサンス革命が起こらなかった。
ミケランジェロ、レオナルド・ダ・ヴィンチ、ラファエロ。
ルネサンス3巨人は宗教画しか許されない堅苦しい世界の芸術家で終わった。
娯楽を否定し、静粛と清貧に安らぎを求めた中世カトリックの世界。
硬直した宗教観が、学芸と芸術の愛好家を許す筈もなかった。
援助もなく、後援者も名乗り出ず、ルネサンスの火は消えてしまった。
いずれはアレクサンドリア-ローマ間の貿易を通じて伝播はするだろう。
少しずつ、間欠的に、ヘレニズム文化の断片は必ず伝わるだろう。
だが、それでは文化の起爆剤にはならないのだ。
堅苦しい中世の頸木は、あとしばらく続くのである。
十字軍のテンプル騎士団は自分宛の為替手形も発行する筈だった。
これは今でいう銀行のようなサービスである。
故国の騎士団事務所で現金を為替手形にする。
エルサレムへの巡礼の旅に出る。
エルサレムの騎士団事務所で現金化するのだ。
現金を持ったまま巡礼の道を行く危険はこれでなくなる。
今でいう預金通帳のようなサービスだ。
こういった経済革新の元も、十字軍消滅で消えてしまった。
いずれは大航海時代を迎え、これらの経済革新も巡って来るだろう。
全世界的な流通では手形と簿記は必要不可欠になるからだ。
それは300年ほど先の話、大航海時代の話である。
だがもし、大航海時代が来なかったら?




