吹雪:それでも友達
お気に入り件数突破記念その8。
ネタ提供:トレクナルさん
吹雪が女装を始めた当初。
[それでも友達]
実は桂木妹の前に出るよりも、彼女である蝶子の前に出るよりも一番ビクビクとしていたのは恭平の前に出るときだった。
「おっはよー。恭平クン」
朝の登校時、前方を行く背中を見つけて追いかけた。
内心では胸がバクバクと鳴っていた。
さりげなさを装ってはみたものの、やはりというか恭平は眉をしかめてこちらをじっと見つめてきた。
「そんなに見つめちゃいやん」
体をくねらせる。心の中では気持ちの悪いものを見るのはやめて、と涙していた。
そう来るか、と妹が目で訴えかけてくる。こうでもしないと前に出てこれないでしょ、とこちらも目で訴えかける。
気に喰わないけれど、意思疎通の面では恭平よりも妹のほうが昔から馬が合っていた。それは現在においてもそうだったりする。なんか姉妹みたいだね私たち。妹がそう言ってくることもあるくらいだ。
「ほ、ほらほら、お兄ちゃん言ったでしょ。西園寺 吹雪が変わったって」
妹のほうが先んじて声を出す。声が若干どもっていたので、気を遣っていることは明白だった。
「私よりきれいとかホントにムカつく」
ぐにぐにと頬を引っ張ってくるので、「痛いわね、このチビッコが」とやり返したら「痛いよ、吹雪ちゃん」と文句をつけてきた。
チビッコ、吹雪ちゃんと呼び合ったのはこれが最初だった。
「いつの間に二人はそんなに仲が良くなったの」
寒い季節でもないというのに、凍てついた空気がぞわっと肌を刺激する。
桂木 恭平にとって自分が姿を変えたということは何の意味もなしていなかった。ただ己の妹と仲良くする男が気に食わないということが肌を通して伝わってくる。
「ひいっ」
二人して抱き合うと、更に怒りが倍増する。
「吹雪がどんな格好をするのも構わないけど、僕の許せる範囲を超えたら容赦しないからね」
ふふふと笑いながら、さっき妹のほうがやったように頬を摘んできた威力はさきほどの十倍はあったと思う。それくらい痛かった。
開放されたのは、それからたっぷりと頬を揉まれた後だった。
その後も自分が彼の妹に対する許容量の狭さを身を持って知っていくこととなるのは、また別の話となる――。
「大丈夫だよ。吹雪ちゃん。吹雪ちゃんはちゃんとお兄ちゃんの友達に昇格できたよ」
痛む頬をさすっていると妹が寄ってきて耳打ちしてきた。
「そ、そうかしら……」
「そうだよ。お兄ちゃんがあんなあからさまに怒りを表に出すことって滅多にないんだから」
励ましに心が浮き立つのが分かる。
彼の心に触れたいというなら、まずは自分から中身を出していかないと無理だといわれたことを思い出す。これがそうだというのだろうか。けっこう痛みが強いのだが……。
けれど、これから彼の内面に少しずつでも触れていくことができるのだとしたらとても嬉しい。
「じゃあ、ゆくゆくは親友になれるかしら」
にまにまと笑うと、「それは保障できない」と言われた。この正直者が。嘘でもなれるよと言ってくれてもいいのに。
「そんなわけないだろ。友達ならまだしも、親友が女装家とか嫌なんだけど。他人に紹介できないだろそんな奴」
言葉で突き刺してくる恭平。
でも友達とは思ってくれているのだと思うと嬉しさで笑うことを止められなかった。
※ ※ ※
今も昔も、恭平が面と向かって暴言を吐くのは自分にだけだ。
「なに笑ってるの。気持ち悪い」
正直すぎて痛いけれど。この痛みも友達に対して気を許してくれている形なのだと思えば嬉しい痛みに変わる。
「ちょっと昔のことを思い出して」
「へえ、どんなこと」
「私が初めて女装して恭平クンの前に立ったときのこと。恭平クンたら私の頬をさすってくれたのよね。懐かしいわぁ」
「僕にそんな記憶はない」
途端に頭を襲う拳。やはり痛いものは痛い。じんとした痛みに涙が浮かんだ。
「そういえばいつ頃だっけ。吹雪が女装し始めたのって」
「中学の終わり頃よ。忘れもしないわ。私の記念日だもの。日付は――」
「いや、そういう情報はいらない。世間話程度に聞いただけだから」
恭平は本当に自分に対してつれない。
あげくの果てには、「え、でもそんな最近のことだったっけ。生まれたときから女装しているのかと思っていた」とまで発言してきた。
そこはもう涙を呑んで、自分との付き合いをそれくらい長く感じていてくれているのだと脳内で変換をかけておいた。
恭平の友達を続けることはとても大変だ。
神経質だし、怒りっぽいし、かなりの部分が暗黒面でできているし……。
でも彼の友達を止めることはもっと難しい。
彼は分かりにくく優しい。そして歪だ。大切なもの、大事なものほど真綿に包んで隠そうとするくせに自分の手で触れることすら許そうとしないのだ。
これはきっと彼自身も気づいていない本当の部分。だが言葉にすれば「陳腐な妄想だね」と小ばかにして笑うのだろう。そんなことにまで気づいてしまうくらい、今では彼とは近しい距離になってしまった。――指摘したら怒るんでしょうね。
こんな不器用なところが愛しい彼を見捨てることなんて、自分にはできはしないのだ。
できることならずっと友達を続けていきたい。いつかは親友と呼んでもらうのが自分の夢だ。
だから今日もしつこく愛を囁きかける。
「そんな冷たい恭平クンも大好きよ」
「僕は好きじゃない」
冷たいけれど、恭平は嫌いとは口にしない。友達であることも否定したことはない。
口にはしないけれど、彼は彼なりに自分のことを受け止めてくれているようなのだ。
「あーん、恭平クーン」
「しつこい!」
ゴンッ
すぐに暴力をふるってくるけれど、そうなのだ。
そうなのだ。多分、おそらく。事実確認をしたら否定されるから聞かないけれど。




