那智&恭平3
お気に入り件数7000件突破記念その4。
ネタ提供:悠華さん
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①恭平が風邪をひいた。
②熱のせいで素直。
[兄が風邪をひきました]
今日のお兄ちゃんは何かがおかしい。
「さぁ、那智行こうか」
そそくさと玄関の扉を開けて、私が靴を履いて出るまで待っていた。おかしい。
いつもならこうしてどこぞの執事かというような出待ちなんてしないのに。
そして荷物を持ってくれた。いえ、自分の荷物くらい自分で持ちますが。
今日は体育の授業があるから着替え袋が荷物で追加されているけど、中身布だからね。全然重くなんてないよ。
手ぶらで登校する私を見て、吹雪ちゃんが「あんた何恭平クンに荷物持たせてんのよ」と突っかかってきたが、即座に地面に叩き伏せられていた。そこらへんはいつもの通りだった。
そしてお兄ちゃんは靴箱まで私を送ってくれた。あの、そんな紳士的行動されても気味が悪いだけなんですけど。
何か裏があるのだろうか、私は何かお兄ちゃんに対して気分を害することをしたのだろうかと思ったけれど、そういうわけでもないようだった。
ただ、笑顔が眩しくて目がチカチカしたのは問題だった。通りかかった下級生の女の子がふらぁっと床に崩れ落ちていた。可哀想に。
お昼はお兄ちゃんと一緒に食堂に行った。
あまりお腹が空いていないと言って、お兄ちゃんはうどん小を注文していた。私はエビピラフのお味噌汁セットを注文した。お兄ちゃんが奢ってくれた。ラッキー。
「う……食べづらい」
なんでしょうね。美形は何を食していても美形なんですね。分かっていたけど。
お兄ちゃんの近くに座っていた(男子は早々に外野に追っ払われていた)上級生のお姉さま方が「ほうっ」と桃色のため息をついている。
なんでうどんを食べるだけでこんなに色気が出るんだ。滴り落ちる汁までがキラキラと光っているように見えるよ。お兄ちゃんパワーの凄まじさを見せ付けられた気分だった。
「那智、美味しくなかった?」
悲しげに眉をひそめるのは止めて。私がお姉さま方に睨まれるだけなんだけど。ちょっと、私苛めてないよ。こらそこの人、羨ましいって目で見ないで。
「ううん、美味しいよ。奢ってくれてありがとう」
「そっか。よかった」
にこっと笑う顔。やだもう。後光が差してるんだけど……。
お兄ちゃんのキラースマイルに仕留められて、何人もの女子生徒が机に突っ伏していた。
そんな感じで、一日中様子がおかしかったお兄ちゃん。
心配で(無関係の女子にこれ以上被害が続出しないために)一緒に家まで帰ったら、案の定、玄関の扉を入ったところでぶっ倒れてしまった。
「うわっ。熱っ」
触れた額はとても熱かった。
「ほら、起きて。がんばって部屋まで歩いて」
何とか立ち上がらせて部屋まで歩かせる。いつもなら立ち入らないお兄ちゃんの部屋だけど、今は緊急時。
仕方なく私も部屋に入ってベッドまで誘導した。お兄ちゃんの足取りはふらふらで、ここに来るまででそうとう意識が朦朧としているのが分かった。
「こんなことになるなら休めばよかったのに」
言うと、「一人で家にいるのは嫌だったんだ」と返ってきた。
その気持ちは分からないでもないけど、迷惑だから。主に私に。今日一日でどれだけの女子生徒が桃色のため息をついて床に崩れ落ちたことか……。思い出すだけでうんざりする。
そのままベッドに入り込もうとするので着替えるよう促した。
「ん、着替える」
赤い顔は色気満点だ。だが私は那智。威力ハンパねぇとは思っても、床に崩れ落ちることはない。他の女子とは慣れの歴史が違うのだよ。
「うわっ、ちょっとダメだって」
私に言われるまま制服のボタンを外そうとするので慌てて止める。思春期! 私、思春期の乙女だから。いくらお兄ちゃんでも目の前で着替えるとか止めてよ。
急いで部屋を出ようとすると、腕を引かれて止められた。
「ここにいて」
なにその潤んだ目。捨てられる子犬か。あー、もう仕方ないな。
私は後ろを向いてお兄ちゃんが着替えるのを待つことにした。耳は塞いでおいた。聞きたくないもん。衣擦れの音とか。
しばらくして振り返ると、ちゃんとベッドに横になっていてくれたのでほっとした。
「じゃあ、那智は体温計とか氷枕とか取ってくるから」
「……」
無言の圧力。行くなってことですかい。腕が痛い。がっちり掴まれてるんですけど。
「でも行かないと看病できないでしょ。用意したらすぐ戻ってくるから」
なだめすかして傍を離れることを納得してもらうようにする。いつものお兄ちゃんの完璧さからしてギャップが激しすぎるんだけど。
こういうの他の子が見たら鼻血ものなんだろうなぁ。弱っている隙に襲われそう。気をつけたほうがいいと思う。大丈夫。那智は襲わないよ。
「……三分」
思う間に指令が下る。
ほう。三分で行って戻ってこいってか。やだ、この人面倒臭い。
「分かったから。離して」
離れた途端、「一、二、三――」と数え始めたので、急いで下に向かった。
体温計と薬を出して、氷枕を作る。あと、喉も渇いているだろうから冷蔵庫から冷たい水も。
一通り揃えて戻ると「十秒遅い」と文句を言われた。――こ、この王子様がぁ!! 私は女中か。メイドか。使用人か。あ、どれも意味は違わないか。
ムカついたけど、相手は病人だからと自分を諌めて看病に専念することにした。
ピピピッ
「うわぁ、三十九度越え」
そりゃあ倒れもするわ。
熱さましの薬を選んで渡す。飲ませてほしそうな目をしていたけど、それくらい自分でしなよとコップに水を注いで服用させた。
しばらくすると薬が効いてきたのか、うとうととし始める。
いつもだったら無防備に眠る姿なんて見られたくないだろうに、手が私の服を掴んで離さないため、気を遣って離れることもできなかった。
それから二十分ほどは傍を離れることができなかった。服を握ってくる手が固すぎて解けなかったためだ。
仕方がないのでタオルで額に浮いた汗をせっせと拭き取ることに専念した。
二十分後――。
ようやく深い眠りに入って手が離れて落ちていった。それを拾って布団の中に収める。
「よし、今のうちに」
音を出さないようにそっと扉を開けてすり抜け、台所に向かう。
作るのはお粥だ。お兄ちゃんもぐっすり眠って起き上がる頃には少しはお腹が空いているだろうし……。
しばらく作ることに没頭していると、上からトントンと階段を下りてくる足音が鳴った。
「ありゃ、起きてくるの早いな。まだできてないのに」
リビングから台所に入ってきたお兄ちゃんの顔はまだ熱っぽくてぼうっとしていた。
「まだ寝ててもよかったんだよ」
はよベッドに戻れ。できたら呼んであげるから。
声をかけると不安そうだった顔がほっと息を吐いて薄れていく。
病気になると人は弱気になるって言うけど、お兄ちゃんは異常に弱気になるみたいだ。新たな一面を発見してしまった。どこにも自慢できない発見だけど。
「どこに行ったかと思った」
私のさりげない勧めも受け入れる気はないようで、お兄ちゃんが傍に寄ってきた。
背後に回って腰に手を回される。顎を肩の上に乗っけられたら、はい密着状態の完成です。って、すみませーん。この体勢では料理がしづらいんですけど。重い。肩が重い。百歩譲ってくっつくのはいいけど、頭の重さは加えないで。
そのままお粥ができあがるまで、お兄ちゃんは私の後ろから離れようとはしなかった。
それ以降もお兄ちゃんは親ガモにくっついて歩く子ガモ状態だった。
置いていかれることが分かっているのでベッドに戻ろうとせず、私がテレビを見にソファに座ると隣に寄ってきて、夕食を食べるために移動すると自分は食べないのに付いてきて私の横の席に陣取った。
「病人はベッドに入って寝ていなさい」
そんなことを言っても聞いてはくれなかった。
「俺を置いていくの?」
できるものならそうしたいですが、とは言えなかった。寂しそうな声を出さないでよ。罪悪感がすごいんですけど。
このままでは大人しく氷枕に当たってくれないので、冷えピタを貼り付けさせた。
うわ、すごく間抜けな姿だ。あの完璧お兄ちゃんが冷えピタ。うぷぷっ。記念に写メを。
パシャっとしたら嫌そうな顔をしていた。表情を微笑みで消すことすら忘れているようだった。それくらい重症なのかと思ったら少しだけ可哀想に思えた。
お風呂はさすがに付いてこなかったけど、入り口で座って待たれた。体育座りで。
ためしに玄関に行って外出するそぶりを見せてみたら、出していた靴を下駄箱に仕舞われた。これって行くなってことなんだろうね。
「那智は俺とずっと一緒にいるって言った」
上目遣いで恨めしそうに言う。いや、あれはそういう意味ではなかろうよ。
この人、四六時中傍にいるつもりだろうか。いるつもりなんだろうね。――なにこの生き物。ちょっと面白い。なんてことを考えていたことはバレてはいけない。今後の私の保身のためにも。
親ガモ子ガモ状態は、お兄ちゃんが眠りにつくまで続いた。いい加減、もうへとへとです。
翌日、すっきり目覚めたお兄ちゃんは玄関で倒れた後のことはきれいさっぱり忘れていた。起き上がって「何で那智がここにいるの?」と首を傾げられたときには、さすがに殺意が沸いた。
あんなに献身的に看病させられ、じゃなかった。看病してあげたのに……。二度目はないからね。
今度あんな風になったらお母さんに押し付けてさっさとトンズラしようと画策する私だった――。
二度目も三度目もきっとある(笑)




