那智&委員長
お気に入り件数7000件突破記念その5。
ネタ提供:桐崎由篤
設定:
①那智や委員長の普段の生活の一コマ
[秘儀! プリント回収]
本日最後の授業を終えて、みんながぼちぼちと帰り始めていたときだった――。
「うわ。もうみんな帰っちまった?」
そう言って教室に入ってきたのは諒ちゃんだった。
「木村ちゃん、おつかれぇ」
「さっき授業が終わったばっかなのにまた来ちゃったの? そんなに俺らのこと好きなんだ」
「やだぁ。俺たち愛されちゃってる」
なんてバカみたいなことを言って騒ぎ始めたのは、教室で残っていたノリのいい男子たち。これからカラオケに行こうかという相談をしていたのでまだ教室に残っていたのだ。
「ちげーよ、バカ共」
それに諒ちゃんはイラッとして返した。
出会いがしらに軽口をたたかれるほど諒ちゃんは男子生徒からも好かれている。
本人はもう少し貫禄というものを身に着けたいと言っているけど。諒ちゃんの年齢で貫禄はまだ早すぎる気がする。もうしばらく親しみやすくてバカを言える先生という立場は払拭できないだろう。――いいじゃん。若いんだから付き合ってあげなよ。
「あぁ、もう。宿題のプリント回収し忘れたぁ」
頭をがしがしと掻く諒ちゃん。忘れちゃうなんて災難だねぇ。どうするのかなぁ、とぽやんと思っていると目が合った。合ってしまった。げっ。
「桂木ぃ。さっき俺の授業で寝てたよなぁ」
「ええっ、言いがかりですって。ちょっと顎をついて目を閉じていただけですって」
「俺の目にそう映ったのならそれが真実なんだよ」
横暴だ! だって目を閉じていたのはたったの三分。十分に居眠りか。
「みんなの分の宿題のプリント回収……」
「嫌です!」
「週末なんだよ。帰って採点しときたいんだよ。週明けとかマジきついんだよ。俺に死ねって言うのか。ただでさえ吹雪と顧問がやり合ってて生徒会の仕事が溜まってるってのに」
泣きまねしないでよ。
これだから嫌なんだよ。顔見知りが教師やってると、こっちに雑用が回ってくるんだから。
ぶんぶん首を振っていたら、ノリのいい男子たちに「桂木ぃ、木村ちゃん泣かすなよ」とか「手伝ってあげなよ」とブーイングが飛んで来た。だったらきみたちがやればいいと思う。でも結託した男子たちには勝つことはできなかった。
「な、委員長と協力してやってくれ。二人なら早いだろ?」
いつの間にか委員長が諒ちゃんにがっちり腕を掴まれて捕縛されている。部活に向かう途中だったらしいが、表情はとっくに諦めていた。
委員長も犠牲者に認定だ。仲間意識が沸く。
「えー、それなら副委員長が」
うちのクラスの副委員長は女子がなっている。男女ペアなのでバランスもいいだろう。
「副委員長は休みだろ。女子の分、回収するの手伝ってやれよ」
そうだった。
仕方なく、私は委員長と協力して宿題のプリント回収の任につくことになってしまったのであった。
※ ※ ※
男子の過半数はまだ教室に残っていたのでプリントを回収することができた。
女子も数人は残っていたので提出してもらう。
問題は残りのプリントだ。
とりあえず委員長と二手に分かれて、部活に入っている人のところに走ってプリントを取りに行った。
「女子はだいぶ帰っちゃったみたいだね」
「そうみたいだな」
男子はなんとか全部回収し終わったが、女子のプリントはクラスの半数分くらいしか回収できていない。
「どうしようかなぁ……」
廊下にて委員長と束にしたプリントを眺めてうなる。
諒ちゃんの仕事が大変なことは知っている。先日も廊下で生徒会顧問の先生と吹雪ちゃんが怒鳴りあっている(実際にはじゃれ合いに近いけど)のを仲裁に入っている姿も目撃している。
間に挟まれて仕事に手を付けられない状態は可哀想なんだよなぁ。できることなら、ちゃんと全員分の宿題を集めてあげたいとは思う。
「こうなったら電話して、戻ってきてもらうしかないかな」
やだなぁ。文句言われそうだ。授業終わって家に帰ってる途中なのに戻るなんて、とかぶつぶつ言われたら胃が痛くなりそう……。
「俺がするか」
逡巡する私に委員長がそう言い出してくれた。でも委員長って言葉が足りないからちゃんと伝わるのかな。ちょっと不安だ。
「あれ、那智。どうしたの。まだ家に帰らないの」
声をかけてきたのはお兄ちゃんだった。鞄を持っているので、これから帰るところだったのだろう。
本当だったら、こうしてお兄ちゃんとかち合ったら一緒に帰っているところなんだけど今日は無理そうだ。ごめんね。今日は一人で帰って。
「うん、ちょっとまだ帰れなくて」
諒ちゃんのプリント回収を仰せつかったので、まだ帰れないということを伝える。
「あとは帰っちゃった女子の分なんだけど、戻って来てって言うのもちょっと気が引けちゃって……」
「ふうん、そうなんだ。那智を顎で使うとか――」
なにやら黒い空気を出しながら呟くので、肌がぞわっとした。
「あの、お兄ちゃん?」
恐いんですけど。その空気仕舞ってもらえませんか。
「那智、携帯貸して」
反論するのも恐くて大人しく携帯を差し出す。誰にかけたらいいのか聞かれたので、これまた大人しく教えると、お兄ちゃんは次々と電話をかけていった。
「ごめんね。木村先生がやらかしちゃって。できればプリントを学園まで提出しに戻ってきてくれたら嬉しいんだけど。――うん、本当にありがとう。助かるよ」
まあ、概ねこんな感じだった。毎回、電話の向こうで黄色い悲鳴があがっていた。出だしは全員「きゃあ、桂木先輩から電話をもらえるなんてっ」という声からだった。
みんな気づいてる? いつもより一オクターブ声が高いよ。耳がきーんてなるよ。
電話を終え、国語科準備室前に移動してみんなが来るのを待つことになる。
あんなに高くて黄色い声で返事をしていたのだから、みんな急いで戻ってきてくれるはずだ。
後は待つだけなので「部活に行っていいよ」と委員長に言ったけれど、自分にも頼まれたことだからと一緒に待ってくれると言外に言われてしまった。責任感あるなぁ。感心するよ。
そして何もすることもできず数分の後――、
「プリント持ってきましたぁ」
「ごめんね、戻ってきてくれて」
次々に現れてはプリントを大げさに振ってやって来るみんな。みんな笑顔で戻ってきてくれるなんて嬉しい。
でもね、一番に反応したのは私だよ!?
みんなして私と委員長を素通りしてお兄ちゃんに手渡しにいっていた。何で。理由は分かるけど、こっちも見てよ。
さりげなくお兄ちゃんの手に触れていく強者もいた。きっと彼女は今日は手を洗わないことだろう。
お兄ちゃんのおかげでプリントは休みの人のは除いて無事全員分集めることができた。経過はどうあれ(なんかお兄ちゃんファンを増やしただけのような気もするけど)感謝する。ありがとう。
準備室の扉をノックしてプリントを渡しに行くと、諒ちゃんはとても喜んでくれた。
「これで週明けが少し楽に始められるわ。ありがとな」
ついでによしよしとしてくれようとしたのだけれど、「半分は僕の成果なので僕の頭も撫でてくれるんですよね」とお兄ちゃんが悪人面で言うものだからよしよしは実行してもらえなかった。がんばったのに。
お兄ちゃんは地味に諒ちゃんをいたぶることが好きらしい。固まる諒ちゃんを見てにやっと口の端をあげて笑っていた。
笑顔で睨み合う二人を遠巻きに観察する。放っておいて帰ろうかな。
見ていると、ふと頭に重みが加わった。
頭の上を移動する手に驚いて横を見ると、委員長が無表情で私の頭を撫でていた。
「委員長、これはいったい……」
「してもらいたそうだったから」
いや、よしよししてもらいたいにはしてもらいたかったんだけど。なんだろう、この何か違う感……。
「二人で動いたからすぐ済んだ」
それは私にありがとうと伝えたいということでしょうかね。多分そうなんだろうね。
「いえいえ。委員長があの場にいなかったら私一人で動くはめになってたから。こちらこそありがとうだよ」
なでなではまだ続く。うーん、だんだん気持ちよくなってきたぞ。触れ方は無骨なんだけど、それが逆に優しく感じて、されるままにしばらく私は撫でられるままに目を細めていた。
「帰るよ、那智!」
少々大きな声でお兄ちゃんに手を引っ張られるまでそれは続いたのだった――。
帰りは盛大に兄に頭を撫でられた。




