謝りはしない
「天道さん。お茶のおかわり、淹れましょうか」
「お気遣いをすまんな。だがそろそろお暇させてもらうよ」
古場さんに向けて首を振ると中谷さんはゆっくりと立ち上がった。
それに対して、
「じいちゃん、俺まだお茶請けのマドレーヌ食べてないって!」
ブーイングを起こしたのは中谷会長だ。
「持って帰れ。まぁ、残っている茶を飲む時間だけはやろう」
中谷さんは笑って、ひとぉつ、ふたぁつ、と数を数えだした。
「うえっ、ちょっと待っ――」
途端に急いでカップを傾けた中谷会長は、飲み干した後で軽く咳き込み、
「――ッご馳走様でした!」
と、それでも礼儀正しく古場さんに向けて両手を合わせた。
「雨里。わしは車を取ってくる。もう少し待っとれ」
「……ねぇじいちゃん。だったら俺、急ぐこと無かったんじゃない?」
「気付かなんだか。陽介の言うとおり、まだまだ注意力がなっとらんな」
からからと笑いながら、中谷さんは店を出た。
中谷会長はマドレーヌを中に入れようとスポーツバックのジッパーを開きつつ、じいちゃんめ…、と口を尖らせていた。
その、開いたジッパーの間に。
中谷会長が自分の分をそうしたように、私は私の分のマドレーヌを入れる。
「帰るまでに潰さないようにしてくださいね」
「…………うん?」
心底怪訝そうな顔をして首を傾げる中谷会長を、見据える。
「一応、お詫びです。自己満足ですから気にしないでください」
「…………うん」
よく分かっていない中谷会長は、雰囲気にのせられたように、こくりと頷いた。
分からなくていい。それでいい。
さっきの言葉通り、向かい合って謝らない代わりの、これはただの私の自己満足なのだ。
私が笑みを浮かべると、中谷会長もそれにつられたように笑顔になった。
「うん、折角だから貰う。ありがと」
そう言って、彼はマドレーヌを荷物の一番上に置き直した。
それから数分もたたない内に店の前に軽トラックが止まった。此処に居る間は、近くの駐車場に停めていたらしい。
スポーツバックを肩にかけた中谷会長は、私たちに手を振って、またねと片足をひょこひょこさせながら帰っていった。運転席に座っている中谷さんは、車窓のむこうからこちらに軽く会釈をして、車を発進させた。
「さて。上の写真の貼り替えでもしてくるか」
言いながらカウンターから出た古場さんに「俺のタバコが置きっぱなしだからついでに頼むわ」と、陽介さんが片手を挙げた。
「へぇ。今日はもう吸わないのか?」
「いやぁ……、吸えないだろ、そりゃ」
苦笑する陽介さんは、何処か照れているようだった。
「笠見さん。十五分くらいで降りてくるつもりだけど、その間に帰るなら気をつけて」
「はい。ありがとうございます」
写真が入っているらしい茶色い袋を手にして、古場さんは二階へ上がった。
一階だけでなく二階の壁にも貼ってある写真は、撮った本人がレイアウトもしているのだ。