笑顔のおてんとさま
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カウンター席に座っている中谷会長は、湿布が貼られた足をぷらぷらと揺らしながら、私に向かって片手をあげた。
「や、笠見さん。さっきぶり」
傘を閉じて、入り口脇の傘立てに立てる。
『BLACK D●T』には、中谷会長といつもの店員さん達が二人、そしてもう一人、よく日に焼けたお爺さんが居た。その人と眼が合い、なんとなく互いに軽く会釈をする。
「ばいばい、って言っちゃったけど、そういえば今日来るって言ってたもんねぇ」
そんなことはどうでもいい。
少し表情を険しくして、私は言った。
「足、大丈夫なんですか」
「ん? あぁ大丈夫だよ、すぐ腫れもひくだろうし」
「お前がいつもみたいに跳ね回ったりしなけりゃな」
軽い口調で笑った中谷会長の頭を、カウンター越しに陽介さんが小突いた。
鞄を置きながら席に座った私に、古場さんが今日のお茶請けを差し出してくれる。
「心配することないぞ、笠見さん。こいつもたまには大人しくさせておいた方がいいんだ。さて、飲み物は何にする?」
にこりと笑みを浮かべる古場さんからは、冗談の色はまるで見られなかった。
滝長副会長の時は、それでも冗談なのか本音なのか迷ったのに。
「……紅茶でお願いします」
「ストレート?」
それには口を開かないで無言で頷いただけの私に、古場さんは一瞬だけ表情を変えた。
洞察力が鋭すぎる古場さんには、今日も心のうちを見破られてしまった気がする。だけどその場では何も言わず、古場さんはコンロでお湯を沸かし始めた。
「つーかなぁ。思い当たる節が多すぎて理由が分からねぇって、雨里、お前、どこまでデンジャラスな学校生活送ってんだよ?」
「ふっふ、スリルがあっていいでしょ。注意力が鍛えられるよ?」
「鍛えられてねぇだろ、結局怪我してんだからよ」
呆れたように息を吐く陽介さんに、それでも中谷会長は笑顔だった。
その隣の席に座り……、私はどういった態度をすればいいのか困惑している。
滝長副会長に聞いた話から、中谷会長の怪我は私のせいかどうか分からなくなった。
だけど分からなくなっただけで、そうではないのだとは限らない。中谷会長の様子から察するに、当人は気にしていないようだ。原因のことも、私のことも。
――ここで私が謝るのは、どうなのだろう。
少なくとも私の気は済む、と、思う。じゃあ、中谷会長は?
「雨里のことなら気にするでないよ、お嬢さん」
思考に埋もれていた私に、声をかけたのはテーブル席のお爺さんだった。
「いくら怪我をしようと、死ななんだら、それでいいじゃないか」
横皺が多く寄っているその笑顔が、
「だよねぇ。ほらぁ、じいちゃんはよく分かってるー」
隣でニッと笑う中谷会長と重なって見えた。
「じいちゃんは雨里に甘過ぎ。いくらお気に入りでも、躾はきっちりしといてくれよな」
「ほほぅ、陽介や。お前がそれを言うのか。自転車で一回転の大事故を起こした、あれは一体誰だったかな?」
お爺さんは、意地悪げに、そして楽しそうに言ってみせる。
陽介さんも何年前の話だよと苦々しそうに言いながらも、表情は笑っていた。
あぁ、なるほど。このお爺さんは。
くるりと身体の向きを変え、中谷会長は片手でお爺さんを示した。
「そういえば紹介してなかったけどね。笠見さん、この人、俺のじいちゃんです」
「つまり、俺のじいちゃんでもある」
中谷会長を真似るように、陽介さんもその人を示す。
二人に手を向けられたお爺さんは、ゆったりとした笑みを浮かべた。
「この二人の祖父の、中谷天道です。よろしく、お嬢さん」
「……中谷会長の後輩の笠見颯子です」
「雨里の後輩ということは、1年生かな」
はい、と頷いた私に、そうかそうかと中谷さんは笑顔を浮かべた。
互いに初対面の私達二人が自己紹介を終えたところで、はいリクエストの品、と古場さんがカウンターにカップを置いた。紅茶の匂いが広がる。
対して私が述べた礼ににこりと笑って、古場さんは顔を中谷さんに向けた。




