あなたを思う
五分程度の短い間に一気に五人から二人へと人数が減った店内で、私と陽介さんはカウンターを挟んで向かい合う。
「颯子ちゃん、さっき雨里にマドレーヌやっちゃっただろ。特別に喰う?」
「いえ、いいです」
罪滅ぼしって訳じゃないけど、ここで貰っては意味が無いから。
陽介さんは強く勧めることもなく「そ?」と短く言って笑った。
「今日はどうして、もうタバコを吸わないんですか?」
何気なく口にした疑問に、陽介さんは口を半開きにした。
「あー……、忠告? を、受けたから。一応自粛ってとこ」
「タバコを控えるようにですか」
そういえば中谷会長が言っていた伝言はこのことだろうか。
結局私は聞きそびれて、迎えに来てもらった本人が伝えに寄ったようだけど。
「あぁ。若いんだから身体は大事に、だとさ。リョウコさんだってまだ若いくせに」
「リョウコさん?」
知らない名前に首を傾げる。
陽介さんは笑って頷いて、近くにあった包装紙をカウンターに引き寄せた。包装紙に書かれた店名から、それが北大路にある店で珈琲豆を買ったときに包まれていたものだと分かる。
「俺と雨里の、じいちゃん」
エプロンのポケットから取り出したペンで、陽介さんは左上に丸をひとつ書いた。中に『天道』と書く。その隣にもうひとつ丸を書きながら、
「ばあちゃん」
と、言った。今度は『紀代』と書き込まれる。
どうやら、家系図のようなものを書いているらしい。
「じいちゃんとばあちゃんには、子供が三人居る。雨里の父親の、長男・晴久さん。俺の親父の、次男・暖人。それから長女の涼子さん」
ぐるぐるぐる、と、三つ並んだ丸。
その一番最後の丸に書かれた名が、『涼子』だった。
「つまり、俺と雨里の叔母にあたる人だ。今朝ばったり雨里と会ったらしくてな。頼んでたものがちゃんと届いたってことと、さっきの忠告を伝えてくれって言われたんだと」
なるほど、と私は頷く。
「最近は忙しいみたいであまり来ないけど、涼子さんも一応此処の常連。つーか、気にかけてくれてるってとこか。店出すときとか、店出してすぐの頃に、結構助けてもらったし。若造二人が開いたばかりの店じゃ、至らないところも結構あったからな」
あの時は、この時は、と説明しながら、その頃のことを思い出して苦笑いをしている陽介さんは、それでもとても楽しそうだった。
「優しいひとですね」
「優しい、けど厳しいぞ。言葉は特に容赦無くて、事実だけを突きつけてくる。社会を知ってる大人として、その厳しさをすぱすぱ並べられたもんだ」
眉を寄せながら笑う陽介さんに、私も笑みが浮かんだ。
楽しそうな陽介さんはなんだか幼く見える。ますます中谷会長にそっくりだ。
その笑顔のまま、歌うように。
「そこを含めて惚れてるんだけど、な」
陽介さんは、そう言った。
頭の中にいつかの中谷会長の言葉が蘇る。
――「陽ちゃん、結構前から片思いしてるんだよ。その相手に対して『付き合いたい! そして結婚したい!』って思ってるわけじゃないらしいんだけど。年上の社会人で、……あとまぁちょっと色々カンケイのある人だしねぇ」――
……カンケイって、血縁関係のことか。
何だか深く納得しながら、
「いっそ禁煙したらどうですか」
と、私は陽介さんに言う。
怪我も病気も、死なないとしてもしないに越したことはないから。
*
二日後には、中谷会長の足は完治していた。
後になって私の言った『お詫び』に見当がついたらしい中谷会長は、「治ったよ」とわざわざ教えに来てくれた。
その時に、陽介さんの思い人を聞いたという話をすると、中谷会長はニッと笑った。
「ね、だから笠見さんに浮気されるのはいただけないでしょ」
私はじろりと中谷会長に目線をやる。
「落としますよ、階段の一番上から」
「ちょッ、それ犯行宣言だよねぇっ?!」
顔を見合わせて、二人同時に笑い出した。




