駄目な涙
怒りの涙は駄目。
そう豪語する彼、中谷会長は何と言ってたっけ。
……疲れ損?
……自分との戦い?
その感性はよく分からないけど、とにかく駄目だ。
泣くな。自分。笠見颯子。
こんなことで泣いてどうするっていうの。
そもそも、どうしてここまで悔しいの。
――……やっぱり図星だから?
*
家を出たものの行くところも無く、そうなると足は通い慣れた『BLACK D●T』へと自然と向かっていた。
店に足を踏み入れた瞬間に、ほっとしたような気持ちが広がる。
「あぁ、笠見さん。いらっしゃい」
店内の壁の写真を代えていたらしい古場さんの笑顔に、私も挨拶を、
「こん、……っ」
「……おい。何やってるんだ、雨里」
返すことは出来なかった。
「あ、これ洗濯したばかりのやつだから!汚くないよ!」
カウンターの奥に居たはずの中谷会長が、いきなり私に駆け寄り、自分が着ていたエプロンを脱いで私の顔に押し当てたからだ。
「何…なんですかっ」
エプロンから逃れながら、少し苛立ち混じりに尋ねる。
中谷会長はきょとんとして、「あっれ、俺の勘違い?」とエプロンを着直した。
「だから、何がですか、さっきから」
「あー、いやごめん本当」
軽く笑いながら、
「なんか、笠見さんが泣く直前に見えて」
ごめんねーと手を合わせる中谷会長に、
「……やめてくださいって」
「だよねぇ、ごめん。いきなりあれは失礼だっ……、って、笠見さーん?」
彼の言い方をするなら、折角、自分との勝負に勝てていたのに。
中谷会長の言葉を聞いてしまった私はあえなく撃沈をした。
涙はそれほど流れていなくて、その分、嗚咽が止まらない。止めようとすると息が苦しくなる。それを察したように、中谷会長が背中を軽く叩いた。
「あー、無理して止めると喉が痛くなるよ。経験者の俺が言うんだから間違いない」
そう言ってもう一度エプロンを脱いだ中谷会長は、それを私に差し出してくれた。
ありがたく受け取って、押し付けるように顔を覆う。
「何があったかは分からないけど、とりあえず座ろ」
何も言わずに――言えずに頷いて、背中を押しながら促してくれる手に私は歩みを任せた。




