私と母と要らないココア
「一人暮らしが駄目なら、叔父さんの家に居候させてもらうのは?」
父さんの弟である叔父さんは、近畿の県に住んでいる。
そしてその県には翔の行きたい高校もある。その高校と叔父さんの家は、通えない程遠くもなかったはずだ。
これはなかなかいい案じゃないだろうか。何で今まで思いつかなかったんだろう。
そう思って期待をした私は、
「翔の我侭で叔父さんに迷惑かけろっていうのね、颯子は」
母さんの表情を見てすぐに落胆した。
心底苛立たしげに眉を吊り上げた母さんを見るに、この案は絶対に了承されないだろう。
わざとらしい程のため息をついて、母さんは腕を組む。
「それは翔でも言い出さなかったことよ。迷惑になるからって分かってたんでしょうね。……ごめんなさい、言い方が悪かったわ。あのね、別にこれは颯子を責めてるんじゃないのよ。だけど、あなたはちょっと何に関しても他人事で居すぎだと思うの」
母さんの態度に不快な気持ちを感じたけど、その言葉は図星でもあったので何も言わずに黙り込む。
カップを両手で包んで、ただ母さんの言葉を聞く。
「翔の進学のことも、どうにかなるって思ってるんでしょう。あなたの立場からは、そりゃあ何でも言えるわ。だけど、他人事で居ながら半端に口を挟むくらいなら、いっそのこと何も言わないでちょうだい。翔が颯子の言葉を本気にしちゃうかもしれないでしょう。だから進学のことは、母さんと父さんと翔が話し合って決めるわ」
言葉の最後に、お願い、と母さんは付け加えた。
――「あんまり、頑張らなくていいぞ」――
そうだよね、と、心の中に浮かんだ父さんの言葉に頷く。
私にはここまでが限界かもしれない。
翔の味方で居続けられはしなかったけど、でも絶対に反対はしないから。
翔に対する言い訳のようにそう思いながら、私は母さんに頷いた。
「分かった。翔の進学については、私はもう何も言わない」
母さんは口元を緩めて、目を細くした。
「ありがとう。ごめんね、颯子。あなたが翔のことを考えてくれてるのは分かってるのよ」
「うん、もういいよ。あとは母さんたちがいい結論を出して」
吹き冷まさなくてもよくなったココアを飲みながら、頭の中を切り替える。
今日は何の本を読もうかといくつかの候補をあげていると、自分のココアを飲み終えた母さんが立ち上がり、カップを流しに持っていった。
そして困ったように笑いながら、
「翔もあんなに頑固じゃなくて、颯子みたいに素直に言いなりになる子だったらね」
――……それは、どういう意味。
「私は母さんの言いなりじゃない」
一気に、身体が芯から熱くなった。長距離を走った後みたいだ。
手荒な動作で椅子から立ち上がる。ココアは半分残っていたけど、もう、飲む気にならない。
流しの方を向いていた母さんは、そうね言い方が悪かったわ、とまでは笑いながら言い、振り向いて私の表情を見ると、驚いたように眼を見開いた。
「……本当に深い意味は無いのよ、ただの言葉のあやじゃない」
「そう? 本音なんじゃないの? どっちでもいいよ」
「どうしたの? そんなに怒ることじゃないでしょう」
普段ならそうかもしれない。
母さんの言う通りに言葉のあやだと思い、言いなりって言葉悪いなぁと、冗談交じりに母さんに詰め寄るだけだったかもしれない。――だけど、今日は。
さっきまでの会話で不快な気分になっていていたこともある。
それに何より、最終的に母さんに頷いてしまったことが言いなりの証拠じゃないかと思えて。
それが嫌で、それが間違っていることを自分自身に証明したくて。
「どこ行くの?」
黙ってダイニングを出ようとした私に、母さんが尋ねる。
その質問には答えずに、振り返りながら私は言い放った。
「人の言葉を聞いてくれないなら、母さんは私と翔の中ではずっと悪者のままだよ。父さんとは大違いだね」
言いながら、ひどく泣きそうな気分になった。




