私と母とココア
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土日が北高祭だったため、北高生にとって今週の月曜日と火曜日は振り替え休日である。
月曜日の昨日は、いつもの休みのように悠々と読書をして過ごした。学校から借りてきていたミステリーの本を読み、自分の持っている五巻で完結のシリーズを始めから読み直し、漫画も少し読んだ。
読書家の私にとって、とても、満ち足りた日だった。
そして今日も同じように過ごそうと思っていた。
――の、だけれど。
着替えて一階のダイニングに下りると、出勤しているはずの母さんの姿があった。
「おはよう。右側の髪、ハネてるわよ」
「分かってる、部屋の鏡で見たから。……母さん、今日休みなの?」
「昼からは出るわ。これからココア淹れるんだけど、颯子も飲む?」
「……うん。髪、直してくる」
洗面所に向かいながら、私はため息を吐いた。
お互いに必要最低限の言葉しか交わしていなかったとはいえ、翔と母さんの間に、昨日は何のアクションも無かったから油断してたな。
まさか、こっちにくるなんて。
私は知っている。いや、覚えている、といった方が正しいかもしれない。
ココアを淹れるときの母さんは、何か話があるときだ。
熱いココアをつくって、それを飲み終えないと逃げられないようにしたいとき。
その手口にふと気付いてしまったときには、何だかとても感心してしまった。
――……まぁ今回は、その話に検討がついているんだけど。
出来るだけ長い時間髪を直していたのに、ダイニングに戻ったときには、母さんはまだココアを作っていた。
私が椅子に座って少し待っているとカップにたっぷりと注がれたココアが運ばれてくる。
いつにも増して熱そうに見えるのは、私の勝手な心象だろうか。
カップをじっと見つめる私に、母さんが「飲まないの?」と尋ねる。
「まだ飲めないでしょ。こんなに熱そうなのに」
熱そう、を強調してみたけど、母さんは笑っただけだった。
そして私の言葉に笑った余韻を残したまま、
「颯子は、翔に賛成なの?」
母さんの話はいつも直球だ。
それは今に始まったことじゃないのに、受け損ねる。
「翔に賛成って、何」
分かってるでしょう、と言いたげな目線で、母さんはココアを一口飲んだ。
「進学のことよ。一人で家を出て、大阪に行くっていう」
「別に反対はしてないよ。翔がそうしたいなら、それでいいんじゃない」
「やっぱり賛成じゃない」
息を吐く母さんの口調に、刺々しさが増す。
「あなた達は、世の中がまだ分からないから仕方ないでしょうね」
「……母さんは分かってるって?」
「少なくとも、あなた達よりは分かるわよ。あなた達より、何年長く生きてると思うの。一人暮らしをした経験もあるから、その時の不便さも、心細さも分かるわ」
母さんは地元の人間じゃない。
仕事がきっかけでこっちに移り住み、そこで出会ったこの県民の父さんと結婚したのだ。
以前母さんから、父さんと出会うまでの一人暮らしをしていた頃の話を聞いたことがある。
「翔も颯子もそれを分からないから、夢物語を語れるのよ」
ココアを一口啜って、私は尋ねる。
「そもそも、学力はどうなの? その高校を受けようとしてるけど、でも絶対に学力が届きそうもないから反対っていうのなら分かるけど」
「担任の先生によると、それは大丈夫みたい。翔が頑張って勉強してるのは、母さんも分かってるわ。でもね、颯子。あなたの考えは、母さんは逆だと思うわ。県外なのよ? そんなの、学力以前の問題でしょう」
「どうして県外っていうのが駄目なの。私だって、高校を卒業したら県外の大学に行くかもしれないよ」
一応、卒業後は進学するつもりだ。
何処にというのはまだ決めていないけど。
「その時も母さんは、県外は駄目だって反対するの?」
母さんは頬杖をつき、
「高校生と大学生じゃ、違うわ」
そう言って、疲れたように眼を伏せた。
「未熟のままの一人暮らしなんて危ないでしょう。母さんは、翔を危険な目に合わせたくないのよ」
「危険かどうかは分からないでしょ。高校から一人暮らしをしてる子だって居るよ。社会勉強になっていいんじゃないの」
「それは色んな事情があるからでしょう。他の子と比べるのは良くないことよ。よく言うでしょう、『他所は他所』だって。とにかく母さんは、翔の一人暮らしは認めないわ」
ここまで言い切られては何も返せない。
母さんはどうしても私を反対派に引き込みたい、というか、私を介して翔に無理だということを知らしめたいらしい。
でも……なんだかなぁ。
もやっとする気持ちを抑え、しばらく黙ってココアを飲んだ。
だけど、
「あ。だったらさ、」
ふとその考えを思いついた瞬間、私はそれを口に出していた。




