柔らかな逃げ先
カウンターに入った古場さんが紅茶を淹れてくれた。
予備のエプロンを着た中谷会長は店前の掃き掃除をしている。
店内に、私以外のお客さんは居ない。
落ち着いてくると、自分の失態を思い出して頬が熱くなってきた。
「大丈夫?」
「はい。すみませんでした」
喋ると、喉が少し痛んだ。
苦笑した古場さんが手で勧める紅茶を口に運ぶ。
柔らかい口当たりと暖かさに、ふっと気持ちが楽になったような気がした。掃除を終えた中谷会長が「圭太さん、俺も紅茶欲しい」と片手を上げながらやって来る。
「で、どうしよう。理由は聞いた方がいい? 自分で言うのも悲しいけど、俺はともかく、圭太さんはいい相談相手になってくれるよ?」
私の席からひとつ空けたカウンターの席に座り、中谷会長は首を傾けた。
「……いいえ」
「そ、じゃあ聞かないことにしよう。気にはなるけどねぇ」
腕を組んで眉を寄せ、中谷会長は大仰な口調で言う。
尋ねられて、言ってしまおうかとも思った。
「理由は?」と聞かれたのなら、答えていたかもしれない。
かなり失礼かもしれないけど、彼自身が言ったとおり、中谷会長はともかく、古場さんなら私の悩みも解してくれる気がした。
それでも首を振ったのは、母さんの言葉が胸に刺さっていたからだろう。
――半端に口を挟むくらいなら、いっそ何も言わないで。
私が古場さんに何かを聞き、それを受けて思ったことを母さんや翔に伝えても、母さんはきっと同じことを言う。どうせそうなら、私の悩み、というよりも愚痴に該当するだろうこの話を二人に話し、嫌な気分を味あわせたくない。
人の愚痴を聞いて楽しい人なんて、そんなにいないだろうから。
「そういえば圭太さん、北高祭来てたんだって? 言ってくれれば案内したのに」
「お前は生徒会で忙しかっただろ。それに雨里のクラスの飴なら買ったぞ。わざわざ連れて行ってもらう必要は無い」
「あ、そーなの? じゃ、いーや」
ニッと笑う中谷会長を、現金な奴めと古場さんが半眼で睨んだ。
「まぁ、雨が降らなくて良かったな」
「だよね、それが一番。来月頭の体育祭も晴れだといいんだけど。つーか、絶対に体育祭までの期間短すぎだよねぇ。準備も忙しいっての」
「はっはっ、頑張れよ、生徒会長」
ぐしゃりと中谷会長の頭をかき回し、古場さんが笑った。
頬杖をついた中谷会長が難しそうな顔をする。空いた手の指折りをして日数を数えながら、眉を寄せる。
「俺はまだいいんだけど、みずうっちゃんがねぇ。入場門の色の修復と、ポスターの完成版作んなきゃいけないでしょ。今度の学生絵画コンクールにも出品するみたいだし。本人は大丈夫だって言ってるけど、まぁ仲間思いの俺としては心配なわけですよ、ね」
「はぁ、仲間思いの」呆れたような声の古場さんに、
「えぇ、仲間思いです」真面目腐って中谷会長は返す。
古場さんはため息を吐き、自分の珈琲を一口飲んだ。
カップを静かに置きながら、少し厳しい目線をして中谷会長を見る。
「とはいえ、な、雨里。お前、自分のことも気にしろ」
「最近ちょっと運動不足気味のこと? まぁ確かに、この年でメタボはねぇ」
「それは知らん。……この間、ゆかりさんが来たぞ」
茶化すような態度だった中谷会長が、動きを止めた。




