第四話 ミジンコちゃんは変態である
第四話 ミジンコちゃんは変態である
「……で?」
山下は車の後部座席で腕を組んでいた。
「どこに向かってるのよ」
「分かりません」
運転席のミジンコは即答した。
「は?」
「目的地は不明です」
「じゃあ何で車を走らせてんのよ!」
「勘です」
「降ろしなさい」
「嫌です」
「なんでよ!」
「医院長を夜道に一人で放り出すなど、私にはできません」
「アンタ、さっきから格好いいこと言ってるけど、ただ道が分からないだけでしょうが!」
「はい」
「認めるな!」
助手席では、とこが深いため息を吐いた。
「……ミジンコさん」
「はい、とこ姐さん」
「私は、あなたのことを一度も姐さんと呼ばれるような扱いをした覚えがありません」
「しかし私の心の中では、常に姐さんです」
「気持ち悪いです」
「ありがとうございます」
「褒めてません」
後部座席のシオリがクスクス笑う。
「面白い人ですね」
「でしょう?」
ミジンコが嬉しそうに答える。
「私はこう見えて、非常に多才な男なのですよ」
山下が鼻で笑う。
「変態でしょ」
「それも才能です」
「自分で言うな」
「ちなみに私は少女趣味でもあります」
「聞いてない!」
とこが冷たく言う。
「知っています」
「とこ姐さん、そこはもう少し優しく……」
「嫌です」
「私は悲しい」
「死んでください」
「死んだら医院長に蘇生していただけますので」
山下が前の座席を蹴った。
「アタシの能力を何だと思ってんのよ!」
「素晴らしい能力だと思っております」
ミジンコは笑った。
「死者を生者へ戻す。これほど医院長に相応しい力はありません」
その言葉だけは、
妙に真剣だった。
山下は黙った。
「……ミジンコちゃん」
「はい」
「アンタ、本当にアタシのこと好きよね」
「当然です」
「変態だけど」
「当然です」
「右寄りだけど」
「当然です」
「ロリコンだけど」
「そこは否定してください」
「なんでよ!」
「社会的信用に関わります」
「もう手遅れよ!」
車内に笑い声が響いた。
その時だった。
ミジンコが急に黙った。
「……」
「どうしたの?」
山下が聞く。
ミジンコは前を見ている。
「止まります」
「え?」
ブレーキ。
車が静かに路肩へ寄る。
ミジンコはエンジンを切った。
「医院長」
「何よ」
「ここから先は、少し静かにしてください」
「……?」
ミジンコは車から降りた。
いつもの軽薄な笑顔は消えている。
「ミジンコさん?」
とこも降りる。
「どうしたんですか?」
「見えました」
「何が?」
ミジンコは夜の路地を見る。
「死相です」
「……」
「三つ」
山下が眉をひそめる。
「三人?」
「いいえ」
ミジンコは首を振った。
「一人です」
「じゃあ三つって何よ」
「死に方が三つあります」
山下の表情が変わった。
「……どういう意味?」
「この先にいる人間は」
ミジンコがゆっくり歩き出す。
「三つの死に方を背負っています」
とこが呟く。
「そんなこと、あるんですか?」
「普通はありません」
「じゃあ、何で……」
「知りません」
ミジンコは笑った。
「だから面白いのです」
山下がため息をつく。
「アンタ、本当に死体とか好きね」
「死体は喋りませんから」
「……」
「少女なら喋ってくれますが」
「お前は黙れ」
とこが即答した。
*
路地の奥。
一人の男が立っていた。
その手にはナイフ。
そして向かいには――
三話で山下が救った男。
「お前……!」
男が叫ぶ。
「来るな!」
山下が一歩前へ出る。
「患者に刃物向けてんじゃないわよ」
「先生!」
「下がってなさい」
「こいつは俺の妻を――」
「その話は後」
山下は男を睨む。
「アンタ、死にたい顔してるわよ」
男が震える。
「……俺は」
その瞬間。
ミジンコが山下の前に立った。
「医院長」
「何?」
「ここは私が」
「珍しいじゃない」
「はい」
ミジンコは袖をまくった。
「私、たまには真面目に仕事をしますので」
「たまにじゃなくて、いつもしてちょうだい」
「善処します」
「信用できないわねぇ」
男がナイフを構える。
「邪魔するな!」
「嫌です」
ミジンコが笑う。
「私は医院長の前に立つのが仕事ですから」
「死ね!」
男が突っ込んだ。
次の瞬間。
ミジンコの姿が消えた。
ドンッ!
男の身体が地面に叩きつけられる。
「ぐっ……!」
腕を取る。
肘を極める。
ナイフが落ちる。
ミジンコは男の首元に手を添えた。
「動かないでください」
「くそっ!」
「死にますよ?」
男の顔が青ざめる。
「……え?」
ミジンコの目は笑っていなかった。
「あなたの死相が、先ほどより濃くなりました」
「……」
「あと三分」
ミジンコが時計を見る。
「このまま暴れれば、あなたは死ぬ」
山下が叫ぶ。
「ミジンコちゃん!」
「はい」
「殺すんじゃないわよ!」
「もちろんです」
ミジンコは笑った。
「医院長に叱られるのは怖いので」
「そこなの!?」
ミジンコは男を解放する。
男はその場に崩れ落ちた。
「俺は……死にたいんだ」
「知っています」
「だったら――」
「ですが」
ミジンコが男の胸ぐらを掴む。
「医院長が、生きろと言っています」
男が山下を見る。
山下は静かに言った。
「死ぬのはいつでもできるわ」
男は黙った。
「でもね」
山下が一歩近づく。
「生きるのは、今しかできないのよ」
男の目から涙が落ちた。
「……先生」
「何よ」
「俺は……どうすれば」
「まず病院に戻る」
「……」
「その後で全部聞くわ」
山下は笑う。
「患者の話を聞くのも、医者の仕事よ」
ミジンコが深く頷いた。
「さすが医院長です」
「アンタも少しは見習いなさい」
「もちろんです」
「じゃあ、その変態やめなさい」
「それは難しい相談です」
「即答すんな!」
*
その夜。
山下医院。
アルちゃんが待合室で眠っていた。
テーブルには、
山下のプリン。
ミジンコのプリン。
とこのプリン。
なぜか三つ並んでいる。
「……んぅ」
アルちゃんが目を覚ます。
「先生、遅いですねぇ」
その時。
電話が鳴った。
プルルルル。
「はい、山下医院です〜」
『……』
「あら?」
男の声。
『山下先生は?』
「まだ帰ってませんよぉ」
『そうですか』
「どちら様ですか?」
『……ダンです』
アルちゃんの目が、一瞬だけ止まった。
「……あらぁ」
『彼に伝えてください』
「はい」
『次の患者は――』
そこで電話が切れた。
アルちゃんは首を傾げる。
「……なんでしょう?」
そして、何事もなかったようにプリンを食べる。
「おいしいですねぇ」
*
その頃。
山下たちは医院へ戻っていた。
「ただいまー!」
山下が玄関を開ける。
「おかえりなさい〜」
アルちゃんが笑う。
「アルちゃん、起きてたの?」
「はい〜」
「何かあった?」
「電話がありましたよぉ」
「誰から?」
アルちゃんは少し考える。
「ダンさんです」
ミジンコの動きが止まった。
「……ダンさん?」
「はい」
ミジンコがゆっくり振り返る。
「アルちゃん」
「はい?」
「ダンさんから、何と?」
「次の患者さんがどうとか……」
ミジンコは黙った。
山下が眉をひそめる。
「ミジンコちゃん?」
「……医院長」
「何よ」
「少しだけ」
ミジンコは笑った。
「嫌な予感がします」
山下はため息をつく。
「アンタの嫌な予感って、当たるの?」
「はい」
「じゃあ聞くけど」
「何でしょう」
「次は誰が死ぬの?」
ミジンコは答えなかった。
ただ、
窓の外を見た。
そして小さく呟く。
「……死ぬのは、一人とは限りません」
その横で、
アルちゃんだけがプリンを食べている。
「先生〜」
「何?」
「明日、買い物付き合ってくださいねぇ」
「……アンタ、緊張感ないわね」
「そうですかぁ?」
山下は笑った。
「……まあ、いいわ」
そして、
「明日も生きてたら付き合ってあげる」
アルちゃんは嬉しそうに笑った。
「はい〜」
――この時、誰も知らなかった。
この小さな病院が、
やがて世界中の「死」と「生」を巡る戦いの中心になることを。
第四話 完




