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第二十五話 四十八人目

『死んだら、うちに来なさい』


第二十五話 四十八人目


 ――あと四十六回。


 山下医院の地下室に、その言葉だけが残っていた。


 山下は自分の手のひらを見つめる。


 赤い文字は、もう消えている。


「……」


 誰も喋らない。


 最初に口を開いたのはミジンコだった。


「医院長」


「何?」


「四十六回ということは……」


「言わなくていいわ」


「あと四十六人、高橋さんが死ぬということですね」


「だから言わなくていいって言ったでしょうが!」


「申し訳ありません!」


 ミジンコが直立する。


 とこは無言でミジンコを見る。


「……」


「ミーくん」


「はい」


「少し黙っていましょう」


「了解しました!」


 ミジンコが口を閉じる。


 五秒。


「医院長」


「何よ」


「黙るの、いつまでですか?」


「もう喋ってるじゃない」


「失礼しました!」


 山下は頭を抱えた。


「……ほんっと、アンタは……」


「ミーくん」


 とこが静かに立ち上がった。


「いくよ」


「えっ」


 ミジンコの顔が青ざめる。


「いや、私は何も――」


 とこがミジンコの腕を掴む。


「待ってください」


「いくよ」


「ちょ、医院長! 救援要請!」


 ズルズルズル。


 ミジンコはものすごい力で、


 地下室の奥へ引きずられていった。


「医院長ー!」


 扉が閉まる。


 静寂。


「……」


 山下は何もなかったように、


 少年を見る。


「ごめんね、誠くん」


「いえ……」


 アルちゃんも、


 いつも通りの顔をしている。


「ミジンコちゃん、大丈夫でしょうか?」


「大丈夫よ」


「そうですか」


「たぶん」


「たぶん?」


「そのうち戻ってくるわ」


     *


 十分後。


 地下室の扉が開いた。


「……」


 ミジンコが戻ってきた。


 髪は乱れている。


 服も乱れている。


 目だけが、


 異様に澄んでいた。


「ただいま戻りました」


「おかえり」


 とこは何事もなかったように席に戻る。


「それで、誠くんの話だけど」


「はい」


 ミジンコも何事もなかったように座った。


「高橋さんは四十七回死んでいる」


「はい」


「でも、アタシたちが知ってる高橋さんは一人」


「はい」


「つまり――」


 山下はカルテを広げる。


「同じ魂が、何度も別の人生を繰り返してる可能性がある」


 誠少年が顔を上げた。


「僕が?」


「そう」


「じゃあ、昨日のおじさんも僕なんですか?」


「それはまだ分からない」


 山下は首を振る。


「ただ、あの人とあなたには共通点がある」


「何ですか?」


「死んだこと」


「……」


「そして、返命されたこと」


 山下は、


 古い記録を指差した。


「返命」


 カルテの端に、


 その文字が何度も書かれている。


「返命っていうのはね」


 山下は説明する。


「死者の身体に、もう一度『生きる力』を戻す異能よ」


「生き返らせる……」


「そう」


「じゃあ、蘇生とは違うんですか?」


「医学的な蘇生とは別物」


 山下は自分の胸に手を当てる。


「心臓を動かすだけじゃない」


「……」


「死によって切れた『命そのもの』を、もう一度繋ぎ直す」


 誠少年が黙って聞いている。


「だから返命された人は、本来なら死んだままのはずの時間まで、生きていられる」


「じゃあ」


 誠が尋ねる。


「どうして僕は、何度も死んだんですか?」


「……」


 山下は答えられない。


 その時。


 診察室の電話が鳴った。


 ――ジリリリリ。


「……」


 全員が電話を見る。


 山下が受話器を取る。


「山下医院です」


『……』


「もしもし?」


『四十八人目が死にました』


「……!」


 山下の顔から、


 血の気が引いた。


「誰?」


『高橋誠です』


「何ですって?」


『四十八人目の高橋誠が、今、死にました』


「どこで?」


『あなたの医院の前です』


 山下は、


 ゆっくり窓を見る。


「……」


 医院の外。


 誰かが、


 倒れている。


「……嘘」


 山下は走り出した。


     *


 玄関を開ける。


「高橋さん!」


 道路に、


 一人の男が倒れていた。


 年齢は三十代くらい。


 顔は、


 昨日の高橋と同じ。


 少年とも同じ。


「……」


 山下は駆け寄る。


 脈を確認する。


「……ない」


 呼吸もない。


 完全な死亡。


 アルちゃんが後ろから駆けてくる。


「院長さん!」


「アルちゃん、下がって」


「でも……」


「いいから」


 山下は男の胸に手を置く。


「……」


 返命。


 使えば、


 この男は生き返る。


 しかし――


 昨日の言葉が蘇る。


 ――あと四十六回。


「……」


 山下は手を離す。


「医院長?」


 ミジンコが駆けてくる。


「返命しないんですか?」


「……」


「患者ですよ」


「分かってる」


「だったら!」


「分かってるって言ってるでしょう!」


 山下が怒鳴る。


 ミジンコが黙る。


「返命すれば助かる」


「はい」


「でも」


 山下は男を見る。


「こいつを生き返らせたら、また誰かが死ぬかもしれない」


「……」


「今度は誰か分からない」


 アルちゃんが、


 静かに男を見る。


「でも」


「アルちゃん?」


「この人、まだ生きたいんじゃないですか?」


「……」


「死んだ人って」


 アルちゃんは少し困ったように笑う。


「生きたいって言えないですよね」


 山下は、


 男の顔を見る。


 その表情は、


 苦しそうだった。


 まるで、


 最後まで生きようとしていたように。


「……」


 山下は拳を握る。


「くそ……」


 そして、


 男の胸に手を置いた。


「アタシは医者よ」


 目を閉じる。


「死ぬのを待つために、ここにいるんじゃない」


 返命を発動する。


 ――ドクン。


 男の胸が跳ねる。


 ――ドクン。


 もう一度。


 そして、


 肺が空気を吸い込んだ。


「……!」


 男が咳き込む。


「生き返った……」


 ミジンコが呟く。


 山下の手のひらに、


 赤い文字が浮かぶ。


 ――


 **あと四十五回。**


「……」


 山下は、


 その文字を見つめる。


「一回、減った……」


 その瞬間。


 医院の中から、


 悲鳴が聞こえた。


「誰!?」


 山下が振り返る。


 待合室。


 アルちゃんが、


 呆然と立っている。


 その足元には、


 一枚の写真。


 写真には、


 山下医院の集合写真が写っていた。


 山下。


 とこ。


 ミジンコ。


 アルちゃん。


 そして――


 知らない男。


「……誰ですか?」


 アルちゃんが尋ねる。


 山下は写真を見る。


「……」


 知らない。


 はずだった。


 けれど、


 その男の顔を見た瞬間。


 山下の頭に、


 また記憶が流れ込んできた。


 白い服。


 黄泉の川。


 そして、


 誰かの声。


 ――


 **「死んだら、うちに来なさい」**


「……!」


 山下は写真を落とす。


「医院長?」


 ミジンコが拾う。


「どうしました?」


「……その写真」


「はい」


「燃やして」


「え?」


「今すぐ」


 ミジンコが写真を見る。


「ですが――」


「燃やして!」


「はい!」


 ミジンコが走っていく。


 とこは何も言わず、


 山下を見ている。


 アルちゃんは、


 ただ不思議そうにしている。


「院長さん」


「……何?」


「その人」


 アルちゃんが写真を指差す。


「誰なんですか?」


 山下は答えなかった。


 ただ、


 写真に写っていた男の名前を、


 なぜか知っていた。


 口から、


 自然にこぼれる。


「……ダン」


「ダンさん?」


「……」


 山下は自分でも驚く。


 なぜ名前を知っているのか。


 どこで知ったのか。


 まったく思い出せない。


 ただ一つだけ。


 確かなことがあった。


 あの男は――


 山下医院の、


 最初の患者だった。


 そして写真の裏には、


 新しい文字が浮かび上がっていた。


 **『四十八人目、返命完了』**


 その下に、


 もう一行。


 **『次は、お前だ』**


 山下は、


 静かに写真を見つめた。


「……上等よ」


 誰にも聞こえない声で呟く。


「アタシが死んだら――」


 一瞬だけ、


 山下の脳裏に、


 黄泉の川が浮かんだ。


 その向こうで、


 誰かが待っている。


 けれど。


 今の山下には、


 まだその人物の顔を見ることができなかった。


**第二十五話 完**

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