第十五話 返命には、条件がある
『死んだら、うちに来なさい』
第十五話 蘇生には、条件がある
少女は、玄関に立ったまま震えていた。
山下は、その手に握られた写真を見る。
古い写真だった。
写っているのは、一人の男。
白衣を着ている。
「この人を、生き返らせてください」
少女はもう一度言った。
山下は黙って写真を見る。
「……名前は?」
「父です」
「名前」
「高橋……誠です」
「いつ亡くなったの?」
「三日前です」
「死因は?」
「事故です」
山下の表情が変わる。
「三日前?」
「はい」
「遺体は?」
「病院にあります」
「まだ?」
「はい。家族の同意があれば、明日には――」
少女の声が震える。
「だから……明日になる前に」
山下は写真から目を離した。
「アンタ」
「はい」
「アタシが死んだ人間を生き返らせられるって、誰に聞いたの?」
少女は答えなかった。
「……知らない人です」
「名前は?」
「分かりません」
「男?」
「はい」
「どんな人?」
「白い服を着ていました」
山下の眉が動く。
まただ。
最近、この医院に妙な情報を持ってくる人間が増えている。
「その人が、何て言ったの?」
「……」
少女は俯く。
「『山下医院に行けば、死んだ人間を返してもらえる』って」
診察室が静かになった。
ミジンコが口を開く。
「医院長」
「何?」
「これは――」
「分かってるわよ」
山下は写真を少女に返した。
「中に入りなさい」
「……!」
「話を聞く」
「じゃあ!」
「ただし」
山下は少女を見る。
「生き返らせるとは、まだ言ってないわよ」
少女は唇を噛んだ。
「……はい」
「それでも話す?」
「お願いします」
「分かった」
山下は白衣のポケットに手を入れた。
「診察しましょうか」
「え?」
「アンタのお父さんを」
少女が顔を上げる。
「死んだ人間でも、診察はできるのよ」
*
山下医院の地下。
普段は誰も入らない部屋。
中央には一台の古い診察台。
その横には、見たこともない機械が並んでいる。
「これ……何ですか?」
少女が尋ねる。
「知らなくていいわ」
山下が答える。
「大事なのは、アタシが何をするかじゃない」
「じゃあ、何が大事なんですか?」
「死んだ人間を生き返らせるには、何を失ったのかを知らなきゃいけない」
「……?」
山下は写真を見る。
「人間って、心臓が止まっただけで死ぬわけじゃないのよ」
「どういう意味ですか?」
「身体が死ぬ」
山下は指を一本立てる。
「記憶が死ぬ」
二本目。
「意思が死ぬ」
三本目。
「そして――」
山下の目が少しだけ鋭くなる。
「その人間が『ここにいた』っていう繋がりが死ぬ」
「……」
「アタシの能力は、時間を巻き戻す能力じゃない」
少女は息を呑む。
「じゃあ……」
「死んだ人間の身体を治すだけでもない」
山下は自分の胸に手を当てる。
「死ぬ直前まで、その人間を構成していたものを拾い集める」
「拾う……?」
「記憶、身体、魂――」
一瞬。
山下の周囲に淡い光が浮かぶ。
「そして、もう一度つなぎ直す」
少女が目を見開いた。
「それが、アタシの異能」
山下は静かに言った。
「『返命』よ」
*
「つまり!」
ミジンコが勢いよく手を挙げた。
「医院長は死者を修理しているのでありますか!」
「言い方!」
「では再構築!」
「もっと物騒よ」
「復元!」
「機械じゃないのよ」
とこが横から言う。
「院長」
「何?」
「成功率は?」
山下は黙る。
「……」
「院長?」
「人による」
「どれくらい?」
「死んでからの時間」
「はい」
「死因」
「はい」
「本人の記憶」
「はい」
「そして――」
山下は少女を見る。
「本人が戻りたいと思っているか」
少女が息を呑む。
「それが一番大事」
「父は戻りたいです」
「どうして分かるの?」
「……」
少女は写真を見る。
「約束したから」
「何を?」
「私の成人式に、一緒に写真を撮るって」
「……」
「だから」
少女の目から涙が落ちる。
「約束を守るために、戻ってきてほしい」
山下はしばらく黙っていた。
「分かった」
「先生……!」
「明日の朝までに連れてきなさい」
「はい!」
「ただし、一つだけ覚えておいて」
「何ですか?」
「蘇生は、願いを叶える魔法じゃない」
山下は少女を見る。
「戻ってきた本人が、もう一度生きたいと思える場所がなきゃ意味がない」
「……」
「そこまで用意できる?」
少女は涙を拭いた。
「できます」
「なら、やりましょう」
*
少女が帰った後。
診察室には四人だけが残った。
「医院長」
ミジンコが口を開く。
「何よ」
「本当に蘇生するんですか?」
「そのつもり」
「死後三日です」
「知ってるわよ」
「危険では?」
「危険よ」
「失敗したら?」
「死ぬ」
「すでに死んでいます」
「そういう意味じゃないの」
山下は椅子に座った。
「蘇生した人間が、元の人間として戻れる保証はない」
とこが黙って聞いている。
「身体だけ戻ることもある」
「……」
「記憶だけ欠けることもある」
「……」
「最悪の場合」
山下は目を伏せる。
「戻ってきたのに、自分が誰なのか分からなくなる」
ミジンコの表情から笑いが消える。
「それでも、やるんですね」
「うん」
「なぜですか?」
山下は少しだけ笑った。
「医者だから」
その答えに、
誰も何も言えなかった。
*
その夜。
山下は一人で地下室にいた。
蘇生に使う機械を確認している。
「……三日か」
その時。
背後から声がした。
「医院長」
「何?」
アルちゃんだった。
「まだ起きてたんですか?」
「ちょっと準備してるのよ」
「明日、大変ですねぇ」
「まあね」
「大丈夫ですか?」
「何が?」
「その……」
アルちゃんは少し考える。
「生き返らせるのって、大変そうだなぁって」
「そうね」
「でも」
「うん?」
「院長なら、大丈夫な気がします」
「……」
「なんとなくですけど」
アルちゃんは笑う。
「だって、院長ですから」
山下は一瞬だけ黙った。
「……ありがと」
「はい〜」
アルちゃんはそのまま戻っていった。
山下は一人になった。
「……アタシ、院長だからね」
小さく呟く。
そして、
地下室の奥にある古い機械へ手を伸ばす。
電源を入れる。
低い音が響く。
その瞬間――
機械の画面に、
一つの名前が表示された。
**高橋誠**
その下に、
蘇生可能時間。
残り――
**18時間42分。**
山下は画面を見つめる。
「……間に合わせるわよ」
誰に言うでもなく、
そう呟いた。
だが山下はまだ知らない。
明日蘇生する男が、
ただの事故死者ではないことを。
そして――
その男が、
かつてこの医院で一度だけ、
**「死者を生き返らせる」という山下と同じ力を目撃していた人間だということを。**
**第十五話 完**




